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110-3 夫婦でぶらりと

「どこへ行っちまったんだろうな、あいつ。

 なまじ能力の高いSランク冒険者だからなあ。

 困ったもんだぜ」


「仕方が無いわよ。

 このところのアル・グランド王国の復興は本当に目覚しいものがあったわ。

 他国からの援助なんていつまでも続かないのだし、王様はここ一番で頑張らないとね。

 国民も、これはもう仕方が無いと思っているんでしょうしね。

 でも所在が知れないのは困るわ。

 どうせなら彼にはメインイベンターとして頑張ってもらわないと」


 そっちの方向でしたか。

 うちの奥さんも、さすがはあの船橋武の子孫だな。

 天晴だ、我が妻よ。


 だが、あの病気を発症したアルスの野郎を野放しにしておくのはなんだよな。

 なまじ能力が高い分だけなあ。


 あの空中庭園事件でも無双したという重力王アルスとまで呼ばれたほどの男が、リミッターを外した状態で弾け捲ったら洒落にならん事態に陥るだろう。

 あいつめ、一体どこへ行きやがったんだ。

 それに母親のヘレンはどうしている?


 おっと、レーダーを使えばいいのにな。

 どうも最近は、レーダーの使えない地球へ行っていた事が多かったんで、ついうっかりしていた。


 だが年季の入ったSランク冒険者であるあいつが本気で逐電したら、果たして俺なんかに見つけられるものだろうか?

 監視カメラを胡麻化す事さえ可能な、高ランク冒険者クラスの能力を持っていたポロじゃあないのだが、レーダーを胡麻化されたらアウトだ。


 アルスが本気なら、きっとそういう真似さえやれるだろう。

 彼は俺の能力や、その大まかな原理なんかも知っているのだから。


 今までもレーダーが使い物にならないなんていう事はよくあったのだ。

 あの粗忽者であるフィアですら無意識の内に、あの厄介な能力でジャマーを入れてみせるのだから。


「いいけどさあ。

 俺達って、こんな風に夫婦でぶらぶらと他所で散策って中々無い感じじゃないか?

 新婚旅行以来、そういう時間は無かった気がするぞ」


「あはは。

 まあ結婚当初からずっとレミちゃんが一緒にいたし、他のおチビさんも大勢いたからね。

 何よりも、あなたがビール目当てでリビングから動かない事が多くて。

 その代わりに夫婦揃ってリビングで過ごす時間は結構長いわよ」


 そうだった!

 どこの老夫婦だよ。

 まあ、俺はこの歳なんだけどな。


「じゃあ、夫婦で散策ならぬ探索にでも行きますか」

「いいわね」


 俺達夫婦は手を繋いで、アル・グランドの王宮を逍遙(しょうよう)していった。



 そして、ついに御目当ての人物を発見した。

 いや発見したも何も、そいつは俺達が仲良く散策した先に佇んでいただけの事だ。

 まあレーダーに映っていたから、そっちへ向かっていたんだしね。

 ちゃんとレーダーに映ってくれていて良かった事だ。


「なあ、アルス。

 一体どうしたんだい、そんなところで」


 訊いても応えは返らぬ事は承知の上で、俺は訊かざるを得なかった。


 奴は何故か、じっと木のように動かず、全裸でポーズを決めたまま庭園の低木の間に瞬きすらしないで収まっていた。

 一体どこを見ているんだろうかというような表情だ。


 この病気を発症して踊りまくらずに、そんな風にしていられるのが、もうSランクレベルだとしかいいようがないなあ。

 これだけ長くじっとしていたら普通なら体が固まってしまいそうなものなのだが、たぶんSランク冒険者という化け物のような奴らは、復旧すればこの状態からでも通常通りに動けるのだろう。


