112-4 魔女の研究室
「あー、コホン。
ここが魔女フランネルの工房こと、私の研究室だ。
あー、これこれ子供達。
強酸その他の危険物などもあるから、やたらと勝手に弄らないように」
さっそく走り出して、あれこれと弄り回す御狐達に魔女様から御小言が飛んだ。
子供達の度重なる御強請りに、仕方が無いので売り物の衣装を下ろして魔女の格好をしてくれたフランネルが、店の奥の研究室へ案内してくれたのだ。
そこは非常に近代的な研究施設が整っていた。
世界に名だたるハンボルト家がバックなら、これも当然といった趣ではあるのだが。
「なあ、なんで魔女なのに考古学なんだ?」
「そりゃあ決まっているだろうが。
オリハルコンの本場は海の下の遺跡にあるのだから。
如何に魔女といえども、さすがに大西洋の底は中々手が出せないからね」
なるほどな。
あの地球産オリハルコンは、海の底に沈んでしまったアトランティスの海底遺跡からの発掘品というわけか。
「総理の持っていたサンプルは、そこから産出した物なのか」
奴はにっこりと笑うと、あらよっと研究机に腰かけた。
古典的な魔女装束の女が研究室の机に座っている姿は、はっきり言って違和感ありありだった。
だがまあ、それはこちらからの要望なのだから仕方が無いな。
ついさっきまでは白衣を着込んでいたのだし。
「ああ、あのオリハルコンは特殊な組成で魔法により作られ存在している。
材料は大変に安価だが、希少価値の高い金よりさえ美しい光沢を示す。
古代の魔法技術の産物さ。
悠久の時を越えてなお朽ちる事もなく、海水に浸かったままであるにも関わらず、今も黄金に勝る美しさを保つ。
あの輝きは魔法抜きではありえない。
かつては安価で美しい、比較的メンテナンス不要の建築材として持て囃されていたらしい」
子供達も、『教授』の講義に夢中で聞き入っていた。
ファルは海底への冒険に激しくわくわくしているようで、「行くよね? 行くよね?」モードの目で激しく俺に催促してきている。
「なるほどな。
安価な材料から作られる耐久性のある美しい合金の新素材か。
確か、かつては建造物の柱や床などの外装材が、そいつで作られていたのじゃないか?」
彼女は腕組みしながら頷くと話を続けた。
「だが、元素的な分析は最新機器により解明されたのだが、それらの原料を用いても、やはり創る事は出来なかった。
特別な魔法の技術が必要だったのだろう。
そいつはまだ私にも解明出来ていない、失われた古代魔法関連の技術の一つなのだ。
魔法が使われて作られた事だけは、はっきりとわかるのだがな」
「そうだろうな。
この俺にも再現できなかったのだから。
ああ、ちょっと失礼」
そう言って俺はホールソン氏の傘を拝借すると、アイテムボックスの中で瞬時にコピーしてみせた。
そして元本をホールソン氏に返すと、もう一本を魔女に放った。
「これは、最近巷で噂の異世界産オリハルコンか。
無粋な。
オリハルコンといえば、この銅をメイン素材として造られた魔法特殊合金に決まっておろうが」
魔女殿には俺が傘をコピーした事がよく理解出来ていないようで、それに対して特に反応はなかった。
そう言って彼女は地球で発掘されたオリハルコンの板を投げて寄越した。
俺はそれを手にして、よく検分してみた。
組成自体は俺も分析してみたからわかるのだが、解析してみても作り方はよくわからない。
「確かに美しいな。
だが、それでも向こうのオリハルコンだって捨てたもんじゃないぜ。
それに何よりも、向こうのオリハルコンはコピー能力でコピーできるが、地球産はまったく手に負えない。
攻略に胸が躍るぜ」
「コピー能力って何だ?」
「こういう事さ」
俺は奴の腰掛けている研究机に歩みより、アイテムボックスから抜き放ったオリハルコンの剣を一つ置くと、高速で大量にコピーしてみせた。
最近はアイテムボックスの外でも、前にコピーした事がある物ならこういう真似が出来る。
物体の記憶としてイコマが完璧に記憶しているからだろう。
それは俺のアイテムボックス第三世代の能力の応用だ。
彼女は剣を一本手に取ると、目の前に掲げてじっと見た。
魔法でチェックしているような気がする。
独特の目付きで観察していた。
「これは……異世界の魔法金属製の剣なのか?
