110-6 真打ち登場?
「やあ、園長先生。
また豪い事になっていますねえ」
何か艶々した感じで、にっこりと笑うエリーンがいた。
ついでに、こいつも動員してしまったのだ。
彼女は離宮からミハルドを引率してきてくれている。
彼の相棒はとっくにアル・グランド送りにしてあるのだ。
ここにエリーンがいたってどうしようもないのかもしれないが、いてくれると何かを付加してくれるような人材である『奇跡の人』にいてほしかったのだ。
「帝国の方も、てんやわんやみたいですよ。
皇帝夫妻は発症されていないようなのですが、宰相のリヒター伯爵はパンクしましたね。
大臣などの重鎮達も軒並み発症してしまったみたいですねえ。
帝国もあの戦争以来、かなり無理をしていましたから。
皇帝はこの際だから、しばらく国の機能は停止させるみたいです。
まあ一人だけ頑張っていてもねえ」
こいつって何故そんな事を知っているんだろうなあ。
まあ、顔は広い奴だから。
ドランの事だから嬉々として店仕舞いしてやがったんだろう。
別にあいつも無責任な男ではないのだが、ゆっくり休みは欲しいんだろうな。
もう向こうもパンクしたというのなら、せめてヘレンだけでも帰ってきてくれないものかな。
エリーンに「お前はリヒターについていてやらなくていいのか?」とは聞いても無駄だろうなと思い、口には出さなかった。
もし行くとしたら、その痴態を楽しみに行くからなんだろうし。
我が友リヒターよ、君の春は遠そうだな。
「さて、それじゃあ悪いんだけど、エリーン。
そこの『宰相』殿と一緒に事務局の方を頑張ってくれ。
少々の事は力押しでいっていいぞ。
ミハルドを扱き使って、新撰組も存分に使っていいから」
宰相の正体を知っているエリーンは、なんとも言えない楽しそうな笑みを浮かべると右手を差し出した。
「宜しくね、宰相(偽)様」
その手をガッチリと掴み、これ以上無いくらい怪しい笑みを思いっきり浮かべた人型の犬が言った。
「任せておけ。
宰相のサイン(偽)は既にマスターしたぜ!」
何時の間に。
本当に油断も隙も無い犬だな。
まあ、この際だから助かるのでいいんだけれども。
「さあて、後は参加者をかき集めて会場の整備かな」
とは言っても、あの王宮前広場でやるだけなのであるが。
「おお、アル。
まだ始まらんのか?」
俺の背後から野太い声がかかる。
遠方より友来たる、か。
まあ転移魔法で息子に送ってもらっただけなのだが。
俺は笑顔で彼に向かって振り向いた。
「ああ、来てくれたのか、親方。
今から準備するところさ。
丁度いい、うちのゴーレム達と一緒に参加予定者達を捕まえてきてくれ。
あっちこっちに散らばっているみたいだから面倒だわ」
「はっはっは。
さっさと始めぬから、みんな待ち切れないのだろう」
いやいや、そんなのはお前らと、あの草原の勇者様くらいのものだから。
人材カラッケツのこういう時にこそ、あの絶対発症しそうにない人に居てほしいのだがな。
あの人、今頃はどこを走り回っているものか。
まあ無い物強請りはしても仕方あるまい。
あの人の十八番はきっと自慢の大槍回しなんだな。
あ、うちの王妃様もそういう芸なんだろうな。
あの人なら、愛用しているオリハルコンのレイピアの先で皿回しとか出来そうだ。
「とりあえずの客と参加者を大至急で頼む。
あ、屋台はどうなっているのかな」
いつもなら布告されて、もう屋台が準備を始めているらしいのだが、今年は被害が強烈過ぎて、あちこちが大変だったので布告すらされていないらしい。
王都の商業ギルドに行ってみるか。
だが、そこも人は少なかった。
日頃、色々と頭を悩ませている人も多いのだろう。
俺もその一因を担っているのは否めない感はある。
誰も案内してくれる人とかいなそうなので、俺は勝手にギルマスのところへ向かった。
去年はかなりここも活況だったらしい。
臨時収入になる案件だからなあ。
「よお、ギルマス。
『五月大祭』を始めようかと思うんだけど、どうだい?
いつもなら勝手に集まってくるらしいじゃないか」
目をしょぼしょぼさせて死んでいた王都アルバ商業ギルドのギルマスが、ゆっくりとソファから身を起こした。
「いやあ、園長先生。
どうもこうも、今年はうちから屋台は出せそうもない。
皆、死屍累々の有様で。
屋台などは、そちらで出せるようなら御願いしますわ。
あ、後は宜しく。
ガクっ」
そして、彼も踊り出して行ってしまった。
「ギルマス、あんたもかっ!
しょうがないな。
なんとか動けそうな奴を見繕って、後はうちのゴーレムで屋台をやるしかないな」
とりあえずエリのところへ跳んだ。
「よお、今年は広場に屋台を出さないのかい?」
「あら、アル御兄ちゃん。
いや、なんか今年の五月大祭は趣が違うような。
なんていうか、妙に活気が無いっていうか」
エリは不思議そうに聞き返してくる。
「ああ、今年は百年に一度の大当たりの年らしいぞ。
みんな、俺に頼むと言い残して斃れていく。
まあせっかくだから、お前も王宮内広場に店を出してくれよ」
「あはは、いいよ。
うちの弟子達も残らず発症してしまっているし。
どの道、開店休業の有様なの。
うちの人は、みんな生真面目な人が多いからかしらねえ」
エリか。
こういうタイプって異世界五月病にはかからないんだよな。
ミハエルみたいな自分だけで全てを背負い込もうとするタイプとかは、まるで安全装置が作動したみたいに発病するし、ジェニュイン王妃みたいな暴走タイプも何故か飲み込まれていく。
あのフィアも発病していたようで、大神殿で精霊達と一緒に一心不乱に踊っていた。
俺の部下が中々楽しそうなので何よりだ。
ついでに精霊達も。
これで大人の女性が踊っているのならちょっとセクシーかなという感じの振り付けだったのだが、踊っているのがあの子だからそれは絶対に無いな。
それでも楽しそうな有様なので、精霊達に魔力と御菓子を振りまいて、奴の事をよく見ておいてもらうよう頼んでおいた。
ここは思うより被害が無かったな。
幸いにして、謎のフィア時空は発症していなかった。
違う物を発症していたせいなのだろうか。
あれ自身も、特異な存在である己の在り方に、それなりに思う事があるのかもしれない。
いや、きっと違うな。
単にポンコツ仲間のジェニュインと同じ理由なのだろう。
互いに一目見て、仲良しコンビを結成するほど似たような性格をしているようだし。
仕方が無いので、もう神官業務の方は休ませてある。
どうせ神殿に客なんて誰も来ないし。
「まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないかしら」
ジェシカも笑って優雅に御茶を飲みながら、妹分の痴態を楽しそうに見学していた。
この子も発症しないタイプだな。
ジェシカにも心の闇はあったように思うのだが、特に結婚してからは落ち着いているようだし。
念のためベルグリットもフィアにつけておいた。
彼は大神殿の精霊達のために、あれこれと地球のレシピ本から作った御菓子を用意してくれている。
材料は俺が事前に提供しておいたのだ。
あいつも達観したタイプの奴だから発病しないようだ。
まあ、あの状態ならフィアも、フィア時空を暴走させる事は無いと思うのだが。
あの空間の発動を感じたら、その場で織原でも呼ぶしかないか。
あいつがこっちにいたら、やっぱり発病したかもしれないけどな。
いや、この異世界で数々の苦難の日々を送らされていたあいつこそ。