 掌を上に向けた状態で右手を天に向かって斜めに伸ばし、左手は掌で地面を押さえるかのような風で、右足に体重をかけて伸び上がるかのような芸術的なポーズだった。

 休めの姿勢じゃなくて、体重が変重してかかりそうなこのポーズを取っているのは大変そうだ。

 よく小学校とかにありそうなブロンズ像のような感じのポーズだな。

 頭には月桂冠、股間にはきっと地球でアダムが付けていただろう大きめの葉っぱ。


 鍛え上げた無駄な肉の無い体を、間抜けな彫像のように晒している。

 変わった芸風だな。

 真面目くさった感じがまたなんとも哀れを誘う。


 いつも思っていた。

 アダムとイブの、あの股間の葉っぱ。

 確か、いちじくの葉だったよな。

 あれって、よく落ちないもんだなと。


 まあ決して落ちてはいけない物なので、地球世界の不思議な力が作用して落ちないんだろうと思っていたけれども。

 この世界でもそうなのか、あるいはアルスの技能によるものなのかは知らないが、おかげでモザイク修正の必要性は無いようだ。


 なんかマジで逝っちゃっているな。

 きっと今年は本当に頑張り過ぎたんだろう。

 まあ俺も無理は承知の上で色々やらせた部分もあったから、あれなのではあるが。

 なにしろ、やらせない訳にもいかなかったのだし。

 何よりも本人が自ら心の底から望んだ結果なのだから。


 だが、ここは奴の盟友として一言だけ言っておこうか。


「アルス、見事だ!」


 俺はその若き英雄王に対して直立不動で敬礼して畏敬の念を表した。

 それから沖田ちゃんを呼んで監視用に現場へ残し、アル・グランドの王宮へと舞い戻った。



 もはや王宮は完全に機能を停止していた。

 古き伝統ある王宮が、ゲルス騒動当時の寂れた様子とはまた少し異なる感じの、むしろ静謐であるともいえる雰囲気で静まり返っていた。


「それはいいんですけど、あなた。

 これからどうするの?」


「どうするって、これはもう祭をやるしかあるまい。

 それ以外にこの病気を鎮める方法はないのだから。

 いっそもう親方達でも呼んでくるか。

 もう応援要請は出してあるのだし」


「あっはっは。

 栄えある新生アル・グランド王国の記念すべき五月病大祭・第一弾って事ね」


「まあそういう事さ。

 やれやれ」


「ふう。

 では、こちらの祭りは不肖この私めが取り仕切らせていただきますので、演目の方は宜しく御願いいたしますね」


 やや憑かれた、いや疲れた感じで目の下にびっしりと隈を侍らせた青年が、突然ぬうっと視界の中に現われた。


「わあ!

 いたのか、シュワルツ」


 これはまた。

 こいつがこの有様なのかよ。

 この男もそのうちに発症しちゃうんじゃないか?


「おりましたとも。

 千年の忠義、今こそ誉れなれ!

 しかし、もう戦力は私一人のようなものでして。

 ベルベット様の侍女様方も、敢え無く全滅いたしました。

 あの方達も御輿入れ以来、御苦労が絶えなかったのでありましょう」


 うわあ。

 それは酷いな。

 それでベルベットもあのザマなのか。

 アワアワ娘が見事に足を引っ張ったのに違いないな。


「アルスの侍女はどうした?

 敢えて一般国民の中から採用したと聞いたが」


「まあ所詮は付け焼刃という事でございまして。

 そういう事で宜しく御願いいたします」


 ああ、訊くだけヤボだったか。


「そ、そうか。

 それでヘレンは?」


「その、彼女はエルフの里へ行ったままです。

 帝国の皇帝陛下からエルフの里への応援の要請をいただいていたらしくて。

 里から頼まれた助っ人に行っていますね。

 本人はすぐ帰るつもりであったようなのですが」


 だが、そこで突然スマホが鳴った。

 黒い、そう漆黒の予感が耳から全身を駆け抜けた。


 俺の感覚も基本は五感の延長線上にある。

 目や耳から入る情報は、その発動を如実に促がしてくる。

 普通の人でも五感の内の80パーセントを占めると言われる視覚だが、その圧倒的に強い視覚の次に強力なのが聴覚なのだと思う。

 こいつはヤベエ。


『来た!』


 発信してきたのは、なんと新撰組の近藤局長だった。

 なんでこいつが。


 俺の冴えない顔が更に曇る。


「魔王様、大至急お戻りくださいませ。

 国王陛下が、アルバトロス王国の国王陛下が、見事に五月病を発症なされました。

 宰相様からの使者が離宮に御見えでございます。

 使者様の御様子が何かおか……あ、たった今、御使者様も五月病を発症なされましたようですな。

 使者様が逝って、いや行ってしまわれましたなあ」


 いつになく猛威を振るう異世界五月病が、ついに二正面作戦を開始してきた。

 前とほぼ同じパターンだな。

 今回は復興を開始して間もないアル・グランドの面倒もみないといけないのが更にキツイ。


 俺の引き攣った顔を見て、シルとシュワルツは全てを察したようだった。

 グランバースト公爵家、最大のピンチ来たる!


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