111-5 悪代官
俺はさる家の天井裏に忍んでいた。
俺には気配を消したり感知を防いだりする魔法などもあるのでそんな必要はまったく無いのだが、何故か『御隠居からの御指名のスタイル』でこんな酷い目に遭っている。
俺って、こういう蜘蛛の巣だらけの暗いところって、あまり好きじゃないんですけど。
あの時、俺は奴らにマーカーを付けておいたのだ。
それをMAPで見ていたら、この屋敷に出入りしていたので来てみたという訳だ。
「ふふふ。
エティーゴ商会の。
よい首尾であったなあ。
儂はまんまと代官の地位を手に入れた。
これも御主らの御陰よ。
笑いが止まらぬわ」
これはまた下品な笑いを浮べていやがること。
日本の時代劇に出演していれば人気俳優になれたかもしれないな。
「ほっほっほ。
いえいえ、これからも優遇していただき、御贔屓にしていただければ。
そして、まあそのあたりは諸々、持ちつ持たれつという事で」
こいつもなあ。
なんて悪そうで下品な面なんだ。
こういうのって、たぶん主役よりも演じるのが凄く難しいんだよ。
お主も役者じゃのう。
「ほっほっほ。
エティーゴ商会よ、御主もほんに悪よのう」
「いえいえ、御代官様こそ」
「ふわっはっはっは」
「ふへっふへっふへっ」
どこの悪代官と越後屋だ。
そういや、一部アルフォンス商会が上手くいっていない街もあると聞いたが、もしかしたらこういう事だったのか?
面白い。
知らずに俺に喧嘩を売っている馬鹿が、あちこちにいるようだ。
鋭意調査の上、たっぷりと御仕置きしてくれよう。
「そういや、あの前代官の餓鬼共が見つかったそうだな」
代官は、ずずっと茶を啜ってから切り出した。
あれまあ、あれはうちの商会で出している緑茶だわ。
これは日本からの輸入品なのだ。
高級品だから結構高いんだよ、これ。
思いっきりぼったくり価格なんだけどね。
あれって、こんなシーンでも使われているんだなあ。
「はあ。
父親の処刑の噂を流してやったら、それはもうまんまと。
ちょっと取り逃がしてしまいましたが、居場所は既に突き止めてございます」
エティーゴ商会は実に悪そうな感じで笑っている。
あらあら、悪役ぶりには事欠かないねえ。
居場所を突き止められているのは、お前らも一緒なんだがなあ。
その後の色々な話を聞き、俺は蜘蛛の巣だらけの場所から早々に退散する事にした。
「ほう、代官が。
そうか、悪徳商会と吊るんでおったか」
報告を受けた前国王陛下も渋い顔だ。
この人の現役国王時代は国外の脅威もかなり大きかった。
武に秀でていたらしいこの元国王陛下は、国の危機にあたり国内を纏めるため貴族や地方の実力者に相当妥協し、当時は捻じ曲げられた正義も多々あったのだ。
アドロスなんかの問題もその一つだったのかもしれないな。
俺は何も考えずに大暴れして大掃除しちゃったけど。
今、この人があちこちを回っているのも、そういうものを見るという意味もあるのではないのだろうか。
ちょっと考えが穿ち過ぎかな。
まあ俺くらい歳を食うと大体こんなものさ。
若い連中とは根本的に考え方が違うのだ。
おチビさん達の相手はファルとロイネスなんかがやってくれている。
小魔物なんかも楽しくやっていて、特に小さな女の子の方は愛嬌のある可愛らしい目をした蜥蜴魔物を優しく抱き締めて笑顔を取り戻した。
うん、あの魔物の子達も立派な御隠様御一行の仲間だな。
俺は思わず頬が緩むのを止められなかった。
そっと、そいつの頭を撫でて軽く魔力を注いでやると、すっと眼を閉じ気持ちよさそうにしている。
「あの子達は悪代官の悪事を知っておる。
信頼出来る者に預けられていたのだが、父親が処刑されるという報せに堪らず出てきてしまったという事のようだ。
まんまと、おびき出されたようじゃの。
アルよ、とりあえず父親の方が殺されぬように手を打て。
少々騒ぎになる手段でもよいから講じよ。
そして、その間に奴らの悪事の証拠を掴むのじゃ」
「はいはい。
じゃあ、近藤。
父親の元代官の方は頼んだぞ」
俺は傍に控えていた近藤局長に申しつけておいた。
このダンダラ模様の御大尽、今回の異世界物のキャストにするには凄く違和感あるなあ。
むしろ本来の元ネタ時代劇のキャストとしてなら、そう問題はないんだけど。
登場する時代の違いは別として。
「畏まりました、御館様」
じゃあ、そっちは近藤に任せて、俺は一人でこそこそするとしようかな。
そういう仕事は昔から得意だぜっ。
「では、御隠居。
いってまいります」
「うむ」
「ハリー、マリエンヌ。
元気を出しな。
きっと御隠居が力になってくれるから。
それに俺達もいるんだ」
逞しいアロニーの力強い励ましの言葉に、子供達も笑顔になって頷いた。
スラスターさんは少し落ちついた感じの年齢の人だが、アロニーの方はまだ若そうだ。
この人達は、一体どういう関係の人なんだろうな。
もしかしたら王国騎士団上がり?
