106-3 格の違い
ジョゼの家、そこは通称ドッグハウスと呼ばれる。
そのまんまの名称であるが、今そこの屋上は大変な事になっていた。
多くの犬達が転がって、情けなく御腹を見せて這い蹲っているのだ。
正確には逆向きになって背中を地面につけて、見事にひっくり返っていた。
そうしているのは比較的大型の犬種である若い犬達であった。
何十匹もの犬がそうしていると、なかなかに壮観である。
彼らの主人である御嬢様も目を見開いて、その愛犬達の醜態をポカンと口を開けて見ていた。
そして、そのニヤニヤしていた人間の形をした魔物は言った。
「お手」
すると間髪入れずにポンとお手をしてくれた生き物がいた。
いや、それは魔物か。
そいつは当然のように白銀の電光狼、体長十メートルにも及ぶフェンリルのフェルディナントことフェルドであった。
グランバースト公爵家最大の犬種である。
座っていても、さすがにこれはでかい。
狼を犬と数えてしまうのはなんなのだが、最早番犬以外の何物でもない。
本人にも、もう狼である自覚は無いのではないだろうか。
こうやって狼は犬として飼い慣らされていくのであった。
今日は『お犬ハウス』に御呼ばれしたので(当然呼んだのはジョニーだ)、のこのことやってきただけなのだが。
御客様としてやってきたので、屋上の底が抜けないように重力魔法ライトウエイトを使って体重を軽減する気配りは園長先生の躾の賜物である。
「クウ~ン」
御座りしたまま懐っこく鼻を鳴らす美しい白銀の毛並み(狼)に、ジョゼは思わず駆け出していって迷わずそのまま一直線に飛び込むと、胸元にジャンピング・アタックを決めた。
『もっふ~』と英語で音がしたかのような感触で毛並みに頭を突っ込んだジョゼ。
「うわあ~、もふもふだわ。
ありえないくらい、もふもふの犬だわ。
凄い、異世界の犬って凄い!」
もう正気を保てないほど歓喜して、日頃常に纏わせている上流階級のオーラも一欠片も余さずかなぐり捨てて、魔物毛皮に身も心も囚われている御嬢様を横目で見ながら、ロナルドはひっくり返ったまま血の涙を流していた。
犬が流す血の涙など滅多に見られるものではないが、それはジョニーのコレクションとしてビデオのデータカード内に納められていくのであった。
そして逆さまの格好で毛皮を真っ赤に染めていく若きリーダー犬。
その光景を忌々しい気持ちで眺めながらも、どうする事も出来ない。
完全なる貫禄負け、格が違うとは正にこの事であった。
相手は正しく『神クラス』。
死んでも太刀打ちする事など叶わない。
そして、このザマなのであった。
体が無条件で敗北を認めてしまってピクリとも動かない、
その上ジョニーには完全に見下されてしまい、屈辱のあまりロナルドは涎を垂らし、更には失禁しながら失神してしまった。
大将の陥落を目の当たりにして、他の若い犬達もその後を追った。
「俺と遊んでくれるんじゃなかったのか?」
そんな感じで不思議そうに、その死屍累々の若武者達を、小首を傾げて眺めるフェルドなのであった。
自分の胸元で発狂している人間の少女は好きにさせておいた。
この手の残念な人間は、異世界ではそれはもう飽きるほど見てきたのだから。
特に、あの王妃様ときたらプリティドッグだけに飽き足らず、フェルドもよくもふりに来ている。
そして馬具ならぬ犬具も付けずに電光狼を乗り回すのであった。
そのような事をされた場合、普通なら怪我をさせないように凄く気を使わずにはいられないのだが、あの人の場合は配慮とか全く必要ない。
むしろサービスのために全開でいかないと満足してもらえないだろう。
やがて、のそのそと小さな可愛らしい犬がフェルドに近寄ってきた。
少し年寄りみたいなので、ここの犬達のリーダー格なのだろうと思い、フェルドは頭を下げて挨拶をする。
「こんにちは、ドッグハウスの長老様。
異世界はアルバトロス王国、迷宮都市アドロスを治めるグランバースト公爵家からまかりこしました。
フェンリルのフェルディナントです。
どうかフェルドと御呼びください。
元は迷宮魔物にて礼儀などに自信はございませんが、どうぞよろしく御願い申し上げます。
あ、これ。
つまらない物ですが、我が主人より持たされましたので、どうか御納めください」
そう言ってドラゴン関連の食べ物が入った、普通の犬に害が無い事を園長先生の手により徹底的に確認された土産物を、つつーっと差し出した。
犬は沢山いると聞いていたので、土産物はチワワから見て小山のように見える大きさであった。
長老ヘルメスは目を瞠り、いかにも感服したといった感じに平伏した。
後の老犬達も全員それに倣う。
頂いた貢物の匂いをつい習慣で嗅ぎ、可愛い前足でオババ様に押し渡した。
非力な長老に配慮し、何気に大嵩な土産物にはレビテーションの魔法がかけられていた。
「これはまた御丁寧な御挨拶を。
我ら卑しき一介の犬の群れに『犬神様』とも言える格を御持ちの御方がそこまで。
我らドッグハウスの犬一同感激に耐えませぬ。
そこの馬鹿犬どもの御無礼はどうぞ御許しくだされ」
そう言って更に平伏する老犬達。
その対応にちょっと困った顔のフェルド。
どうしてこうなったというような風で、露骨にニヤニヤ笑いを止めないジョニーの方へ首を回して見た。
「あ、いや。
そんな風に畏まられるとその、私といたしましても困ってしまうのですが。
もし宜しければ、そこの、えー、多分あなた方の御主人様と思われる方と一緒に私をもふもふなさいませんか?」
そう言って、胸に装備した人型の臨時アクセサリーが無様に床へ転がってしまわないよう慎重に配慮しつつ、緩やかにゴロリと横になって御腹を見せるフェルド。
もちろんドッグハウスの残念主人様は、そのままオナモミの実のように犬の毛皮にくっついたままマウントに行く体勢だ。
世界中の大金持ちの中でもトップである上流階級の家の子女が着る、素敵な室内用の豪奢なドレスのままで。
おまけに屋外用スリッパさえもはしたなく脱ぎ捨てて裸足のまま。
もっともそれは傍から見れば、まるでハムスターが同居猫をマウントしにいくが如くに大変可愛らしい姿であったのだが。
その犬神様からの申し入れに老犬達も狂喜した。
「おお、宜しいというのですか?
犬神様、大いなる狼王よ。
それ、皆の者。
我ら犬族流に、かの偉大なる御方をもてなすのじゃあ!」
そしてドッグハウスの犬達は、今日もその主人と共にもふもふの輪を広げていき、プリティドッグの群れも犬体形となりて、その熱狂を帯びた歓喜の渦に身を投じていくのであった。




