第111章 アルバの御隠居 111-1 帰ってき(てしまっ)た御方
ここは王都アルバの外周を守る第一隔壁の内側にある一般国民のいるゾーンだ。
彼はそこを歩いていた。
「いやあ、今年の五月大祭はよかったなあ」
「ほんと、ほんと。
二年続けての開催だものなあ。
今年は大当たりの年だから凄い盛り上がりだったし」
王都アルバでは、すれ違いざまにそんな会話も漏れ聞こえてくる。
それを耳にした、その白髭の老人はその場でがっくりと肩を落とした。
「こ、今年も間に合わなんだか。
やれやれ、少し遠出が過ぎたようだわい」
その顎に蓄えられたふさふさな物は、髭と呼ぶにはあまりにも髭もじゃ過ぎる。
だが何かこう、容貌が現国王に似ているというか威厳を秘めているというか、そんな風貌の老人であった。
そして、その老人はゆっくりとではあるが、非常に確かな足取りで王宮の方角へ向かって進んでいった。
歩くのがメインであるこの世界では一般的な風習であるというか、歩くその姿は老人でもまだまだ矍鑠とした御様子である。
そして屈強といってもいい体格をした伴の者を二人ほど連れているようだった。
王都最奥の防護壁である第三隔壁で区切られた王宮ゾーンを警備する入り口へとやってくると、老人は少し年配といった感じの門番に話しかけた。
「やあ、元気にやっておるかね」
「ああっ、貴方様は!
ははあっ。
御声がけ頂き、実に有難き幸せ!」
そして彼は深く深く礼をして恭しくその人物を通すと、その方向に向かっていつまでも頭を下げているのだった。
その一方で、もう一人の若い方の兵士は、それを不審そうに眺めているだけであった。
伴の者達も振り返り、笑顔でその様子を見守るのだった。
相方の若い兵士は呆れたように、その年配の兵士の様子を見て文句をつけた。
彼も任務には非常に忠実なようだ。
「ミルフォードさん、ちゃんと仕事をしてくださいよ。
我々は栄えある王宮ゾーンの入り口を守備する兵なのですからね。
なんなのです、さっきの人は。
顔見知りだからといって簡単に通さないでください。
祭はもう終わったのですから」
「ああ、若いお前達は顔を知らぬかもしれぬなあ。
あの方はな。
おい、ちょっと耳を貸せ」
「なんです?
……え、そんな!
ひえっ。
なんて事だ。
そうとは知らずに、俺はとんだ御無礼をば~」
若い兵士は突然真っ青になってしまい、その壮健そうな大柄の体を縮めて少し小刻みに震わせた。
「ああ、よいよい。
あの方はそのような些事、気にかけられるような方ではない。
むしろ、お前のその職務熱心な態度を褒められるだろう。
しかし、今回はまた随分と長く王都を御留守にされていたものだな」
そう言って彼は青ざめた若い兵士を宥めつつ、歩いて王宮へ向かう彼の御方の後ろ姿へと再び目を向けるのであった。
そして彼ら三人組は王宮入り口でも丁重に迎え入れられ、通りすがりの多くの者に頭を下げられながら、王族の住まう王族ゾーンへと足を向けた。
そこの警備を担当する、王国騎士団の若い騎士達も直立不動で彼を出迎えた。
「御帰りなさいませ、先王陛下!」
なんと、彼はこの国の先代の国王様だったようだ。
「ははは、ただいま。
残念ながら祭はもう終わってしまったようだのう。
是非とも、息子の『晴れ姿』を見てみたかったものだが。
そうそう、今あれはおるかね」
どうやら、これから会う予定の人物は「あれ」で通じてしまう人物のようだ。
まあ毎回帰ってくるなりの御指名なのだし、王国騎士団からしてみれば今更の相手というしかないのだろう。
「はっ。
おそらく自室におられるのではないかと」
「ほっほっほ。
相変わらず仕事熱心な事じゃ」
そうして『風雲児』と呼ばれる男はアルバの王宮へと帰ってきたのだった。
「やあ、ミハエル」
いきなり入室してきたかと思うと、にっこりと笑いながら話しかけてくる人物を見て疾風のミハエルは、自慢の質実剛健なマホガニー風仕事机の椅子から立ち上がった。
「御爺様、いえ先王陛下。
いつ御帰りになったのですか」
「いや、今しがただよ。
今年の祭は盛大だったそうじゃのう。
出来ればこの目で見たかったものよ」
「まあビデオで宜しかったら。
どうぞ、こちらへ」
そう言ってミハエルは祖父にソファを薦めながら、地球製のブルーレイ・レコーダーのリモコンを取り出した。
既に部下が、専用の大型キャビネットに収まった50インチ4Kテレビのリモコンスイッチを入れている。
これも、そのうちにはもっと大型の5Kテレビに変更されるだろう。
相変わらず何の遅滞もなく、きびきびとして全てを執り行なう、この国の情報中枢であった。
「おや、なんじゃこれは」
生まれて初めて目にする見知らぬ家電に目を白黒する先王陛下。
伴の二人も目を瞬かせていた。
「我が祖先・初代国王船橋武の生まれた地、次元の彼方に存在する日本より齎されたものです。
これは過ぎ去ってしまった過去の行事などを記録し、後々まで見られるようにしたものですよ。
もう御爺ちゃんったら前回の時も寄ってくれないから、全然最新情報をあげられないじゃないですか。
最近はもう国をあげて日本ブームなのですよ。
今、この世界にはジャポニズム、日本文化の嵐が吹いているのです」
「そ、そんな事になっていたとはのう」
「あと、シルが結婚したのは知っていますか?
