112―2 ロンドン魔法街
「ねえ、総理。
このオリハルコンの性能は?
これは厚さ一ミリにも満たないな。
この薄さで戦車砲の砲撃を見事に跳ね返すとか?
レーザービームなんか、当然へっちゃらだよね!」
わくわくが止まらないエルドア王国の国家特級技師達。
何時の間に出したのか、ファルス耳も若干揺れている。
「ま、まあ。
これが成分などの分析表だそうです」
そう言って総理が見せてくれた紙片に飛びつくようにした御狐小僧達のミミと尻尾は、みるみる間に垂れ下がっていった。
「な、何これー。
こんなの、只の銅の合金じゃん。
成分的には若干珍しい物だけれど、金属としての性能は……」
一緒に覗きこんでいたエディの声のトーンも、みるみるうちに下がっていく。
「うわあ、本当だー。
しょ、しょぼい」
二人の王子のテンションは、みるみるうちに落ちていった。
「エディ、帰ってペットダムの改良でもする?」
「うん……ミシン屋の宮里さんのところへ行って、要らない古いミシンを貰いに行くのもいいね」
俺は笑ってそいつらの頭を撫でながら言った。
「はっはっは。
まあ、そう言うなよ。
これはまたこれで面白い物だぞ。
地球の魔法金属なんていう物は初めて拝んだからな。
方式が違っていて異世界の魔法とは互換性が無いのかもしれないな。
しかし、これを研究してみるのも面白い」
そうなの? とでも言いたげに若干眉を顰めて見上げる御狐コンビ。
そういう顔もちょっと可愛らしいな。
「それで総理としては、そいつの量産をもくろんでいたのかい?」
「まあ駄目元でね。
よかったら、これを提供してくれた所を訪問してみますか?」
また悪戯な笑みを隠し切れない感じの、いい笑顔だ。
まだ希望は全て捨てていないのか。
出来たら儲けくらいのものなのだろうが。
「ああ、あんたは俺に行ってほしいんだよな」
それを聞いた彼は満足そうに微笑むと、俺に書類を差し出した。
そこには「ロンドン魔法研究所」と書かれていた。
俺は思わず顔を上げて総理の狸面を見つめてしまった。
そして彼は頼しそうに悪戯小僧のような笑顔で続けてくれた。
「そこにいらっしゃるのは地球のウイッチ、昔ながらの英国魔女様なのです」
そいつはまた。
さしもの俺も目を見開く以外の事はできない。
それこそ、まさしく伝説の中の住人だな。
「さあ行こう、すぐ行こう」とミミと尻尾を振りかざして、俺の手を両側から引っ張る狐っ子どもを宥めながら、総理に訊き質す。
ファルも何時の間にか、ハロウィン用の魔女帽子を引っ張り出して被っている。
「魔女ねえ。
あの、昔ながらのヨーロッパの魔女さん?」
「はは。
まあ行ってごらんなさい。
イギリス政府からは特別に転移魔法による入国を認めていただいてあります。
あなた以外はパスポートもありませんしね」
「俺もパスポートなんか、とっくに期限が切れているさ。
アルバトロスというか、異世界の人間の分はもう日本の外交パスで出してくれよ」
「ははは、考えておきますよ。
でも今のままの方が面倒なくていいかなとは思いますがね」
いや身分証は欲しいんだよ。
俺は異世界では、そいつで物凄く苦労したんだからな。
ミハエルなんて、日本の運転免許証なんかを取らせてもいいくらいだ。
あいつは運転が滅法上手い。
日本の交通法規も既にマスターしている。
俺なんかよりも、よっぽどスマートに運転しやがるのだ。
俺は超安全運転か、荒事の時には泥臭くて荒っぽい運転をするだけだからな。
とにかく、俺は三人の子供達を連れてイギリスは古都ロンドンへと跳んだ。
俺はイギリスへは行った事がないのだが、問題なく跳べる。
大体、主要都市にはゴーレムを送り込んであるので転移魔法で問題なく跳べるのだ。
もう関係者には総理から迎えを頼んでくれてある。
跳んだ先で、あの有名なロンドン時計塔が見えた。
なかなかハートにぐっとくる光景だ。
俺は古都っていう奴が嫌いじゃないんだ。
だが、さっそくトーヤがこんな事を言い出した。
「いいなあ、あれ。
分解したいなあ」
「や・め・ろ」
俺がじたばたしている御狐王子の首ねっこを押さえていると、傘を持ちベージュのコートと帽子で決め、グレーの上品そうなスーツを着込んだ初老の英国紳士が日本語の挨拶で声をかけてきた。
