第115章 ジョゼのライバル 115-1 ライバルはウサギ?
「おはよう、ジョゼ」
「あ、ああ、うん。
おはよう、ミラ」
学友から朝の挨拶をかけられても、今一つぎこちない反応のジョゼであった。
向こうはそういう感じの返事が返ってくるのを先刻承知で、ハンボルト家との関係作りのためだけにジョゼに声をかけてきているだけなのだった。
そこは地元では非常に有名である特別な学院だ。
エスカレーター式ではあるが、頭の悪い奴はあまりいない。
それ相応の家の人間しか来ない金持ち学校なのだ。
ジョゼは現在私立高校一年生で、そのうち夏休みを終えれば二年生に進級する。
頭は悪くないのだが、今一つやる気には欠けるというのが彼女に対する教師からの評価だ。
もっともハンボルト家の子女に対して、少々の事で文句を言う教師はこの学校には存在しないのだが。
(希薄な人間関係が、また人のやる気を削ぐのよねえ。
織原の学校とかへ行ったら楽しいのかしら)
最近の、やや厚めの他人との関係に慣れてきたせいか、この学校がより一層つまらないと感じるのであった。
「へー、だったら日本へ行けばいいじゃん」
「ドキイ」
振り向いたら、学園の校舎へ入る前の場所に在る広いスペースの傍らで、犬の格好のままニヤニヤして座っているジョニーがいた。
うっかりと考えを読まれたものらしい。
「あわわわ。
ジョニー、学校についてきちゃあ駄目よ~」
そう言ってジョニーを抱っこして、どこに隠そうかとウロウロするジョゼ。
転移魔法持ちの犬を、どこかへ隠そうとしても無駄なのだが。
自分の腕の中から、ジョニーが笑いながら虚空へと気配を消したのを見届けてから教室に行くジョゼ。
そして自分のロッカーを開けたら、そこにはもっと可愛らしい犬がいて驚かされた。
「ジョゼー」
それはミニョンであった。
ロッカーの中で犬体形になり、可愛く御座りしている。
どうやら匂いでジョゼのロッカーを嗅ぎ当てて、転移魔法で中へ潜り込んだものらしい。
教室には、広めで縦長のやや幅のある上等なロッカーが置かれている。
それのハンガーを吊るす場所より上の高さに設けられたラック部分に、ミニョンがちょこんと座って寛いでいた。
まだまだ可愛らしい子犬である。
そのミニマムなスペースへ見事に収まっていた。
可愛い子犬時代が長いプリティドッグは、本物の犬のようなスピードでは成長しないようだった。
「ミニョン。
ど、どうしちゃったの。
もしかして他の子もいる?」
「いるよー」
開けたロッカーの扉に手をかけて掴まり、がっくりと膝を落とすジョゼ。
慌てて見回すが、あの隠密が得意な連中がそうそう見つかるはずもない。
また簡単に見つかるほど教室で堂々とされていても、ジョゼとしては非常に始末に困るのだが。
「な、なんでまた」
「ベルーナを見たいの」
「ええー!」
それはまたなんでと思わず首を捻らざるを得ないジョゼ。
確かにベルーナという人物は、家柄的な事から言えばジョゼにとりライバルと言えない事もない相手なのだったが。
またジョゼ自体が、この学校での交友関係が少ないのに輪をかけて、相手の方もまた交流が少ないのだ。
ある意味で似た者同士なのである。
ジョゼ自身は別に他人との交流がさほど苦手なわけじゃない。
自分の家柄と、それ故に自分に対して媚びるような態度に出る相手に問題があるため疎遠になるだけだ。
だが、そいつはそういう話とは違うのだ。
いわゆるコミュ症という感じで、クラスメートとあまり口を利かない。
当然ジョゼも、その相手の一人として勘定に入っている。
その癖、何かにつけジョゼに絡む事が多いという実に面倒くさい奴なのだった。
特にプリティドッグから気にされるような関係ではないのだが、それがまたどうして。
一体どこでベルーナの事を聞きつけてきたものやら。
その辺の話を訊いてみようと思ってミニョンに目を向けると、もうそこにはいなかった。
