112-3 魔女の店
少し通りを歩いたところに、その店はあった。
店、それはまさしく店以外の何物でもなかった。
『魔女フランネルの店』
そのいい感じに古びた歪な形の看板には、ペンキで雑にそう書かれていた。
まるで、その手の子供向けファンタジー映画にでも出てきそうな情緒がある。
トーヤがもう涎を垂らさんばかりの表情だ。
他の二人の子供達も同じような顔をしている。
俺は物問いたげに老人の方を見たが、彼は笑顔で皺を増やすと、その店の中をステッキの先で指し示した。
そのステッキの上端にもアスベータ産の超高額なオリハルコン製の立体造形が輝いているのは、さすがはハンボルト本家という他はない。
そういや、こいつは複数の発注を貰っていたのだったな。
そして子供達は先を争って勇んで中へ飛び込んでいった。
「おーい、勝手に中の物を弄るんじゃねーぞ」
そんな事をこいつらに言っても無駄かなとか思いつつも、爺さんへの手前があるので一応は言っておいた。
ああやって騒いでいると、しわがれた声で魔女の御婆さんが出てきて咎めるのを子供達は期待しているのだろう。
いや実をいうと俺もそうなんだけどね。
案の定、あれこれ勝手に弄り回していたので首ねっこを押さえようとしていた正にその時、件の人物は店の奥から姿を現わした。
「あらあら、まあ。
今日はやけに賑やかしいわね。
って、あらあ?
あらあらあらあ?」
中から現われたのは眼鏡をかけた白衣の女性で、まだおばさんとか言ったら微妙に失礼になるかなというくらいの歳のようだった。
ステロタイプな魔女が出てくるのを期待していたらしく、若干期待を裏切られた子狐どもが、がっかりしているのも束の間、次の瞬間には二人共そいつに抱き締められてしまっていた。
「きゃあ、なんて可愛いのかしら。
これはキツネさんかなー。
もふもふー。
日本のアニメにでも出てきそうな、もふもふなキツネっ子ショタだわ~」
もうべったりと彼らの頭に顔を埋めて、くんくんと匂いを嗅いでいるし。
ああっ、予想していたのとはまったく違う方向だったが、これも結構ヤバい系の人だった。
御狐どもも珍しく目を白黒させていた。
「御姉さん、御姉さん。
スコットランドヤードに捕まっちゃいますから、そのくらいにしてくださいね」
だが、やや変態風味な御姉さんは俺の言う事などまったく聞いていないようだった。
俺は、その痴的な様子を笑って見ている老紳士を促がした。
「一応、あなたのところはイギリス国内の治安を守っている組織なんじゃないんですか」
「我々に逮捕権はありませんよ。
まあ、すぐに飽きるでしょう」
それまで待っていられないので、そのバカの頭頂に魔王チョップを食らわせておいた。
「あいたた。
何をするんですか、あなた。
この至福の時間の邪魔をしないでくださいな」
「やかましい、この変態め。
うちの子達から手を離せ」
女はズレた眼鏡を直しつつブツブツ言っていたが、立ち上がった。
「私が魔女フランネルこと、フランネル・フィッツジェラルド・ホスキンスだ。
フランと呼ぶとかFFとか、まあ適当に呼んでくれ」
首までの長さで切り揃えた、やや短めの薄汚れた茶髪に近いような潔くない金髪。
眼鏡をかけていて若干ソバカスがあるんじゃないかといった感じで、深い知的な色合いという訳ではなく単に死んだような青い瞳。
少しヨレヨレな白衣、そして裾の広がったズボンから覗く婦人靴はまだ新しい物のようだったが、やや古びた感じの印象を受ける。
もう、どこからどう見ても残念な人物にしか見えぬ。
少なくとも絶対に古き良き時代を継承する魔女様には見えないのだが、おそらくこれが当該の人物なのだろう。
残念だ。
俺だって、ちょっとは楽しみにはしていたんだぜ。
どうせなら、絵本の登場人物のように素敵な魔女様に会いたかったもんだ。
「その前に魔女と呼んだらいいのか、ドクターと呼んだらいいのかどっちなんだ?