元王様についているという事は、近衛兵のような仕事をしていたのかもしれない。
あるいはミハエルの関係の人間だったとか。
それともアーモンの関係なのかもしれないな。
そっち方面の人間なら俺の元同業者っていう事だな。
だが二人も子供には優しそうなので、俺からのポイントは相当高いぜ。
俺も子供達に笑顔を送ると、すっと消えた。
まあ任せておけよ、幼稚園年代の子供達。
だって俺はこう見えても幼稚園の園長先生なんだからな!
そして俺は泥棒勇者再びという感じで、奴らの帳簿というか記録というか、その手の物を漁り捲くっていたのだった。
いやあ、出るわ出るわ。
奴らが陰謀を企んだ証拠がごっそりと。
何、いつもの通り魔法PCのスキルによって『検索』しまくっただけなんだけどね。
なんで悪い事をしている連中って、自分のやった悪事の証拠をいつまでも残しておくんだろうか。
俺ならさっさと始末しておくのによ。
まあ、御陰でこっちは仕事が楽出来ていいんだけどね。
なんていうか、俺って『御隠居』なる御方には絶対に持たせておいちゃあいけないアイテムだよな。
思わず真っ赤な風車でも持ち歩きたくなる気分だ。
後で、あの子達用に作ってあげようか。
今度ケモミミ園の工作で作ってみてもいいな。
俺も小さな頃に保育園か小学校低学年の図画工作で風車を作った記憶がある。
宿に帰って俺がそれらの証拠類一式を見せると、御隠居もふむと頷くと労ってくれた。
「アルよ。
御苦労であった。
後はどのタイミングで、これらをどうするか」
だがその時、アロニーが慌ただしく足音を響かせながら部屋へ入ってきた。
「御隠居、あの悪代官の奴め、前代官を公開処刑にするつもりだそうです。
今さっき刑場に引き出されました。
子供達を誘き寄せようというのでしょう。
いかがなさいますか?」
すると、続き間のドアの向こうで盗み聞きをしていた子供達が中へ飛び込んできた。
そして涙ながらに縋りつく。
「御隠居様、御願い。
御父様を、御父様を助けて!」
御隠居は子供達に向かって頷くと、やや厳しめの顔付きで威厳のある木製の杖を握り締め、すっくと立ち上がった。
「スラスターさん、アロニーさん。
それでは参りますぞ」
そして俺には『当然、お前も来るよな』的な目線をくれて、顔の皺をいっぱい増やす素晴らしい笑顔を見せてくれた。
はいはい、わかっていますって御義爺様。
そして呼ばれもしないファルスとカーバンクルは、それぞれ子供の手を取った。
その手の暖かさは、たとえ人ではなくとも子供達に勇気を与えてくれるだろう。
まあ、うちの御大尽を派遣してあるのだ。
『御父様』は殺されたりはしないさ。
もっとも、近藤も弁えているから手を出したりはしていないだろう。
もう俺にはわかってしまっていた。
何故、この人が御隠居なんて名乗っているのか。
ミハエルはこの人に一体何を見せたのか。
きっと元ネタ提供は稀人なのだ。
特撮アンド時代劇マニアの葵ちゃんも、色々と懐かしい番組を作っていたしな。




