111-4 幼い兄妹
それから、もう幾つの街に泊まったのか記憶も定かでは無くなった頃、その事件は起きた。
あちこちの街で、うっかり者のカーバンクルがトラブルを起こし、その都度保護者の俺が凄みのある笑顔でアイアンクローを咬ましたり、軽く物陰で脅して事無きを得たり。
とまあ、碌な事になっていなかったのだが。
そして今回も、駆け出していったロイネスが正面からそいつにぶつかり、ぶつかられた方の馬鹿が言いやがった。
「この野郎、気を付けやがれっ!」
だが、相手は如何にも強面といった感じの街のゴロツキだった。
冒険者崩れなのか、あるいは現役なのか。
まあ、どっちでもいいわ。
さっきの威勢はどこへやら。
大慌てで、ささっと俺の後ろに隠れる、うっかりロイネス。
「あのなあ」
呆れた俺は真正のうっかり者を睨んだが、そのトラブルの相手方も黙ってはいなかった。
「なんだ、てめえ。
見かけない面だな。
その無礼で妙ちくりんな生き物をこっちに渡しな。
お、そいつの頭から宝石が生えているじゃねえか。
慰謝料代わりに抉り取ってやるぜ」
いや本当に困ったもんだ。
それを聞いて俺の後ろでガタガタ震えだすロイネス。
「やあっ! そんな事は許さないぞ」
ファルは愛刀ならぬ愛棒を正眼に構え、気を吐いた。
他のチビ魔物達もロイネスの前に立ちはだかる。
少なくともこいつらは、ケモミミ園に残った役立たずな奴らよりは勇敢そうだ。
「なんだあ、こいつら。
もしかして魔物なのか?
おい、お前。
街中に魔物を連れ込むとは一体どういう了見だあ!」
ほお、そいつはこの俺に向かって言ったのか?
このSSSランクの魔王様に。
俺はそいつを即座にスーパーパンチ一発で綺麗に吹き飛ばして返事に代えた。
奴は見事に何百メートルも転がっていった。
グランバースト公爵家の血の掟『家族は守る』は現当主の手によって即座に実行に移された。
まあ、あのくらいの攻撃で冒険者がそうそう死にはしないがな。
さっきのパンチも見掛けは派手だったのだが、そう大した威力はない。
風魔法でブーストして飛距離を伸ばしただけだ。
そいつがバウンドした際にはクッション魔法も併用して、威力は相応に減衰してある。
俺だって一応は弁えてはいるのだ。
この国で精霊魔王に逆らって、この程度で済んだのなら御の字だと思う(当社比で)。
それから俺はロイネスのもちもちホッペを、むにっと両手で引っ張りながら申し付けた。
「こりゃ!
余計な真似してんじゃねえよ。
このうっかり精霊が。
勝手に、ちょろちょろしているんじゃねえ」
「ふぁ、ふぁあい」
ちょっと涙目のロイネス。
うん、そういう感じも実に可愛らしいな。
こいつらも黙って大人しく抱っこでもされていりゃあ凄く可愛いのにな。
決してそうはならないのが、このカーバンクルという種類の生き物、いや精霊なのだが。
それを見た御伴の二人は笑ってこう言った。
「アルさんは聞きしに勝る乱暴者だなあ」
「いやあ、ホントホント。
紳士の俺達にはとても真似出来ないなあ」
「いや俺だって、あのままリビングでビールでも飲んでいたら、借りてきた猫よりも大人しいのですが!?」
だが、けたけたと笑って、まったく取り合ってくれない二人組だった。
これくらいでんと構えた人物でないと、あのとんでも爺さんの伴などは務まらないのだろう。
今日もまた、御馴染みで主も彼らの顔見知りらしき宿に泊まってのんびりしていたのだが、御隠居が御出掛けするらしいので俺も共に出かける破目になる。
この爺さん、中々大人しくしていてくれないんだよなあ。
中身からいったら俺の方がよっぽど爺くさい。
だが宿前の大通りでちょっとした騒ぎがあった。
なんだか身なりの薄汚れた幼い兄妹が、ならず者風の男達に囲まれている。
幼稚園の園長としての性だろうか。
ちょっと俺の目に殺意が沸いた。
俺は久し振りに魔道鎧を引っ張り出して纏ってみた。
俺だって色々と鬱憤が溜まっているんだよ。
特にこの旅の間中はなあ。
魔道鎧の速度を以って瞬時に騒ぎの懐に入り込むと一気に出力を上げて、可視光を伴って具現化したかと思うほどの眩しすぎる輝きを辺りに放った。
「こ、これは!
お前ら、引け。
これは俺達が叶う相手じゃない」
そして連中は驚くほど速やかに撤収していった。
とてもチンピラとは思えないほど統率がとれており、見事なまで鮮やかな引き際だ。
さては元冒険者か何かなのだな。
あるいは連中の親玉が、元は軍の優秀な指揮官だったのかもしれない。
あの見事なまで連携の取れた撤収ぶりからすると、おそらく元の職業の頃から仲間だったのだろう。
あーあ、まんまと逃げられちゃった。
そいつらの中の兄貴分らしき奴が、何故か俺の魔道鎧の事を知っていたらしい。
俺のは魔力てんこ盛りのスペシャル仕様だからなあ。
まず連中に切りかからせてから遊ぼうと思っていたのによ。
勝手が違ったぜ。
うーん、ストレス溜まる~。
せっかく、ありがたくストレス発散しようと思ったのに逆効果になっちまった。
しまった。
魔道鎧なんか出すんじゃなかった。
「ほっほっほ。
やるのう、婿殿。
いや孫息子よ」
ああっ、とうとう爺様から完全に身内認定されてしまった。
これは当分の間、アドロスへ帰れそうにないな。
「して、お前達。
一体どうしたのじゃ。
何故あんな男達に追われておる」
しゃがみこんでチビ達に優しく声をかける爺様。
その上品な所作は日本の天皇陛下とかを思い出すな。
そういや、あの品の良い王太子様の実の爺上なのであった。
すると子供達はみるみる内に目に涙を溜めて、爺さんに泣き縋った。
まだ五歳と三歳くらいだろう。
うちの子達と変わらない歳だ。
それを見て俺も少し思うところがあった。
「御父様が、御父様が」
御父様、か。
元はいいところの子なのかな。
「御隠居。
ここは一つ、この子達を宿に連れ帰っては。
またあの連中が来ないとも限りませんから」
スラスターさんが、そっと御隠居に耳打ちをしている。
御隠居は頷くと杖をスラスターさんに渡し、二人の子供達の手を取って歩き出した。