俺の事は魔王でいい」
俺からそのように言われてしまい、魔女は老人の方をチラっと見たが、彼が楽しそうに笑っているだけなので首を竦めた。
少なくとも、この半端ではない立場にある老人が自ら案内してきたという事は、それなりの相手である事は確かなのだと知ってくれているようだ。
「博士号を持っている魔女だから、どっちでもいいぞ。
なんだよ、魔王って」
日本語の魔王は、確か英語でもTUNAMIなんかと同じで、そのままマオウで通ったはず。
それはケモミミやヨウカイなんかと同じで、創作系の言葉として英語圏で流通している日本語のはずだから、まあ普通は怪訝に思われるわな。
「じゃあ、魔女で決定だな。
あと、うちの子達ががっかりしているから、その白衣は大人しく脱げ。
ファルと御揃いの格好にしてくれよ。
サービス、サービス」
「そうだ、そうだ~。
僕達のワクワクを返せ~」
「そんな風情の無い魔女がいていいものか~」
「まーじょ、まーじょ!」
おチビ三人組が必死にブーイングしている。
「ええっ、もうしょうがないなあ。
ハロウィン用の衣装って、どこに仕舞ってあったかしら」
「そこに置いてあるよー」
ファルが指でさしたが、魔女は手首だけでぶんぶんと手を振った。
「あー、駄目よ。
それは売り物なんだから」
「どうでもいいが、一体ここは何の店なんだよ」
俺も軽く周囲を見回してから訝しんだ。
どう見ても怪しげな店以外の何物でもないが。
「見てわかんないの?
観光客相手の魔女の店よ。
ここはロンドン・ウイッチ通り。
わざと、こういう怪しい佇まいにしてある通りや御店なのよ」
「えー、本物の魔女じゃないの?」
可愛い御狐達のミミや尻尾も目一杯に行使した抗議に、掌をヒラヒラさせる白衣の魔女。
「代々伝わる本物の由緒正しき英国魔女であるフランネルよー。
でもね、今日日は魔女だって本業だけじゃ食っていけないのよ。
ああ、あたしは一応大学教授もやっているから。
考古学ね」
なんでだよ、それ。
魔女稼業も世知辛いなあ。
「ねえねえ。
地球に魔法なんて本当にあるのー」
子供達が疑い深そうに目を細めながら訊いていた。
「あるわよお。
でもそれは、きっとあんたらが期待するようなものじゃないわねえ」
はてな、どういう感じのものなんだろう。
多分、あの地球産オリハルコンの秘密はそこにあるはずなんだから。
そして彼女は白衣の懐から音楽の指揮棒のような感じの細い魔法の杖を取り出すと軽く振った。
少なくとも、アスベータで一般的に使われているような戦闘向けとして流通している魔法使い用の杖ではない。
すると、そこにあった置物の蛙がゲコゲコ言いながら飛び跳ねていったので、子供達が夢中で追いかけていった。
ほお、こいつは俺も興味があるな。
あれって俺にも覚えられるのだろうか!
生憎と魔法の見取りは出来なかったのだが。
どうも異世界の魔法とは根本的に仕組みが異なる物のようだ。
おそらくは魔法としての体系そのものが異なるのだろう。
何しろ、地球には魔素がないのだから。
だが慣れれば見取りも可能なものかもしれない。
そいつばかりは、俺のセブンスセンス次第だ。
あれは本来なら地球がホームグラウンドである力なのだから。
異世界における魔法の見取りなんて、仕方がないので強引にやってくれている只の応用に過ぎない。
「それで、ホールソンさん。
いえ、ハンボルト卿。
そちらの方々は?」
「おお、フランネルや。
この方々は異世界から地球へやってきた客人だよ。
そこの魔王様は元日本人なのだが、そこにいる子供達は本物のケモミミ」
老人が全てを語り終える前に、その馬鹿が蛙を捕獲してまた戻ってきたうちの子達をムギュっとして、二人がバタバタしていたので宣告した。
「トーヤ・エディ。
体表面にバリヤーを張っておきな」
二人が体の表面に魔法の防護壁を張り巡らせたのを確認してから、遠慮なくそれを放った。
「弱サンダー」
「うぎゃあー!」
くっくっく。
こいつは昔創作の世界で流行った弱レーザー光線みたいな感じに、非殺傷系の魔法の一つとして開発してみたものなのだ。
スタンのように簡単には気絶しないから、より悲惨な御仕置き魔法だ。
だが初めてこの手の魔法を食らった奴が気絶したので、蛙は見事に置物へ戻って転がり、それをファルがつんつんと棒で突いている。
変態は見事な悲鳴を上げて成敗され、蛙のような格好で、蛙の置物の転がっている床の隣に俯せの状態で横たわった。
二人の御狐様は白いチョークを出して人型を描き出した。
「これこれ。
そういう悪趣味な遊びはやめなさいって」
だがファルも参加して、見事に被害者を示す人型は手早く完成された。
そしてすぐに復活を遂げた、奴はむっくりと起き上がると言った。
「いやあ、やっぱりケモミミは正義ですねえ」
ケモミミという日本語は、もはやれっきとした英語になっており、しかもそいつが異国の魔女の間にもちゃんと普及していたんだな。
なにせそいつは異世界にまで普及して、国名にも採用されているくらいの言葉なので。




