106-4 プリティドッグ道爆誕?
「ああ、なんて事なの。
アル、そんな素敵な御祭が開催されていながら何故私に教えてくださらなかったの?
ええい、この親不幸者~」
そんな理不尽な理屈を捏ねて、髪を振り乱しながら俺を攻めたてる俺の義母がいた。
先程ふらりっとやってきたジョニーがシャルロット王妃様を捕まえて、土産のビデオをそれはもう得意気に見せつけていたようだ。
これも野郎の楽しみの内なんだから、そのとばっちりを食らう方としては堪ったものではない。
「犬のやる事なんか、いちいち構ってはいられませんよ。
そんな事を言うんだったら、あなたも地球のドッグハウスへ遊びに行ってきたらいいじゃないですか」
「では、そうさせていただきます」
即答かよ!
まあそれでこそ、うちの王妃様の平常運転っていうものだけどな。
「いいですけど、先方は結構いいところの家ですからね。
ジャージで行くのはおよしなさいよ。
我が国の恥になりますから」
「まあ、アルも言うようになったじゃないの。
あなただって、いつもその格好で行くんでしょうに」
彼女が指差した俺は、いつもの如くに作務衣を着込んでいる。
「いいんですよ、俺は別に王様でも王妃様でもないんですから。
元々向こうの世界では只の一般市民なんですからね」
だが王妃様は目を三日月のような形にしてニヤけ、片手を口に当てながらププーっと噴いた。
「そんな事を言って、どうせ何かあったら向こうでも大暴れしちゃうくせに」
「わかっているのなら言わんでください。
おい、ジョニー。
とっとと、その口煩いオバハンを地球へ連れて行ってくれ」
「まあ、アルったら。
こう見えて、あなたよりも年下なんですからね」
「見かけは、御互いにそう変わらないじゃありませんか」
もう、この天然若作り王妃め。
そしてジョニーは犬体形で腹を抱えて笑っている。
全ては奴のシナリオ通りなのだ。
「あ、ファルも行くー」
おー、可愛いものと遊ぶ気満々だなあ。
「いってらっしゃい」
「あれ、おいちゃんは一緒に行かないの?」
「少なくともお前の護衛という観点からは、まったく行く必要はないと信じている。
強面な精霊どもや、何よりもあのオバハンが一緒に行くのだから」
そもそも、あの家の警備は元々世界一超厳重なのだ。
あの家に何かあれば、泡を食ったアメリカ大統領の命令で陸海空軍から創設間もない正規の宇宙軍に至るまでの全アメリカ軍が総出で護りに行くわ。
州兵から元米軍兵士で構成される傭兵部隊、果ては民間警備会社の連中まで揃い踏みで。
「オバハンの御守りは嫌や。
俺はビールと遊んでいるから行っておいで」
「あ、そう」
俺はファルに厖大な量の魔力を目一杯に注ぐと、これまた莫大な魔力を蓄えたベスマギルの魔力弁当も渡しておいた。
「御弁当とおやつは持っているよな?」
「もちろん、このファルに微塵の抜かりも無し」
「じゃ、いってらっさい」
俺はビールグラスを軽く振って挨拶する。
ちょっと目を瞑ってビールの一口目を堪能しているうちに、一行は異世界地球へと旅立っていった。
◆◇◆◇◆
「ほお、この全てが犬のために!
我が始祖様も犬が大好きであったと聞くわ。
アルバの王宮がこうであっても悪いものじゃないわよね」
中々無茶を言う王妃だなと思ったジョニーであったのだが、それでこそ連れてき甲斐があるというものだ。
この人を弄る事だけはプリティドッグとして止められない。
そこへ犬達を纏わりつかせながらやってきたジョゼ。
「あら、ジョニー。
そちらの方は?