「こんにちは」
あれ? もしかして現地派遣のうちのゴーレムだったかなと思ったら、どうやら違ったようだ。
英国とは時差が九時間ほどあるはずなので、日本は夕方だったが、こっちはまだ朝方だ。
これまた渋い感じの叔父様が御迎えに来てくれたもんだ。
益々俺好みの展開だぜ。
「やあ。御迎え、大変御苦労様です」
「どうも、ミスター井上。
ロンドンへようこそ。
MI5のホールソンです。
オリハルコンの件でいらしたのですな。
御車の方を御用意しております。
宜しければ御案内させていただきますが」
総理から連絡が行っているので来てくれたんだろう。
老紳士は、にっこりと笑っている。
それにしてもMI5とはな。
よく見ると高級ブランドらしい傘の柄には、異世界産オリハルコン製の「ドラゴンと騎士の紋章」が刻まれていた。
間違いなく、この俺が作成してハンボルト家へ納入した物であった。
これはまた贅沢な事だな。
オリハルコンには目の玉が飛び出るような値段をつけてあるのだ。
そいつをステッキではなく傘の柄につけるとは、いかにもイギリス紳士らしい。
これは大金持ちのイギリスの伯爵様とか、そういう御出身かな。
期待に違わず、すぐにやってきたのは黒塗りのロールスロイスだった。
階級社会である英国では、たとえ溢れんばかりに金があったとしても、やたらと乗ってはいけない車らしい。
今はロールスロイスもドイツメーカー傘下になったから、その辺りはどうなんだろう。
黒を基調とし金の装飾を施した、大仰だが見事な制服を着た運転手がドアを丁重に開けてくれたので、ありがたく子供達を促がして御邪魔した。
そして流れる古都の景色に夢中な子供達へ、彼は次々と解説を加えていってくれる。
MI5の観光ガイド付きロンドン観光ツアーとは、これまた贅沢な事だな。
それからしばし、彼らの容姿を眺めていた御老体はこう尋ねてきた。
「そちらが神聖エリオン様でございますか。
うちの甥から話は聞いておりますよ」
「甥だって?」
「ははは、うちはハンボルトの英国本家なのですよ」
ああ、そっちの関係の人かあ。
あの残念紋章は米国分家のものだったのか。
「へえ、あのジョゼのおうちの親戚?」
こいつらもドッグハウスへ遊びに行っているからなあ。
もう犬猫はもれなく御友達になったようだ。
トーヤの御気に入りは長老のチワワらしい。
あそこだって、そうそう一般人が御邪魔できるところではないのだが。
工房パレスとはいえ、トーヤ達も一応は王宮に住まう王族なのだから、そんな事はまったく気にしていないようだ。
こいつらの場合は、それ以前の問題なのだが。
「ハンボルト家がスポンサーとなり調査研究をさせていたオリハルコンなのでありますが、まさかこのような形で異世界のオリハルコンが齎されるとは思ってもいませんでしたがねえ」
オリハルコン製の飾りを付けられた傘の柄を親指の腹で撫でながら、御老人もなんとなく楽しそうだ。
この人、本当に英国情報部とかの人なのか?
もしそうだとしたら、ハンボルト家の権力を乱用して、引退した爺様が遊んでいるだけなんじゃないのかなあ。
なんか完全に御隠居くさい雰囲気だし。
うちのあの隠居爺さんを思い出してしまった。
道行は如何にもといった感じの煉瓦壁の家々とかを巡る旅へと変わり、ちょっとこのでかい車では厳しい情勢になってきた。
「申し訳ありませんが、道が狭くなりましたので、ここで車を降りましょう。
行先はもう少し先です。
何しろ魔女というだけあって、彼女は大変に偏屈ですしね」
偏屈婆の登場なのか。
そういや、そういうタイプの婆さんは今までに登場した事はないな。
あ、ドワーフ三賢人の婆様がいたか。
あの人は特に偏屈じゃないけど。
まるで映画のセットのような、いかにもといった感じの怪しげな通りに、三人の子供達はもう夢中だ。
ファルも魔女服に着替えたので、すでにハロウィン的な集団と化していたが、さすがに俺は参加するのはやめた。
もっとも、俺だけは作務衣のままだったので、これはこれでまた違う世界の住人だったのだが。