これをコピー能力とやらを用いて、大量にその場で作り出しているというのか。
なるほど、確かに魔王だな。
この科学の世界地球に生まれ、剣と魔法の世界で生きる。
おそらく、どちらの世界から見ても理不尽で非常識な力を見せる者か。
面白い」
「ああ、そいつは向こうの世界でも値段がつけられないほどの物でね。
こちらの、もっと遙かに安いミスリル剣一本でざっと二十億円ってとこか。
ポンド換算だとどれくらいになるかな。
ざっと米ドル換算で1800万ドル以上はするね。
こんなオリハルコンの剣など、本来ならば値段はつけられない代物よ。
王族とて入手に苦労していた」
俺はミスリルの白銀の剣を抜いて見せた。
「それはまた、たいした値打ち物だな。
へえ、今度はミスリルか。
そいつは確か、有名小説家が作り出した架空の金属だったな」
俺はそれに対する答えを笑みで返した。
生憎と俺は小説家じゃないのだが、架空の金属ではない本物の新魔法金属ベスマギルなら作ったし、毎日ガンガンと活用していますが。
地球においてオリハルコンは、大体グラムあたり四億円の取引価格を設定してある。
地球では金を基準として、その十万倍といったあたりの価格を設定してあるのだ。
これでも充分サービス価格なのだがな。
向こうでは一応は光金貨として相場が設定されているが、普通は最低でもその十倍の価値なのだが、あまり高価に設定すると地球での買い手がいなくなってしまうからな。
まあこちらの金の値打ちは、向こうの十分の一っていうところだから、それで合っていない事もない。
正札を付けると、通常には存在しない、非常に短期間で鉛に変わってしまう放射性物質であるカリフォルニウム並みの超高価な値段になってしまう。
あのドワーフ連中でもなければやれないほどの困難な加工まで考え合わせると、オリハルコン剣などは値が付けられない。
道理で、こいつを初めて拝んだ時にゴブソンの親父が売ってくれなかった訳だ。
御義母様は普通に持っていたけど、あれは冒険中に実力で手にした物なんだろう。
おそらくは店に置いてあった物も王国への納入品だったのに違いない。
あるいは、他国の王族あたりが買い主か。
そっちの話だと、政治や外交絡みの話なのかもしれない。
あれはおそらくドワーフにしか作れないだろう。
だから簡単には作ってはもらえない。
原材料の入手難易度からいっても、存在する事自体が奇跡のような代物なのだ。
大国アルバトロスの王都にある武器屋だからこその品であったといえよう。
それを、いとも簡単に見つけちまうんだから、イコマの野郎も大概だ。
「そうか。
地球産オリハルコンは本来ならそんな御大層な物じゃない。
製法の秘密さえわかれば、只の安手の装飾用の素材に過ぎない。
基礎建材の表面に張られる物だからな。
期待の新素材ではあるが。
だが耐摩耗性などは中々優れていたようだ。
床に張られるくらいだったからな」
俺はその地球版オリハルコンで作られた、剥がされた薄板を見つめていた。
俺にとっては、さほど価値がある物ではないと思うのだが、魔王心をそそられる逸品ではある。
これまで、迷宮という生物の本体ともいえるダンジョン・コアのような物を別にすれば、あの錬金魔王・船橋武が作った物以外でコピー出来なかった物などそうそうないのだから。
だから、あのツバメの巣には余計に驚いたのだ。
まあ美味しいので定期的に入手しているのだが。
子供達に超人気の食材だから、うちの幼稚園の給食メニューには欠かせなくてな。
あれ専門みたいな料理人の爺様もいらしているのだしな。
そんな俺の姿を、わくわく気分で見守る子供達。
その期待には園長先生として応えてみせるとするか。
「フランネル。
海底の現場を見てみたいのだが」
「ああ、案内しよう。
だが深海艇がすぐ手配出来るかな。
どうです、ハンボルト卿。
準備できますか?」
だが、彼は満面の笑みで俺の方に向き直る。
「ミスター井上。
自前の、地球製よりも高性能な潜水艇をお持ちなのでしょう?
海底探検には、是非この私も御一緒させていただきたいものですな」
そこには子供のような笑顔で、他の三人の子供達と一緒に俺を見つめている老人がいた。
そのあまりにも素朴な笑顔に俺も思わず笑い返して、事情がよくわかっていない魔女様の困惑する御尊顔を観覧していた。




