115-2 催促する者達
そしてミニョンに色々と言いくるめてから教室に帰ったジョゼを出迎えたのは、他の十一匹の異世界子犬(人化中)に囲まれたベルーナの姿だった。
「うわあ」
本日三度目のズッコケ体勢から、踏ん張った右足と握り締めた両の拳、そして首をググっと堪える事により頭部の重量のバランスを取って思いっきり踏み止まると、再度犬どもに対してダッシュする金髪美少女。
「こらあ、あなた達~」
「わーい、ジョゼが来た。
逃げろお」
「ジョゼが鬼だからね~」
みんな、犬の子を散らすように逃げていった。
いや、人間の子供に化けているだけの犬の子なのだが。
「駄目だ。
あの子達、完全に御遊びモードになっている。
どうしよう……」
その場で思わず頭を抱えるジョゼ。
他のクラスメートは面白そうな顔をしながらも、その珍事をスルーしていた。
ここでうっかりと彼女を揶揄って、ハンボルト家の子女であるジョゼを怒らせるのは彼らにとってあまり得策であるとはいえない。
だが面白い見物ではあるのだ。
ここは傍から、じっくりと拝見させて頂くのが有意義な人生というものだ。
あのハンボルトの我儘御嬢が、これほどまでにきりきり舞いするところなど滅多に見られるものではない。
だが巻き込まれた形となったベルーナだけはスルーしてくれない。
人と直接目線を合わせたくないというだけの理由でかけている薄い色付きの伊達眼鏡をゆっくりとした動作で外して、その落ち着いたグリーンの瞳でジョゼへと、やや困惑した視線を投げかけている。
「ジョゼフィーヌ。
あの子達は一体何?
あなたの知り合いなの?
きちんと答えてくれないかしら。
私には、充分にそれを知る権利があると思うのだけれどね」
(くっ、確かにこいつの言う事の方が正論だ。
仕方がない)
ジョゼは観念する。
こいつに頭を下げるのは人生かつてないほどの屈辱で、あまりにも癪なのだが。
彼女は結構張り合ってくるというか、ジョゼに対して対抗心が強い。
日頃地味にしているくせに、何か事ある事にジョゼに対して絡むのだ。
とはいえ、ここは頑張らないと、毎日あの犬達が学校へ来てしまって自分は晒し者のままだ。
きつく叱り飛ばして、あの子達に嫌われてしまうのも嫌だし。
きっともう家へ遊びに来てくれなくなってしまう。
「えー、そうね……わかったわ。
その代わり、御話はあなたの家でさせてもらうわ」
「私の家で?」
やや目を見開いて、何か訝しいといった感じの目線を返すベルーナ。
自分がジョゼにとり結構面倒くさい人間なのだという事には自覚があるのだろう。
それを向こうから家へ遊びに来たいだなどとは一体どういう風の吹き回しなのか。
そんな胡乱そうな視線を投げ返してくる。
「そ、そうよ。
とにかく背に腹は代えられないのよ」
とにかく一回ベルーナの家に連れていってやらないと、ずっと学校についてきて催促されるのに決まっている。
それがプリティドッグという生き物なのだ。
そしてジョゼは小さな声で言い渡した。
「もう、みんな。
一回だけだからね。
いい? 本当に一回だけだよ~」
それに応じて教室中のあちこちから、くすくすという忍び笑いが漏れ聞こえてくる気配が空間を支配した。
これには、さすがのジョゼも頭を振った。
ベルーナは不審そうな表情で辺りを見回すと、もう一度胡乱な目でジョゼを見たが、またしても頭を抱えている彼女の様子を見ると、すぐに諦めたように告げた。
「いいわよ。
今日の帰りにうちの迎えの車に乗るといいわ」
するとまた、やや忍んだような歓声が辺りに沸いた。
そして甲高い子供の声が響く。
「そうだ、あれを買ってこなくっちゃ!
ねえ、御父さん」
「ああ、そうだな」
「沖田ちゃん、お金ちょうだい」
「ここはアメリカだから米ドルでいいのかな」
「日本円!」
「子供じゃない奴や、犬じゃない奴の声も混じっていたか……」
ジョゼも、その辺はもう諦める事にしたようだ。
それは全部、物見高い奴らばっかりだった。
その日は授業中に、子供の笑い声や話し声がしょっちゅう教室内に響いたので教師もプルプルと震えており、最後の授業はとうとう自習にされてしまった。
たまに犬の鳴き声もしていたようだった。
何故か途中で、カップヤキソバを作っているらしき音声も漏れ聞こえていたのだが。
「マズイ、マズイよ。
何これ。
べちゃべちゃだし、甘い~」
「海外のカップヤキソバ、激マズ~」
そんな事を言いつつも、その声は何故か楽しそうなのだった。
(はあ~。
なんか、いっぱい集まってきている!)