ベルベットも御嫁に行きましたよ」
「うおお、あの赤ん坊達がもう結婚だと?
ところで、お前の嫁は?」
「あ、い、いえ私はその」
いきなり自分に矛先が向いてきて慌てるミハエル。
それを見て軽い笑いを浮かべ、満足そうに慈愛の眼差しを孫に注ぐ好々爺。
「まあよい。
他に何か面白い話は無いのかの」
老人は眼を光らせてチェックに余念が無いようだ。
さすがは暇な隠居爺さんだ。
「ああ、それならプリティドッグが見つかって、特に母が大騒ぎしていますよ。
というかアドロスの魔王、いえシルが嫁に行った先である西の公爵に就任した男と、あの可愛い犬共が大騒動を起こしているのですが」
「それは面白そうな話だの。
情報は見せてもらえるのかの?」
「はい、こちらに映像が。
後で御爺ちゃんの話も聞かせてくださいね。
いい加減に大人しく離宮でも作って落ち着いたらどうですか」
相手が自分を可愛がってくれている気の張らない身内なので、生真面目なミハエルにしては珍しく口調が砕けてきていた。
「ほっほっほ。
それもよいがのう。
どうにも気ままな旅暮らしがやめられんわい」
「それならシルの名を冠した立派な離宮がアドロスにありますので、そちらに行かれては?
もう御年なのですし。
あそこならばセキュリティは万全だし、シルも住んでいますから」
「それは即ち、あの堅物のシェルミナがおるという事じゃのう。
絶対にパスじゃ!」
『御爺ちゃん』は顔を顰めて、若き日のあの人物から食らった御小言・御説教の嵐をありありと思い出すのだった。
シェルミナ様は、その昔『御婆ちゃん』の筆頭侍女だった人なので。
「あっはっは。
あの方は厳しいですからねえ。
まあ、あの人も最近は随分と丸くなりましたよ。
でも、あの全てにおいて適当な魔王の居城ですから、この王宮よりは遥かに気楽なものです。
シルはいいところへ嫁に行った。
あの子には向いています。
それに引き換えベルベットは、逆にアル・グランド王国、少し前のゲルス共和国の王家へ嫁に行ったので苦労の連続です。
まあシルも、しょっちゅうベルベットに呼ばれてアル・グランドへ応援に行っておりますがね」
「そうか、またあの子達の顔でも見に行くかのう」
御爺ちゃんも、可愛い孫娘達の顔を思い浮かべて、つい髭の生え際も緩む。
そのうちには可愛い曾孫の顔も拝めることだろう。
「そうしてください。
みんな喜びますよ。
特にシルなんか、御爺ちゃん子でしたしね。
それより、この映像資料を見ましょう。
ダイジェスト版は便利ですよ。
早送りやスキップも可能ですので。
あ、地球の飲み物も御試しください。
地球産の茶菓子もありますから。
これも中々いけますよ」
部下達は例によって、てきぱきと御茶と御菓子の仕度をして、ミハエルはその間に園長先生が作った例の毒無効のアイテムを祖父に着けさせる。
やれやれ、やっとこれを渡せたなと思いつつ。
まあ手練れの御伴はいるし、鑑定や解析などは持ち合わせているので滅多な事は無いと思うのだが。
そして初めて目にする最新型のテレビの性能に驚きつつも、最近開かれた数々のイベントの面白さに夢中になっている御隠居様なのだった。
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