110-4 見事だ、ミハエル!
「その日、グランバースト公爵は逝った。
ここが、このグランバースト公爵の剣が峰、分水嶺であるのだと!」
俺は、かつて友と手を携えてゲルス共和国と戦った、このアル・グランド王国において再び苦境に陥っていた。
俺の、その自らナレーションを入れる様子を見てシルが冷静に突っ込んだ。
「いいけど、あなた。
字がもう逝っちゃってますよ」
「字も逝っちゃったし、他にもあれこれと逝っちゃっているような気がしないでもない」
「旦那様。
その、叔父から電話が入っております」
その夫婦漫才の場へ、シュワルツからすかさず声がかかる。
ロドスが俺に直電ではなくて、まずこいつの声を聞きにいったか。
酷く疲れたような感じにスマホを差し出すシュワルツ。
いや徒手空拳・孤軍奮闘で戦い続けていて疲れきっていないはずがないのだが。
頼むから、まだもう少しの間だけ最前線で頑張ってくれ(鬼畜)。
こいつってアル・グランドの国王に仕えているくせに、俺の事を旦那様って呼ぶんだよね。
まあヘルストン家自体が俺の家臣みたいな物なのだから仕方がない。
その筆頭がロドスであり、その下にいる一族丸ごとがグランバースト公爵家の家臣のような存在である。
そして、このシュワルツ自身もヘルストン家当主であるロドスがアル・グランド王国へ派遣した人間なのだ。
だがもう事態はそれどころではないのだった。
俺はシュワルツから電話を受け取った。
「旦那様。
そちらは如何でございましょう。、
甥の雰囲気から察して、そちらは既に非常事態であると判断いたしますが」
「ああ、よく電話してくれたな。
とりあえず、トーヤに言って親方達を呼んでくれ。
アルバとアルフォンスの双方の王都へ行ってほしい。
もう連中は野放しにしておいても構わないから」
「そ、それはまた。
まあこの際でございますから、いたしかたありませんな。
それでは、こちらは私が見ておきましょう。
こわっぱ共にも手伝わせて」
こいつからもスマホを通して若干の諦めの境地が伝わってくる。
もうこの五月病自体が発症したらどうにもならないので、どこの国も一時的に国家活動をやめてしまうくらい抵抗不可な代物なのだから。
「武士の、いや家宰の情けで小僧の片割れは、こちらへ寄越してくれ。
シュワルツの下へつけるから。
あいつももう限界を遥かに超えている。
こっちの方が修羅場だから、ここはハードな仕事向きであるハロルドの方がいいかな。
とりあえず俺はアルバ王宮へ跳ぶ」
「心得ましてござります。
では旦那様。
どうか御武運を」
もう俺の関係者である重鎮達から御武運を祈られまくりだ。
おかしい。
帝国やゲルスと戦争した時だって、特に誰からも武運を祈られちゃいなかったような気がするのだが。
頼りにすべきものは、最早千年の忠義のみか。
やれやれ。
俺は奥さんの方へ向き直ると柔らかく微笑んだ。
何のこれしき。
日本の、あの会社での生活に比べればなんという事はない。
何度マンションのベランダから本気で飛び降りてしまおうと思った事か。
確か三度目を思い留まって、それっきりだな(作者の実話)。
「行ってきてちょうだい、あなた。
どの道、私はベルベットについているしかないから」
「わかった。
愛しているよ、シル」
「私もよ」
何故、今回の件でうちの夫婦がいい雰囲気になってしまうのかよくわからないが、久々になんだか色々と来ちゃったなっていう感じだ。
俺はアルバの王宮へ転移魔法で跳んで、さっそく宰相を訪ねた。
そして、そこで俺が見たものは。
蔓科の植物の素材で作られた質素だが品のいい、ゆったりとした感じの椅子の上で見事にへばりこんでいる宰相の青ざめた顔だった。
「はあはあ。
やっと来ていただけましたか、グランバースト公爵。
せめて、それまではと踏ん張らせていただきましたが、こうなってはもう貴方様だけが頼りだ。
後は、後は、よろしく御頼み申し上げましたぞ~。
ガクっ」
「あ、おい。
宰相、待てっ。
待ってくれ!」
俺もさすがに慌てた。
今、この人に倒れられては~。
しかも長年発症せずに無理してきたのだろう。
きっと症状は他の誰よりも重いはずだ!
だが宰相は、突然に多幸感溢れる恍惚とした表情でムクっと起き上がると、いきなり服を脱ぎ出して派手に踊り狂った。
何故か褌一丁になって王宮の通路へ出るや否や、派手な感じに両手両足を伸び縮みさせながら。
それから両手に日本からの輸入品である日の丸扇子を持って爪先立ちで踊りまくり、そのまま奇声を上げ続け、踊りながらどこかへ行ってしまった。
先ほどの青ざめた顔はどこへ行ったものか、素晴らしい顔色で幸福感に満ちている。
この病気の大きな特徴としては、発症した者は幸福でも残された者が不幸になる事だな。
「あ、ああ。
行っちゃったよ。
どうするんだ、あれ。
もしかして、あの人の家って武っぽい家系の人?
あの人って確か平民の出のはずなんだが、もしかして学園長と同じ系譜の血統だったのかなあ。
参ったな、こりゃあ。
ああ、あの人がいないとなると、もうどうしたらいいんだ。
いっそこの際だから、俺も発症しておくか」
だが、その気配は微塵も無かった。
まあそうだろうな。
俺は所在ない感じに王宮の廊下を歩きながら思案していた。
そこへミハエルが唐突に現れた。
奴は、ほっかむりをして『どじょうすくい』をしながら通り過ぎていった。
さすがに俺も二の句が告げられなかった。
実に見事な安来節(無声)であった。
今日は衣装を着ずに、いつもの貴公子然とした格好でほっかむりをしているから、また違和感がありまくりだ。
なにしろ金髪青い目でパーフェクトな貴公子タイプである王子様そのものの姿だからなあ。
その踊りの見事さ加減と相まって、むしろ余計に笑いを誘う。
さすがはミハエル、そんな物の情報まで網羅していたか。
静かな踊りの中にも、まるで本場島根県の祭で流される音楽が聞こえてくるかのようだ。
もしや、あそこが武のルーツの一つだったのか?
「ミハエルめ。
今年は、そう来ましたか」
さすがは国家諜報機関の長、また一つ芸を高めたようだ。
せめてピエロっぽい衣装でも着ていれば少しは映えただろうに、今年は碌に着替える暇もなかったとみえるな。
こいつはかなり重症だ。
俺は精霊カメラマンを呼び出して、その様子を撮影させながら考え込む。
今日のカメラマンは電気ウナギっぽい奴だった。
今度、どじょう精霊もスカウトしておくかな。
この世界にも、どじょうがいるのかどうかは知らないが。
今のところ、この世界において「どじょうはUMA扱い」なのであった。
「やっぱり事務局を立ち上げて、正式に祭りを始めないと秩序が保てないよな」
俺は『御義母様』を探すべく魔法PCのMAPでレーダーを展開させていった。




