109-2 いましたね!
「エリ。
そりゃあ、どういう事だ。
死んだお前の御父さんが、ここ日本の首都東京にいるわけがないじゃないか」
だがエリは答えずに、ガイドブックも取り落とし必死になって追いかけていく。
「どういう事だ?」
訝しむようにミハエルが尋ねてくるが、そんな事が俺にわかるわけがない。
「わからん。だが追うぞ」
俺達はすぐにエリを追いかけたが、彼女は慣れぬ異界で、せかせかと流れていく大都会東京の足早な人波を前に、ただキョロキョロとして立ち尽くしていた。
追いついた俺達に、エリは今にも泣きそうな顔で言った。
「確かに、確かにあれは御父さんだった。
でもどうして……」
「落ち着け」
俺達は駅中の喫茶店へ入って御茶にする事にした。
「どうだ、落ち着いたか」
「あ、うん。
ありがと」
エリは少し紅茶を啜ると、少し項垂れながら切り出した。
「ねえ、アル御兄ちゃん。
御兄ちゃんが私達の世界に来たように、御父さんがこっちの世界へ来てしまうなんて事が有り得るのかな」
まあ絶対に無いとは言えない訳だが、そいつはどうだろう。
それに関しては考えた事がなかった。
何しろ、俺達の場合は派手に人間消失事件の当事者になってしまっているからな。
俺も腕組みをして唸る。
「うーん、そいつは何とも言えないな。
それで御父さん、どんな格好をしていた?」
「ああいう格好」
エリが透明なガラスで仕切られた外を歩いているスーツの男を指差した。
「む、むう。
異世界の冒険者が東京でスーツを着たサラリーマンになる、か!」
「無いかな」
「うーむ」
さすがにミハエルも頻りに首を傾げている。
「どうなんだろうなあ」
確かにそういう話があっても、まあおかしくはないがな。
だが身元不明の言葉も話せない外国人が、あんなパリっとした格好でやれる仕事にありつけるものなのか?
これが日本国内に同国人とかの団体があって支援してもらえるような体制でもあるのなら、また話は別なのだがね。
だがそんな物があったら、さすがに怖いぜ。
都会の闇に潜む、冒険者ギルド日本支部!
「エリ、どうする?」
「やっぱり、探したいの。
もし本当に御父さんが生きているんなら、絶対にもう一度会いたい。
それに、あの子達にも会わせたいし……そして御母さんにも」
エリは、うっすらと涙を浮かべて答えた。
この子と二回目に会った時に父親の話をした時もこうだった。
そうか、そうだよな。
この前、御父さんの話をしていたから余計にだ。
しかし、いるかねえ。
本当に、この日本に向こうの世界の人間が。
だが、それは俺のような人間にとっては、只の愚問に過ぎなかった。
あ、居る。
これは『居る』な。
感じる、エリの親父の気配を確実に感じる。
スキルとかから感じるのではない。
セブンスセンスの、あの身も蓋もない感覚で理解できる。
疑いようもないほどにハッキリと。
ここはセブンスセンスのホームベースたる地球、日本なのだから。
これは間違いなく居る!
絶対にだ。
うぬう、こいつはまたなんと厄介な。
この魔素の無い世界では、俺の魔法PCも禄に捜索の役には立たん。
特に、この俺が意識的に忌避する街である東京では。
日本に戻る度に、まるで世界が魔素の無い裏ダンジョンと化したかのような思いをするのだ。
慣れって恐いな。
昔は魔法なんて一切無くて、セブンスセンス一本、あるいは人並みの千里眼、もしくはごく一般的なサイキックな技術手法だけでやっていたというのに。
「ポ……ロ」
そんな言葉が、なんとなく口をついてしまった。
もしかして、それが彼の名なのだろうか。
「え、どうしてアル御兄ちゃんが御父さんの名前を?
御母さんも人前で、その名を決して口にしたりはしないのに」
どうやら名前はそれで当たっているらしい。
呆れ顔のミハエルは、この際だから無視しておく。
「それは気にするなよ。
いつもの事だ。
どうやらエリの御父さんは本当にこっちへ来ているようだな。
じゃあ、行くぞ」
俺は、やおら立ち上がって二人を促がした。
「え、どこへ?」
「こういう時に行くところさ」
そして俺はある場所へ行き、転移魔法で知り合いのそいつを召喚した。
彼には、今はもうあまり使い道も無くなったマーカーをしっかりと付けておいたのだ。
地図は碌に役に立たないくせに、何故かこういう特殊なMAP系のスキルが地球でも使えたりする不思議。
もしかしたらMAPの能力に依存せずに、空間上に存在する個体を特定する空間系の魔法に近いスキルなのだろうか。
移動座標対応なのかな。
転移魔法が使えるのと同じ理屈なのか。
MAP上のマーカー表示はスキルのようなものではなく、ただその表示に使用されているだけなのかもしれない。
「うわ、うわわわ。
なんだ、ここは!」
そう。
所轄の警察署へ行ってから、顔見知りの公安である杉山氏を呼び出してやったのだ。
「あ、あなたの仕業でしたか。
びっくりしたなあ、もう。
いきなり人を転移させるのはやめてください。
もう少し前だと大惨事になるところでしたよ」
よく見ると、彼はハンカチで手を拭いていた。
トイレに行っていたのか。
それは確かに大変だな。
そいつには小ではない方のコースもあるんだからな。
まあ結果オーライという事で!
