第106章 100匹以上ワンワン物語 犬達の仁義なき戦い 106-1 若者は立つ
「ふう。極楽極楽」
ジョニーは、屋上の高級チーク材で設えられたデッキに設置された、日光浴用の超高級サンベッドの上で地球製の御洒落な男性用サングラスを外した。
隣には鮮やかな花柄のワンピースを着たミニョンママが、同じく女性向けの華やかなフレームの丸型サングラスをかけて寝転んでいる。
どう見ても優雅な人間のマダムにしか見えないが、当然のように人化したプリティドッグだ。
周りでは犬体形のまま、彼らの子供達が大勢走り回っている。
「待ってー!」
それを追いかけているのは当然のようにジョゼだ。
至福の表情を浮かべながら華やいだ声を上げて、まるで小さな子供のようだ。
だが、それはすぐに彼女を子犬達が追いかけ回す遊びに変わった。
燦然と輝く太陽、大都会の真ん中にひっそりと建てられた緑溢れる超豪邸である大邸宅の屋上は、まさに都会のパラダイスそのものであった。
外の不粋な騒音を侵入させないように最新の電磁消音システムを、広大な敷地の外周に張り巡らせてある高めの壁に装着してあるため、煩わしい都会の騒音に悩まされる事もない。
それでも時折屋敷の真上に広がる蒼穹を、航空機がゆったりと音の眷属を引き連れていくのだが、広大な大陸に響く音響はまた柔らかい耳障りで、それさえも心地よいBGMに過ぎなかった。
ジョニーがその気であれば、首輪に仕込んだサイレントの魔法を展開してもいいのだが、彼ら犬には音は必要な要素で重要な情報なのだ。
まったく無音の世界もまた、犬にとっては大変に落ち着かないものなのだった。
それは心地よいレベルの静けさであり、敷地内の森の息吹が魔物としての彼の感覚を爽快に刺激する。
ここは既に彼らプリティドッグに取り、大変居心地のいい別荘空間であった。
何しろ、ここはそのすべてが犬のために作られたといってもいい場所なのであるから。
『犬優先空間』
何よりも犬が快適に暮らせるように設計されているのだ。
たとえ魔物といえども、所詮は犬である彼らがそれを気に入らない訳がない。
そして、その犬達の主人である彼ら人もまた、豪華にそして優雅に暮らす事が出来る屋敷なのだ。
まさに人化犬魔物のために在るような、プリティドッグにとっては超快適極まる施設なのであった。
惜しむらくは魔素がまったく無いことだが、そこは園長先生の魔道具もあるし、元々大量の魔素を必要とするような強力な魔物ではないので、さほど苦にはならない。
プリティドッグが両世界を通じて世界一優雅に暮らせる居場所であるのだ。
彼らはここで『賓客』としての待遇を約束されており、完全にフリーパスであった。
その事が逆に、この家にとっては格別のステータスなのだ。
もはやこの超豪華な大邸宅も、完全にジョニー一家の別荘に成り下がってしまった。
最初は少し警戒して一緒に来ていた園長先生も呆れ返って、最近は一切構わなくなってしまっている。
一応ゴーレムの連中はいるのだが、例によって一緒に楽しみまくり、連中も仲良く日光浴を楽しんでいた。
そして彼らもまた、大いに地球の人達の興味を引く存在であったのだ。
「今度、ケモミミハイムの兄上達も呼んでくるかな。
あと、あの犬狂い王妃や犬公爵も連れてきてやってもいいかもしれない。
異世界の王族を賓客に迎えられるとなると、ここの奴らも燥いで喜ぶだろう。
この地球には他にそんな家なんてないからな」
だが、ここにはそんな彼らを厳しい目付きで見張っている者達も、またいたのであった。
(ほう。
ひいふうみいの、あっはっは。
ようけおるな~。
こりゃあ楽しくなりそうだ)
その気配を感知して、うっすらと悪い笑いを浮べる性質の悪い魔物がいた。
彼ら監視者は、まだプリティドッグという魔物の性格をよく理解出来ていなかったのだ!
◆◇◆◇◆
「あの余所者どもめ。でかい面をしおって」
「まったくだ。
我らの御嬢様をたぶらかすとは、なんという悪党どもだ!」
「許すまじプリティドッグ」
そんな会議を開いているのは、当然のようにジョゼが飼っている犬どもだ。
「なんとかして奴らを追い出さなくては、この我らの楽園が!」
若手の大将格、ゴールデンレトリバーのロナルドが怪気炎を上げて吼える。
若い。
それだけでは、この一筋縄ではいかない世の中は渡れぬ。
だが、それはまた若者だけの特権でもあるのだ。
長老であるチワワのヘルメスは、彼ら若者を生暖かく見つめる視線を放つ目を細めて、血気盛んな若武者を軽く嗜めた。
「しかしなあ、ロナルドよ。
今はあの御嬢もあれらに夢中。
まあ時が経てば、それも落ち着くだろうよ。
ここは見守るべき時なのではないか?」
だが若者達はキャンキャン吼えた。
「甘い!
長老は考えが温過ぎる!
今、何とかしなければ取り返しのつかない事になってしまう。
御嬢様の心は、あのにっくき魔物どもに持っていかれてしまうぞ」
「そうだ、そうだ。
ロナルドの言う通りだ。
御嬢様を、あの魔物どもの魔手より救い出すのだ!」
他の若い犬の中にもその意見に賛同する者達がいて、彼らは吼え、そして歯を剥いて唸りをあげた。
長老や年老いた他の犬達は溜め息を吐いて、その若い犬達が迸らせる熱き想いを見つめている。
それはある意味、彼ら長い犬生経験を積んできた老犬達から見れば羨ましくもあり、また少なからず危うくも見えた。
だが、そのちっぽけなチワワは一喝した。
猛っていた若い犬達もその貫禄の前に沈黙した。
チワワは主人を守るためによく吠える犬種であるらしいので、こういう時には迫力がある。
「いいか!
お前達が逸る気持ちはわからんでもない。
わしら老犬とて、それはある。
だがのう、あれは老獪な生き物よ。
よいか、やたらな動きはするでないぞ。
連中の挑発に乗るのも厳禁じゃ。
それが奴の手なのじゃろうからな」
不満そうな若者達も、群れの指導者たる長老様の言う事には逆らえない。
プイっと踵を返すと思い思いの方向へと散っていった。
また若者だけで会合を開くつもりなのであろう。
「アキレス」
長老は、若い犬達の中から比較的落ち着いた様子のグレート・デンを呼び止めた。
彼は立ち止まると、首だけを彼らに向けて手短に答えた。
「わかっております」
「御願いね」
おっとりとしたポメラニアンも、彼に対して慈しむような感じに声をかける。
「はっ、オババ様」
そう言って彼は足早に、特に血気盛んな様子であったゴールデンレトリバー率いる若者の集団を追いかけるのであった。
「やれやれ困ったものよのう」
「ほんに若い者ときた日には、気ばかり急いていかん」
「風雲急を告げる、か」
そんな老犬達のボヤキを耳にしながらニヤニヤしている奴が約一名。
無論、それは正しくジョニーその犬であった。
まさに超隠密魔物プリティドッグの本領発揮といったところなのであった。
「いやあ、こいつは面白くなってきやがったぜ!」




