111-2 旅立ちの儀
「これだな!」
ある場面を見ていた時に、いきなり立ち上がった祖父に驚くミハエル。
「え、御爺ちゃん。
何、何?
また何か閃いちゃったの?
それは稀人の国・日本のドラマのワンシーンじゃないか」
この祖父が何か閃くと絶対に碌な事にはならないだろうと、幼い頃から固く信じ込んでいるミハエルが渋い顔をする。
「うむ。
出かけてくるぞ」
すっくと立ち上がる先王陛下。
今ではこの方も王様を引退して、只の暇な御爺ちゃんに過ぎないのだが。
「え、どこへ?」
「シルのところじゃ」
大の苦手であるシェルミナさんのいる場所へ彼自らが赴くとはとミハエルも首を捻るが、まああそこならいいかと。
何しろあそこが、この国で一番の安全地帯なのだし。
それに。
「そうですか、いってらっしゃい。
あ、転移魔法で送りますよ」
「ほう、転移魔法とな」
にっこりと、無垢な少年時代にしか見せた事が無いのではないかという雰囲気の、ミハエルにしてはあまりにも素直な笑みを見せた瞬間に、爺さんと孫は伴の二人を引き連れてその場からかき消えていった。
◆◇◆◇◆
「あら、御兄様。
と、御爺ちゃん!
いつ王都へ帰ってきたの」
御爺ちゃん?
御兄様というのは、たぶんミハエルの事だろう。
王太子殿下は、相変わらず執務室に籠りっきりのはずだ。
あの人は、よっぽどの時じゃないと顔を見せてくれる事はないからな。
はて、御爺ちゃんとな。
ソファの上の俺にちょっかいをかけまくってくるレミと、仲良くじゃれじゃれしていた俺は首を捻った。
俺はソファに寝転がっていたので、体を少し起こして振り返ってみた。
無論、いつもの気楽な作務衣の格好のままなんだけど。
シルだってスエットのままだ。
「おうおう、シルか。
元気そうだのう」
「御爺ちゃんこそ。
相変わらずの旅暮らしなの?」
ああ、シルの実の祖父なのか。
ははあ、さてはこれが陛下の言っていた先王陛下なのだな。
俺も人の事は言えないのだが、また気楽な格好をしていらっしゃいますな。
その辺の市井の御隠居がしているような格好だよ。
御伴の人もそれなりの人なんだろうけど、やっぱり一般人の格好だ。
「おじいちゃん?
この人もレミのおじいちゃんなの!?」
本物の猫のようにソファの背もたれ部分の上によじ登って、そこに立ち上がった愛娘が叫んでいた。
またもや現われた『おじいちゃん』の存在に、レミは少し混乱しているようだ。
「あはは、レミちゃん。
この人はね、ママの御爺ちゃんなのよ。
だからレミちゃんの曾御爺ちゃんになるのよ~」
それを聞いて、笑顔でレミに向かって小さく手先だけを振るその好々爺に向かって、その場で躊躇いなく即座に屈みこんで、その反動でジャンプした銀色のムササビは見事な滑空を見せた。
「ひいおじいちゃ~ん!」
ボスンっと先王の胸に見事なボディアタックを決めた我が娘は、見事なジャンピングの成功にドヤ顔だ。
御伴の人が少し慌てていたが、爺さんは軽く手で制して抱き止めたレミを愛す。
「ほっほっほ。
これはまた可愛らしい曾孫が出来たものよのお。
いや建国神話を思い出すわい」
なるほど、あの武が獣人の子供も差別せずに愛した日々か。
それも今ではだいぶアレになっていたのだが(そのせいでケモミミ園はある)、まあ王家の人にとってはDNAも騒ぐか。
だが、そこに声をかけてくる人物がいた。
「おや、先王陛下。
ついに、ついに王都へ御帰りになられたのですね。
陛下のおられぬ間、実に大変だったのでございますよ!」
その言い方に何というか、若干の毒が籠もっているな。
彼女なりに、この方には思うところがあるんだな、きっと。
「ぎっくう。
シェ、シェルミナか。
いや久しいのお」
あ、この爺さんもシェルミナさんの事が苦手なのか、ぶわははは。
いや、正直なところを言えば俺もなんだけどね!
「あ、御爺ちゃん。
紹介するわ、こちらが私の夫で」
だがそれを遮って爺さんが、俺にとんでもない事を言ってきた。
「稀人の魔王公爵様というわけじゃの。
宜しく。
わしは現国王ベルナールの父じゃ。
普通に御隠居と呼んでくれればよい。
時にミハエルから色々と見せてもらったのじゃがの。
実はな、もうちょい旅に出ようと思うのだ。
御主、ちょっとばかり儂についてまいれ」
え! 何それ。
嫌な予感がするな。
感じる。
理屈でなく感じるぞ。
わかる。
むう、ミハエルの奴め。
一体この老人に何を吹き込んだというのだ。
「あははは。
御爺ちゃん、この人を連れていくというの。
もうやだ、傑作」
おいおいおい。
我が妻よ、何をツボに入っているんだよ。
愛娘の方はすっかり彼の手の内に入れられている感じだし。
レミは遠慮なくその見事な顎鬚を引っ張りまくりだ。
引っ張っている方も引っ張られている方も実にいい笑顔だな。
「いいじゃない、あなた。
ちょっといってらっしゃいな。
帰りたい時は、いつでも帰れるんだし。
まあ御目付け役みたいなものよ。
だから御兄様が御爺様をここへ置いていったんだから」
ミハエル!
あの野郎、そういう了見だったのか。
「はっはっは。
楽しくなりそうだのう」
もっぱら、あんたがな。
俺はやれやれと思ったのだが、この爺さんを野放しにしておくのはもっとマズイっていう事なんだろう。
御伴の人も苦笑いして、目で「宜しくな」と言ってきている。
「おいちゃん!
ついに冒険の旅に出るんだね!
ファルも一緒に行くよ~」
いつの間にかやってきて、目をキラキラさせているファルが飛びついてくる。
もう既に新聞紙の兜とリュック、それに『そのへんの棒』も装備済みだ。
「あ、いや。
別にそういうわけではないんだけど」
だが爺はあっさりと、その至極真っ当な俺の意見を否定した。
「ふぉっふぉっ。
まさにその通りじゃ。
どうじゃね、御嬢ちゃんも冒険の旅の御伴をするかね?」
「うんっ」
思わず飛び跳ねる神聖エリオン様。
うっかり者のカーバンクルも当然のようについてくる所存のようだった。
いつもファルの御伴をしている可愛いだけで非力な魔物達は御留守番をする構えのようで、可愛い御手手を振って御見送りをする体制だ。
相変わらず、まったく役に立たない連中だな。
しかし、この爺め。
一方的に勝手に話を決めやがった。
しかもシルも笑って火打石を打ってくれているし、娘も紅葉のように可愛い手で「パパ、いってらっしゃい」をしてくれている。
あかんな、これは。
どうにも行かずにはおられん雰囲気が醸造されつつある。
「ではいくぞ、婿どの!」
「いってらっしゃい、あなた」
「パパー。
オミヤゲをわすれないでねー」
えー、俺は特に行きたくないんだけどな~。
今、厨房でビールを頼もうと思っていたところなのに。
しかも生まれて初めて出会ったばかりの義理の爺さんと一緒に、いきなり旅に同伴なのかよ。
一体どこへ行くというのか。
とはいえ、このムードの中では仕方がないので、家族に手を振って御出掛けする羽目になった俺なのであった。




