第109章 パパエリん子物語 109-1 瞼の父
「パパ~」
そう言って俺に抱きついてくるレミを見ながら、丁度遊びに来ていたエリが呟いた。
「御父さん、か」
それは少し寂しそうでもあり、また懐かしそうな顔をしながら。
「そういやさ。
エリの御父さんって、どんな人だったの?
冒険者だったんだよな」
もうその話を聞いたのも随分前になるが、まだ少女であるエリに死んだ父親の話を訊いてはいけないような気がして、今までは聞かないようにしてきたのだ。
今日は『何故か』、流れ的な勢いで自然に聞いてしまった。
「うん。
冒険者としての腕は良かったんだよ。
でもある日突然、ダンジョンの中から帰ってこなかったの。
知り合いの冒険者の人にも聞いたんだけど、みんな知らないって。
ここの冒険者は一人でやっている人も多いし。
まあ訳ありの人も多い街だから」
そうだな。
俺だって、あのエルミアに入れなかったら、この街あたりに流れ着いていただろう。
そして、うだうだやっていただけかもしれない。
そうなっていたら魔法の良い物も無かっただろうから、あのスタンピードを乗り切れずにアドロスから逃げ出して。
そして、その混乱に乗じて帝国が攻めてきていたら、また他国へ向けて当所もない流浪の旅に出ていたかもしれない。
まあ、これもセブンスセンスの御導きか。
俺の人生、大体こういう感じでやってきたんだ。
無意識の状態で、『あいつ』に引き回されている事がよくある。
でもまあ、結果よければ全てよし。
「エリは御父さんの事が好きだったかい」
「うん。
大好きだったよ。
でもマリーはまだ小さかったから、御父さんの事をあまり覚えていないかもしれないなあ」
「そうか」
俺もレミを見て思う。
この子も街を彷徨っていた頃の記憶なんて、あまり残らないかもしれないな。
うちへ来てからは楽しい事が多かっただろうから。
俺だって、この子と同じ歳の頃の記憶なんてない。
子供の中には、生まれた時とかの小さな頃の事を覚えている子もいるそうだが、レミがそうでない事を祈っておくか。
苦しい思い出なんて無い方がいい。
くそっ、俺にも大人になってから経験した奴がいっぱいあるぜ!
日本の裏トップダウン企業に永遠の呪いと災いあれ。
「御父さんがいなくて寂しいけど、今はたくさん幸せだからいいや。
でも、御母さんは」
そうだった。
リサさんはまだ若いし、大変な器量よしだ。
だが周囲の人達から再婚を勧められても、決して首を盾には振らなかった。
俺はエリの頭を少しくしゃっとして、レミを抱かせてやった。
するとエリは、いかにも愛おしいというような感じにレミを抱き上げて頬ずりする。
レミが、んーっというような顔でオッドアイの片目を瞑っている。
レミも昔ならこんな事をされたら思いっきり手で振り払っていたかもしれないが、もう今ではそうしていた記憶さえ薄いだろう。
今は皆から愛されまくっている日々だからな。
「なあエリ。
今度、東京へ遊びに行こうか。
この前行った、俺が住んでいた街のような田舎とは違って凄い御菓子店もたくさんあるし。
そうだ、ミハエルも誘ってみようか。
あいつも今は昔ほど忙しくはないだろうから」
それを聞いて、パッと顔を綻ばせるエリ。
「わかった。
楽しみにしてる~」
そして俺達が東京行きを実現させたのは、それから三日後の事だった。
エリもミハエルも仕事のキリをつけてきたので、のんびりと行ってこれる。
「我が稀人先祖のルーツである日本の首都、東京か。
また視察に行かねばと思っていたところだ。
行事とかで行くと、そうゆっくりもしていられないからな」
疾風の王子様は、結構御仕事モードだったようだ。
まあ今日はエリのために、ほんのついでで連れてきただけなので好きにしてくれ。
一応、首相官邸にも御邪魔しておく。
ミハエルがいないんだったら、いちいち寄ったりしないんだけど。
向こうだって暇じゃないんだ。
いつもの担当の人を見つけて挨拶をしておく。
「やあ、こんにちは」
「ああ、井上さん。
いらっしゃい。
じゃあなくて、お帰りなさいですか??」
俺の場合は、ややこしいよな。
俺は既にアルバトロス日系一世みたいな者だ。
当り前なのだが、日本と異世界の間で制度が整備されていないので、俺達のような異世界住みの特殊失踪者は二重国籍みたいになってしまっている。
完全に日本へ帰国した織原だけは別なのだが。
「今日はどうなさいました?」
「いやあ、面子にミハエル王子がいるから寄っただけさ。
今日はうちの義妹がデートなんで、俺は只の付き添いなんだ」
俺がウインクしてそう言ってやったら、彼は二人を見比べて「え“」と言いたそうな顔で見ていた。
まあ、王子様の相方が、ついこの前まで小学生相当の年齢だったからな。
「こらこらこら」
ミハエルは少し慌てていたが、エリはちょっと楽しそうだ。
わざとミハエルの腕に抱きついてぶら下がった。
「まあ、異世界の方はこちらと法律が違いますよね。
それに王族の方なのだし」
担当官は勝手に納得したようで、すたすたと行ってしまった。
彼は忙しいのだ。
官邸を出てから、先頭を悠々と歩く俺に向かってミハエルが文句を付けた。
「まったく。
私が変質者扱いでは、我が国の沽券に関わるじゃないか!
おい、エリ。
いい加減に私から離れろ」
「えー、いいじゃないですか。
王国の人は誰も見てませんよー」
「日本の人が見ている。
いや、なんか滅茶苦茶見られているのだが⁉」
まあ、ミハエルは見た目が物凄く目立つからな。
少なくとも変質者には見えない。
何のことはない。
当のミハエル本人が見られているのだ。
「まあ、そう気にするなよ。
少なくとも通りすがりの女で、お前の事を見ていない女は一人もいないぞ」
首相官邸から地下鉄駅まで転移魔法で跳んだので、場所柄ギャラリーには事欠かなかった。
もし、これでエリが変な日本人と一緒だったりしたのなら通報案件であるが、この場合は無いな。
ミハエルが放つ雰囲気と、その容姿がそれを許さないのだ。
たとえ本当に変質者だったとしても許されるだろう。
逆に変質者でもなんでもない、本当に子供の事を心配して声掛けしてくれる只の不細工な日本人のおっさんなんかは即通報だな。
実に世知辛い世の中だ。
「さて、では御目当ての御菓子店にでも行くとするか。
エリ、どこから回る?」
だがエリからの返事は無い。
あれ?
「ん? どうした」
だがガイドブック片手のエリは、ミハエルの腕を放し呆然としている。
「おいおい、本当にどうした!?」
「御父さん」
「え?」
「御父さんがいたの、今!」
「なんだと~!」
そんな馬鹿な!