まるでどこかの国の王妃様……」
みたいねと言おうとして、ジョニーが連れてきたのだから、きっと異世界の本物の王妃様なのだろうと気が付いた。
そして、この館へそんな訪問の仕方をする王妃といえば一人しか思いつかない。
「私はジョゼフィーヌ・アスターシア・ハンボルトです。
貴女様はもしかして、噂のアルバトロス王国のシャルロット王妃様では?」
その自己紹介と質問の仕方に対して、少し眉を上げた王妃様が平然とこう答えた。
「その噂の内容が気になりますが、いかにもこの私がアルバトロスの犬王妃よ!」
それを聞いて、これは自分が思っていたよりも遥かに残念な人だったんだなと思いつつ、ここは同好のよしみで生暖かくスルーしておく事にしたジョゼ。
「こちらで『プリティドッグ祭』を開催していると、宅の息子から聞いてやってきたのですが」
「え? いや別にそういう催しを開いていた訳ではなかったのですが……。
あの、息子って?」
「うちの元第二王女である娘の婿に入った魔王ですわ」
(あのスエット娘が元御姫様だったのか……確かにとても可愛かったけれど)
「えーと、そちらの女の子は?」
「ああ、彼女の名はファル。
次代を担う神聖エリオン様ですわ」
それを聞いてジョゼも軽く首を捻った。
「神聖エリオンって何ですか?」
「ああ、主神ロス様の地上における代行者、即ち神の子ですわ。
婿はよく『地球でいえばイエス・キリストみたいなものだ』とか言っていますわね。
処女懐妊の末に生まれた方なんでしたっけ?
父親がいなくて、男女の交合なく女性だけで産み出された特別な方だとか。
確かに、そういう部分は単独で子を生す神聖エリオン様とよく似ていますわね。
イエス・キリストって何かよくわからないのだけれど、あなたは御存知?」
ジョゼは眩暈がするような気がして、思わず米神を片手で押さえながら答えた。
「え、ええ。
この世界で、その名を知らない人の方が多分珍しいですわね」
「そうなの」
(異世界って恐ろしいところだな。
イエス・キリスト相当の存在が神の子として実在しているのか。
と言う事は、きっと神様も実在しているのね)
だが、ふっと気が付くと、この屋上に家中の犬猫が集まってきている。
「どうしたの? お前達」
だが応えは返らない。
いつもであるならば即座に愛想よく呼びかけに答えてくれる彼らも、その主からの問いに対してひたすら沈黙を守り、一心にあのファルという小さな子供を見つめている。
その異様な雰囲気に呑まれて首を傾げながらも、ジョゼも事態の推移を注意深く見守っていたのだが、その子が犬猫達に向かって語りかけた。
「やあ、みんな。
ファルだよ、仲良くしてね。
お近づきの印に一曲歌うね~」
そして始まった祝福の聖歌。
生まれて初めて味わう体中を駆け抜ける信じられないほどの歓喜の波動に、ジョゼも思わずその場にへたりこんでしまった。
「こんな、こんな凄まじい福音がこの世にあっただなんて。
おお、おお!
わ、我が家で、しかも犬猫相手に~!?
そのためだけに~?」
そんな彼女の驚倒する様子は歯牙にもかけずに、シャルロット王妃は豪快に叫んだ。
「いやあ、ファル様の聖歌はいつ聞いてもよいものですねー」
ふと気が付いて見ると、巨大な白銀狼やプリティドッグ達も伏せの格好になってしまって至福の表情だ。
そして、あのファルと言う子が「よしよし」とか言いながら頭を撫でて回ると、我が家の犬猫が皆ジーンとして蕩けるような表情を浮かべるのであった。
「うちの子達って、あんな顔が出来るんだ。
私はまだまだ修業が足りないのかもしれない」
その肩を後ろからポンっと叩き、シャルロット王妃はこう言った。
「プリティドッグ道というものは奥が深いのよ。
さあ、一緒に頑張りましょうね」
(プリティドッグ道って一体何だ。
ジョニーがあの子と貴女を連れて来た以外は、今のイベントにプリティドッグなんて殆ど関係ないよね)
そう思いながらも、その異様に力強い笑顔に押されながら、つい思わずこう言ってしまった。
「お、御願いします、先輩」
それを聞いて満足そうな表情を浮べた美しいAランク冒険者の強力無比な腕に、有無を言わさずにギュッと抱き締められてしまうジョゼなのであった。