ミハエルがそれを見て、うんうんと頷いていた。
そういや、最近こいつの強制召喚はやっていないな。
転移の腕輪をくれてやったから呼び出せば済むので。
「ああ、悪い悪い。
ちょっと、あんたの力を借りたくてね」
そう、警察署にエリの父親の捜索願を出しに来たのだ。
魔素が無く、俺の魔法PCによる検索を受け付けない世界なので、監視カメラの映像や警察の捜索が頼りなのだから。
地球は色々と不便な所だ。
何しろ対象が『異世界人』だからな。
初の異世界人捜索だから、今まで警察もそんな調書を作った例もない。
事情をよく理解出来ない警官に調書を作ってもらうのも一苦労だ。
彼らは、そういう異様な物を理解する能力が完璧なまでに欠けている。
まあ無理もない。
日頃は交番で道案内に落とし物の対応、他は下着ドロに空き巣とか自転車ドロあたりで、駅ならば突き出された痴漢や盗撮犯などか。
あとグレーゾーンのやり方で、ほぼ違法な職質による執拗な薬物犯罪者探しは必須技能かな。
最近はオレオレ詐欺なんかがポピュラーかつメジャーな事件だよな。
そっちは銀行窓口あたりの民間が見つけてくれる可能性が高い。
交通課だと事故証明を出したり違反切符なんかを切ったりもするが、今回そこは管轄外だ。
後は精々アオダイショウやアライグマが出たと呼び出されるくらいのものか。
スズメバチもありかな。
警官が凶悪犯罪者相手に銃を発砲すると、全国で大ニュースになるような国だからな。
人間を襲った犬相手に撃ったってニュースになるし。
猪に向かって発砲はあったかな。
あれは拳銃では倒せんと思うが。
せいぜい追い払うのが関の山だ。
あれを倒すなら最低でも口径12・7ミリの拳銃が必要だ。
小型の奴なら44マグナムでもいけるだろうか。
ここは公安から所轄に言ってもらうのに限るのだ。
彼もかなりブツブツ言っていたが、ちゃんと協力はしてもらえるようだ。
でないと、俺が国会で忙しい総理のところへ直接頼みに行くので、また面倒な事になるからだ。
公安の杉山氏をせっついて警察署で受付してもらい、写真は無いというと警察署の担当が言ってくれた。
「では、モンタージュ写真を作りましょうか」
まるで犯人扱いだが、それくらいしないと探し出せない。
よく刑事がやる似顔絵描きじゃなくて、ちゃんとモンタージュを使ってくれるのか。
絵の方が印象に残った特徴をよく捉えていてよい事もあると思うが、やってくれるならそれで。
さすがは東京警視庁だな。
地方だと、こうはいくまい。
エリには、そっちの方が楽しいだろうな。
トーヤがいたら、さぞかし狂喜する事だろう。
モンタージュ・マシンをコピーして帰るか。
今は昔と違ってコンピューターでやれるから性能が段違いだ。
頑張ればアプリ次第でスマホでも代用できそうな按排だ。
初めての作業に若干楽しそうな様子のエリと一緒にモンタージュ写真を作り、なんとか捜索願を作成してもらった。
とりあえず、今日は一旦あっちに帰る事にする。
それから異世界へ戻り、エリの家に行った。
「御母さん……」
「あらどうしたの、エリ。
それにアルさんも」
リサさんも、エリのただならぬ様子に気が付いたようだ。
「今日、御父さんを見たの。
異世界日本で」
「ええっ!?」
彼女は突然の娘からの告白に驚いたが、あまりにも真剣なエリの様子を見て考え込んだ。
そして、短く問い質した。
「本当に御父さんだったのね?」
母親の問いに、こくりと小さく頷くエリ。
「ああ、俺にはわかる。
確かに本物の御父さんであるらしい。
だが、どこへ行ったものやら。
すまない。
あっちの世界では俺の探知能力があまり役に立たなくてね。
今、向こうの役人に探してもらってはいるが、またこれが俺の国で一番人口の多いところに紛れていてね。
本当に困ったもんだ」
おまけに、日本の中で一番外国人も多い場所ときたもんだ。
それに方向音痴の俺なんか、普通に歩いていても東京じゃあっという間に迷子になるぜ。
そいつはいつもの事だけど。
スキルの地球版の地図はあるんだけどな。
向こうへ行った際にイコマが作ってくれたらしい。
どうやっているのかよくわからないが、多分ネットや衛星のデータを引っ張り出してきているんだろう。
そのくせ、ポロの居場所はわからないときている。
相変わらずよく理解出来ない能力だ。
もうこいつとは三十年近く付き合ってきたので、今更だからそこは突っ込まない。
「そ、そう。あの人が」
うっすらと涙を浮かべて軽く下唇を噛んでいるリサさん。
ううむ。
よおし、決めた。
親父狩りの時間だぜ!