ガクっと、また軽くズッコけるジョゼであった。
そういえば、先日ちょっとした折に彼女の事を話題にした気がするのをジョゼは思い出した。
単なる愚痴であったのだが、うっかりとプリティドッグ達の興味を引いてしまったようだ。
「ねえねえ、ベルーナ」
振り向いたジョゼの目に、人化したミニョンがベルーナに話しかけている姿が映った。
思考を読んで、彼女がベルーナ本人である事を確認したらしい。
ああして人の姿になっている分は、プリティドッグにしては一応良識を弁えてくれていると判断すべきだろう。
さすがは堂々と人間と一緒に暮らしているだけの事はある。
これがジョニーなら、悪戯するためだけに、わざと犬の姿で話しかけたりするくらいはしそうだ。
ベルーナは、ジョゼよりは拳一つ足りないくらいの背で眼鏡をかけた大人しそうな外見だ。
少なくともジョゼのように派手な感じの外観ではない。
グリーンの瞳を清楚な感じの眼鏡の奥に隠し、そのショートにした金髪というよりはダークブラウンのような感じの髪は少し控えめな色合いだ。
ベルーナの方も、突然教室でこのような可愛い子供に話しかけられて驚いているようだった。
ここは学校、しかもシニアハイスクールだし。
校内には小学校や幼稚園舎もあるのだが、普通は行き来もない。
まるで我が家の血統書付き共のようなスーパーダッシュを見せ、ミニョンをひったくるや否や脇に抱えて、まるでアメフト・スーパーボウルの選手のような勢いで教室を飛び出していったジョゼ。
ミニョンは楽しそうな声を上げて、手足を軽くバタバタしている。
眼鏡のベルーナは、あっけにとられてそのジョゼの痴態を見送っていた。
ジョゼは校舎裏のちょっと落ち着けるスペースに体育座りで座り込んで息を整えると、両手でミニョンを抱え上げた。
「もうっ。
何をやっているのよ~。
ベルーナに何を聞こうとしていたの?」
「ウサギさんの事」
そこでハッとするジョゼ。
そうだ、あのベルーナ。
確かウサギをいっぱい飼っていたはず。
その気持ちはジョゼにもよくわかる。
だがウサギというのは微妙なセレクトだと思うのだ。
確かに可愛い、可愛いのだけれど、あれは犬のように大きく愛情に応えてくれるわけでもない。
また猫のように色々と不可思議な反応で、飼い主やその友人の耳目をよく集めるタイプでもない。
ただ、そこにいる。
餌を食んでいるだけ。
そんなタイプの可愛いものなのだ。
「ワンコだからウサギを追いかけたい本能があるの?」
「プリティドッグはウサギを狩ったりしないよ。
お肉は基本食べないの」
ああ、そうだった。
特に子犬は肉を食べない。
一度うっかりと肉の入った御飯を出してしまったら、上手に選り分けていた。
ジョニーは構わずに食べていたけれど。
それなら、ますますわからない。
「うーん、じゃあなんで?」
「だってベルーナはジョゼのライバルなんだもの。
その相手の飼っている動物には興味があるよー」
なんというか、あれだろうか。
ドッグハウスがプリティドッグの地球での本拠地みたいなものだから、その対抗となる家で飼われている生き物が気になるとでも?
ライバルと呼ぶには、あまりにも微妙な関係なのだが。
どちらかというと、二人の父親達の事業的な意味で言うライバル関係なのだ。
「いや、でもウサギさんだしね。
まあ、もふもふなんだけどさ」
「えー、でも見たいなー。
ウサギハウス」
「うーん」
ウサギと戯れるプリティドッグも見てみたくない気もしないではないのだが、それならウサギを買ってくればいいのだし。
もっとも、自分の家にウサギなんかを置いておいたら、また豪い事になってしまう。
昔、迷い込んだウサギがいた時には屋敷中の犬が大騒ぎして、物凄い大運動会になってしまった事があったのだ。
血統書付きの犬なんて、大概元は狩りのために品種改良されたものが多いはずなのだから。




