115-3 ウサギ小屋の住人
そこはまるで王宮であるかのような広さを誇るジョゼの家ほど広くはないが、少なくとも一般庶民を連れてきたら卒倒しそうなほどの広大な御屋敷だ。
更にその敷地の広さについて言えば、動物を屋外で飼う人間から見たなら垂涎の的だろう。
もっとも、この家はドッグハウスと違い、ウサギ小屋として作られたわけではないのだが。
「ねえねえ、ウサギはー」
さっそく犬の御子様達がベルーナの膝の上に立ち、腕を引っ張って催促している。
顔を顰めつつも答えるベルーナ。
「ここにはいないわ。
みんなうちの中よ」
「えー、ウサギなのにー?」
「お外は草いっぱいだよー」
「動物はみんな、お外が好きなのにー」
「土の匂いは最高~」
犬形態で言われるとまた妙な説得力がある。
「あー、うるさい、うるさい。
犬の都合なんか知った事じゃないわよ。
私はウサギ派なんだからね」
動物、いや魔物達の叫ぶ正論に耳を塞ぎながら反論するベルーナ。
「少数派だー」
「この捻くれ者~」
「ウサギマニアー」
遠慮なくヤジを飛ばす子犬達。
「もう、なんて憎ったらしい子犬共かしら。
ちょっと!
体重をかけながら髪を引っ張らないでちょうだい。
えーと、そこの小さな子犬、甘噛み禁止だからね!」
子犬に好き放題にやられて閉口しているベルーナ。
襟首を掴んではジョゼの方へ放り投げているが、すぐにリサイクルされてくる。
子犬共は、新しい弄りキャラと遭遇出来て完全に御楽しみモードだ。
さすがにこの状況では、大人がふんぞり返って足を組めるストレッチドリムジンの中も狭すぎる。
この場合、護衛兼運転手の男はあまり役に立ちそうにないし。
ようやく屋敷に着いたので、車から下りて一言だけ言い置いたベルーナ。
「あんた達。
うちのウサギがびっくりするから、犬形態禁止!」
すると、全員が一斉にポンっと人間形態に戻る。
そして、びっしりと玄関前の車止めに立ち並ぶ子供達。
ベルーナはそれを見て呆れたような顔で言った。
「本当は、こいつらって日本のタヌキっていう生き物じゃないの?
あれは人間に化けるそうじゃないの。
欧米にはいない生き物だそうだけど」
それを聞いて、その辺に落ちていた葉っぱを拾うと頭の上に乗せ、忍者が印を結ぶように手を組み合わせる子犬達。
それはケモミミ園にて、マンガかアニメなどで見たポーズらしい。
実に楽しそうだ。
まあ確かにタヌキもイヌ科の動物なのであるが。
「そうね。
でもアメリカなんかでも、大統領のいる場所とかならいっぱい生息していそうよ」
そのあたりの日本風の言い回しがよくわかっていないベルーナが妙な顔をしていたが、とりあえず家の中へ入る事にしたようだ。
「御嬢様、御帰りなさいませ。
まあ、もしかしてその方達は!
お、御友達なのですか⁉
まあまあまあ。
まあ~。
奥様ー、奥様ー。
一大事でございます。
御嬢様が、御嬢様が!
御友達を沢山連れて帰りましたよ~。
た、大変だあ!」
出迎えてくれた使用人と思われる初老の上品そうな女性が、何か取り乱して叫びながら走っていってしまった。
他の使用人達が、何事という感じに、あちこちのドアを開けて出てくる。
もう犬達が転げ回って大爆笑していた。
「ちょっ!
婆や? 婆やー!
