111-3 足は第二の心臓
「いやあ、旅立ちにはいい日和じゃのう」
「いや御隠居、ほんに」
「まったく、まったく」
御伴の御二人さんは慣れているものか、むしろ楽しそうに御隠居の御伴をしている。
この先王も、また中々の傑物だったそうで、今でも多くの人から尊敬されている。
あのルーバ爺さんも、その先王を尊敬している内の一人なのだが、今回もきっと彼の所には顔を見せていないのに違いない。
俺みたいな、いい年こいた義理の孫なんか放っといていいから、可愛い実の孫のエミリオの顔とかを見にいってこいよ。
いつまでも小さくて可愛いままの孫息子じゃないんだからな。
あの子も将来は婿入り先で王になるのだから。
そうは思いつつも、まあ仕方が無いので御一行と共に行く俺なのであった。
「あのう、どこへいらっしゃるのか存じませんが、便利な転移魔法などもございますよ~」
俺は揉み手で聞いてみたのだが、先王様は笑ってこう言いなさった。
「もう現役の王も退いて、後は人生をのんびりと楽しむだけのこの身じゃ。
そんな無粋なもので行く旅になど用は無いわい。
大体、それではわざわざ旅に出る意味がないではないか」
ま、まあ、確かにそうなんだけどさ。
旅ってそういうもんだよな。
俺としては、いっぱい歩くのが嫌なだけなんだけど。
「あの、こちらにありますのは飛行機やヘリといいまして、空を早く行ける優れ物の魔道具なのですが」
そう言って現物を見せたが、御爺ちゃんったら中からも外からも楽しそうに弄り回すだけ弄り回して、うんうんと頷いて終わりだった。
「で、では。
こちらの自動車なんかいかがでございましょうか!
馬車なんかよりもずっと速くて、しかも乗り心地も最高なのですよ。
暑さ寒さや砂埃なんかからも守ってくれますし」
これも爺さんは散々弄り回し、運転席にまで座ってホーンをかき鳴らし、子供のように燥いでいたのだが、そのまま降りるとスタスタと歩いていってしまった。
その様子に俺が、がっくりしていると、御伴のスラスターさんが俺の肩を軽く叩き豪快に笑って言った。
「御隠居の口癖は『歩けば歩くほど健康』だ。
聞けば、あんたも見かけによらず結構な歳だそうじゃないか。
頑張って健康のために歩きなよ」
そうだよなあ。
足は第二の心臓と言われるくらいで、座りっぱなしほど健康に良くない事はないのだ。
長生きしたい作家さんとかは、是非積極的に歩こう。
あまりに正論過ぎて、俺はがっくりと項垂れてしまった。
やれやれ。
その一方で、神聖エリオン様は爺ちゃんの事が気に入ったらしくて、もうべったりだ。
カーバンクルも元気いっぱいの行軍で、爺ちゃんも目を細めてその様子を見ている。
今日はファルもTPOに合わせて、カブスカウトではなく異世界の町人風の格好だ。
おやつ入りのリュックと新聞紙の兜はそのままなんだけど。
俺も冒険者スタイルではなくて、普通の布の服と軽めの歩きやすそうなスニーカーだ。
トレッキングシューズですらない。
地球製のスニーカーはアルフォンス商会で、もう普通に販売しているしな。
日本でも昔は靴なんて皆日本製だったものだが、今では高級品を除いては皆輸入品だろう。
阪神大震災で、あの辺に集中していた靴の製造業者さんが大打撃を被ってしまったからなあ。
あと安い輸入品にも押されてしまったし。
まあ、のんびり行きますか。
ところで、この御一行様って一体どこへ行くんだよ。
爺ちゃんの口ぶりだと目的地は特に無いらしいし。
強いて言うのであれば、旅をする事自体が目的なので。
日本でも、そういうぶらり旅が好きな人って多いよな。
だが俺は何時になったら家族の元に帰れるんだ?
さすがに途中で放って帰るわけにもいかないしなあ。
この爺ちゃんは、うちの離宮の一角で隠居させてしまいたい気分だぜ。
なんか、みんな健脚なんで、あっさりと次の街についてしまった。
そしてその次の街に行くにはさすがに時間が足りないので、宿屋を目指すことになった。
だったら、あんなに急ぐ意味が無いじゃないか。
本当に年寄りはせっかちで困るな。
いっそ全員にファストの魔法をかけまくって二日分行軍させてみるか。
リジェネの使用も悪くない。
そして馴染みの宿に連れていってくれたのだが、そこはごく普通の宿だった。
すぐに『番頭』っぽい感じの人が出てきて、丁寧に膝と腰を折って挨拶してくれる。
「はい。
おお、せんお……いえ、御隠居様」
正体はもろバレじゃないか。
ちっとも御忍びになっていないが、他の人間は特に誰も気にしたものではない。
はいはい、言っちゃいけない事なのね。
だが空気を読まないカーバンクルは遠慮なく突っ込む。
「さっきのって、先王様の正体が絶対にバレているよね」
「はっはっは。
別に隠しちゃおらんよ」
そうだったのか。
じゃあ、こんな御忍びの旅に意味は無いんじゃないの?