ジョゼの溜め息が漏れるのも、もちろん聞こえてくるのだった。
そして、ついにやってきてしまった放課後。
気まずい感じにベルーナと二人で佇むジョゼ。
その腕の中には、しっかりとミニョンが収まっていたのだが。
やがて、乗り付けてきた国産ストレッチドリムジンのドアが開けられたが、二人は乗り込めなかった。
「やあ、君。御苦労さん」
突然に姿を現し、そう言って先に乗り込んでいこうとしている西部のガンマン風の男がいたからだ。
「貴様、一体何者だ!」
ドアを持って待機していた彼は慌てて銃を抜いた。
だが、ジョニーはアイテムボックスでそれを目視収納して言った。
「野暮な野郎だ。
俺が何者かは、そこのジョゼにでも聞くんだな」
「ジョニー~」
運転手は慌てて予備武器であるナイフを取り出していた。
だがベルーナは眉を顰めながらも、使用人の彼に申し付けた。
「セバス、もういいわ。
どうやらその方も御客様のようだから。
それとあなた。
銃は彼に返してあげてちょうだい」
次の瞬間に、セバスと呼ばれた、どうやら護衛も兼ねているらしい運転手の手の中に、いきなり銃が現われて彼が慌てていた。
銃は決して落としてはいけない機械なので、いきなりの狼藉に対して御手玉をしながらも無事に掴んでいるあたりはさすがにプロだ。
拳銃のような小型小火器に強い衝撃を与えて、小さな部品に目視で確認出来ないような損傷が出来たり、あるいは外から見えない内部だけに細かい皹が入っていたなんていったら、ずっと後でいきなり部品が破損して暴発したり遊底が吹きとんで自分を撃ち倒したりなどの豪い事になる可能性がある。
最近は映画の中でも、武器を下に置けと言われて銃をそっと地面に置くシーンも少なくない。
そこから「こっちへ蹴ろ」などと言われて、その要求に従うのだ。
昔は外国の映画でも銃を捨てろと言われて映画の中での派手な演出として銃を投げ捨てたりしていたが、おそらく銃社会であるアメリカにて映画で間違った知識を覚えて本物の銃を乱暴に扱う人がいるといけないという事で表現を変えたのではないか。
また単に銃を落とすと衝撃で暴発する事もある。
「オートマチックなんて無粋だな。
やっぱりシングルアクションのリボルバーじゃないと」
銃も持っていないくせに、格好がガンマン風であるだけでニヤニヤしている男が抜け抜けと言った。
そして男の前に進み出ると、更にニヤアと見るからに悪そうな顔で笑ってから、ポンっと犬体形に戻った。
運転手の男性はそれを見つめながら、目を見開いてわなわなと震えていたが、やがてゆっくりと御嬢様の方に目を向けてこう訴えた。
「こ、この化け物を一体どういたしましょう」
この異常事態にも大して動じていない様子のベルーナは、左右に頭を振ってセバスを促がした。
「いいから、もうさっさと車を出してちょうだい。
それとワンちゃんはこっちへ」
ベルーナはジョニーを抱き上げると、先にリムジンへ乗り込んだ。
その隣りへ手慣れた感じにジョゼが乗り込むと、まだ困惑中の運転手によってリムジンのドアは閉められ、一行は無事に出発した。
だが、たくさんの犬の鳴き声を聞きつけて運転手がハッと後ろを振り向いたら、信じられないほどの数の子犬が増殖していて、後席が豪い事になっていた。
「ねえ、ジョゼ。
これってもしかして、あなたの家にいると噂の魔物っていう奴なのかな?」
「ええ。
可愛いでしょう。
プリティドッグっていうのよ」
「そう。
まあ細かい事はもういいのだけれど、こいつらってウサギを食べたりするのかしら」
「ううん。
みんな、菜食主義者らしいんだけど」
それを聞いたベルーナも、さすがに珍妙な顔をして犬どもを見回した。
「変わった犬ねえ……」
「お肉は嫌い。
でも虫は大好きだよ。
パリパリした歯応えが好きなの。
柔らかいけどカタツムリなんかも悪くないかな」
犬体形のまま、そう元気に答えるミニョン。
そして、それを自然体でスルー加減の返答を返すベルーナ。
「はあ。
そうね、そろそろうちの庭にバッタが飛び回る頃かしら」
「やった~」
大燥ぎで、さらに元気に車内を駆け回る異世界の子犬達。
何故こうなってしまったのかしらと眉を寄せるベルーナだったのだが、なってしまったものは仕方がない。
「まあ、むしろ人間でないのならいいわ。
私は知らない人間の相手はすこぶる苦手なのよ。
本当はジョゼ、あなたの事もね」
(だったら、何故いつも絡んでくるのよ……)
そうは思うものの、今日ばかりはそいつを口に出す事ができないジョゼなのだった。