あんたら、あれは違うから。
その、あーっと。
とにかく違うのよ~。あうう」
ベルーナは真っ赤になって頭を抱えて、学院の制服のまま床の上をのたうった。
「ベルーナ、あんた……」
「やめろ、ジョゼ。
そんな哀れみの籠った目付きで私を見るな。
いやホント、御願いだから止めてー」
とうとうベルーナはしゃがみ込んで小刻みに震えながら真っ青になっている。
それを見下ろしながら、ジョゼには頭を振る事しか出来ない。
彼女だって、ごく最近までは似たような境遇だったのだから。
さすがに、ここまで残念な人間ではなかったのだが。
するとピョコっという感じで廊下の角に何かが現われた。
「あ、可愛い。
ウサギだー。
あれ!?」
待望のウサギが現われたので駆けつけようとしたミニョンは、何か違和感を覚えたものか、少し歩いてからすぐに立ち止まった。
「こ、これは……」
ジョゼも思わず困惑の声を上げた。
ささっとミニョンが戻ってきてジョゼの背中の後ろに隠れて、他の子犬衆もそれに倣いジョゼを盾にするかのように集まってきた。
「でかい」
「何これー」
「ウサギじゃないよ」
「嘘吐きー」
「魔物だあ」
みんな口々にその生物に対して罵っている。
確かにでかいのだ。
ウサギのジャイアント種は、ちょっと抱えるのは無理じゃないかと思えるほど大型ヌイグルミのようにでかいのだが、そいつはそれよりも更に異様なまでに巨大な風体をしていた。
やや凶暴な、カンガルー園にて観光客の持つカンガルーフードを藁半紙の袋ごと食い千切って奪っていくようなカンガルーの大きい種類のものを思い起こさせる剣呑な雰囲気というか、小動物には絶対にありえないような貫禄を放っている。
なんていうのか、ウサギの分際で少し小柄な女性くらいはありそうな体格をしており、はっきり言ってちょっと怖い。
少なくとも、流体筋肉的なウサギの体格なので人間の女性のようには、ほっそりとしていない。
身長百七十三センチはあるジョゼの首元くらいまでありそうだし、なんというか、のしのしと二本足で歩いてきている。
「やー、こわーい」
「まものー」
「あっちへ行けー」
「え、いや。
普通にウサギだよね」
みんなから自分のペットの異常さを指摘されて、やや自信無げなベルーナが小さな声で反論する。
「嘘仰い。
なんでウサギがあんなにでかいのよ。
それに、まるで武道の達人みたいな足捌きでズンズンと迫ってくるし!
早くその着ぐるみの中の人を出せっ」
だが、とても中に人が入っているとは思えない。
その主な理由は瞳の光だった。
人間が動物などと一番異なる部分がこれだ。
それは着ぐるみなどで胡麻化せるようなものではない。
ジョゼもまさかこの地球に、こんな危険そうなウサギが実在していようと思ってはいなかった。
魔物なら、もっと凄い奴にも沢山御目にかかったのだが。
その理を認めたジョゼも大きく目を見開いた。
「え、やだ。
これ、もしかして本当にウサギなの!?」
「そうよ!
だから最初からそう言っているじゃあないの。
もうベスター、そこで止まりなさい。
勝手に屋敷の中を出歩いちゃ駄目じゃないの」
だがその声はベスターとやらには、まったく聞こえていないようだった。
「ちょっと、あんた。
ペットにどういう躾けをしているのよ」
少なくとも御客様に対する礼儀はなっていないようだった。
まあ本来、この残念な主人に御客様なんて来ないようなので、それは問題ないのだろうが。
「しょうがないでしょ。
基本的にウサギは芸を覚えたりもしないし、飼い主の言うことなんて碌に聞かない生き物なんだから」
「だったら、そんな遺伝子工学で作ったような化け物を屋敷内で放し飼いにするなあ!」
「可愛いは正義!
もふもふは……」
全ての台詞を言い終える前に、ベルーナは自分のペットたるウサギの手にかかって吹き飛んだ。
どうやら目にも止まらぬ速さのウサギパンチを食らったらしい。
「え!?」
ジョゼもまさかと思った。
ウサギが少々荒ぶっていようが、飼い主を盾にしていれば問題ないと高を括っていたのであるが。
みるみる、その顔が青ざめていく。
だが、その時だ。
誰かが駆けつけてくる些か乱暴な足音がした。
バシュバシュっというような音がして、ジョゼの顔に手を伸ばしかけていたウサギは動きを止めた。
そしてギーっと音を立てたかと思うような動きで振り返ると、ぎこちない足取りで麻酔銃を持った男達に向かって歩き出した。
だが数歩の後に、やがて凄い音を立てて前のめりに倒れた。
その背中には二本の大きな注射器のような麻酔弾が見事に命中していた。
どうやら一本では、この大柄なウサギの動きを止める事が出来ないらしい。
これは一本で虎なんかを仕留められる強力な物のはずなのだが。
通常、麻酔銃は効くまでにしばらく時間がかかる。
これは即効性を重視した特別な物のようだ。
決して人間に向かて撃ってはならない代物なのだろう。
「何なの~、一体」
だが、そこにはジョゼの叫びを聞いて、少し困ったような顔をしている麻酔銃を抱えた男達がいるだけだった。