チラっと横目で御伴の二人を見たが、壮健な感じだが優男な雰囲気のスラスターさんも、ごつい体付きで大柄のアロニーさんも苦笑を目に溜めて『魔王さん、それは言わない約束でしょ』的な雰囲気だ。
やれやれ。
まあ、ファルが楽しそうだからいいかな。
一番楽しそうなのはカーバンクルのロイネスなのだが。
こいつは、かなりのうっかり者なので気を付けないといけないな。
いつもならそれでも別に構わないのだが、今回はさすがにな。
「それにしても、やはり旅はいいのお」
まあそれも快適な交通機関があればの話だけどね。
トホホ。
新幹線とか、快適な近鉄アーバンライナー特急とかが懐かしいぜ。
今度、子供を連れて日本へ乗りに行ってくるかな。
赤くて丸っこいスタイルをしていた名鉄パノラマスーパー特急の、運転席の上にあった先頭車両の二階席もなかなか悪くなかった。
ライトも格好良かったし、なんかこう玩具っぽいデザインだったので、あれは子供には大人気だった。
まさに、そのためのデザインなんだからな。
今では子供を大量に預かっている俺も、そういう思想は大事にしている。
タイミングが合わないと滅多に乗れない代物だったので、子供が乗ると大燥ぎするんだよな。
あれも、もうとっくの昔に引退しちゃったけどな。
あれの二階最前席は俺も一回しか乗った事がないわ。
新型特急の銀色角形ボディも、最初はメカニカルな感じで格好良いと思ったのだが、なんかこう味気無いというか趣に欠ける感じで楽しさには欠けるな。
街に出かけると、あれでもないこれでもないと、あちらこちらを冷やかしたり値切ったりしている実に楽しそうな我が義理の祖父。
まあ、とりあえず御義爺ちゃん孝行でもしておくかな。
そんなこんなで気ままな旅を続けて早五日。
早めに宿を取っては出かけ、あちらこちらで楽しんだりする。
そんな旅なので、ファルが退屈していないかと思ったのだが、歩いて世界を旅するのが新鮮だったようで元気一杯だ。
この子って大概は、バスとか転移魔法でしか御出掛けした事がないからな。
その一方で、このおっさんは半分死んでいた。
世の中は広い。
まだこんな強敵が残っていたとはな。
異世界はやっぱり侮れないぜ。
その日、宿でついに聞いてみた。
「ところで、御隠居。
この旅に目的地はあるんですか?」
一緒に宿の大浴場に浸かりながら、やっとその話を切り出す機会に恵まれた。
こういう事は空気っていうのか、そういう事を加味しないとなかなか聞き出せない。
「ん?
何、この国の北の港で市が活況だというので視察に行こうと思ってな」
それ、只の物見遊山だよね。
大体、その市を開いているのはうちのゴーレムなんだし。
あそこも結構人気のある場所なのだ。
俺も視察を兼ねて、転移魔法でよく行くよ。
はあ。
どうせ旅に出るのなら、せめて目新しいところへ行きたかったぜ。
うっわ、あそこまで歩いていったら凄く遠いよなあ。
ざっと六百キロくらいはあるんじゃないか?
西三河からだと、東京をすっ飛ばして福島辺りまであるんだぞ。
考えただけで気が遠くなるわ。
転移魔法で行くならば、ほんの瞬きする間の旅なのだが。
こいつは先が思いやられるわ。
行程は、まだ三分の二が残っている。
この人も紛れも無くあの船橋武の子孫なのだ。
海産物と聞くと血が騒ぐらしい。
それからも徒歩徒歩ばかりのトホホな旅は続いた。
ファルやロイネスは依然として飽きずに楽しんでいる。
旅の仲間も増やしたようで、また可愛いだけの小魔物達がゾロゾロと列をなしていた。
くっそ、もうこの世界に鉄道や長距離バスを導入する時期が来ているのかもしれん。
名称の頭に魔導とか錬金とかの言葉さえつけておけば、あれだって特に問題はないんじゃないのか。
それくらいヤケクソだった。
まあ、時折うちに帰って御飯を食べていたりビールを飲んでいたりはしていたのだが。
こんなもん、真面目になんてやっていられるものかあ。




