105-5 予想外の結果
なんとか侍女軍団に身支度を整えてもらったそいつは、俺のリビングに居座って文句の嵐を並べ立てまくった。
「あなたっていう人は!
礼儀も何も知らないの?
この日本人め、文明人は辞めて異世界の蛮族に成り下がったの?
さっきは、よくもよくもよくもよくも!」
「はっはっは。
俺はこの家のルールに従ったまでだがね。
地球には地球の、この異世界には異世界のルールがある。
どこの御偉いさんだかなんだか知らないが、ここではグランバースト公爵家のルールに従ってもらおうか。
総理がペコペコしていたみたいが、どうせお前本人が偉いんじゃなくて、お前のパパが偉いだけなんだろう」
どうやら当たりだったらしくて、女はぐっと唇を噛み締めた。
何か言いたそうな顔をしていたが、そこへ声をかけてきた者がいる。
「ねえ、園長先生。
その人はだあれ?」
ミニョンであった。
今日もプリティドッグが我が家の離宮に大集合していた。
そして彼らに一斉に囲まれたので女がビビっている。
さっきケモミミ園児に、こてんぱんにやられていたみたいだからな。
「な、何、何~?」
「あれえ。
この人、すっごく犬の匂いがするー」
十二匹の人化したままの魔物が、くんくんとそいつの匂いを嗅ぎ回っている。
これが人間だったら、これ以上ないくらい失礼なので止めさせるのだが、まあ犬のやる事なので放っておいた。
それに。
何かこう親近感が湧くのか、おチビ幼児体形の今年生まれたばかりのチビドッグ達が、女の体によじ登っていく。
「ちょっと、ちょっと~!
あらっ、変ね。
嫌な気がまったくしないわ。
それどころか、なんだかとってもいい気持ちのような気がする。
何故なんだろう」
そりゃあ、そいつらがお前の欲しがっていたワンコなんだからなあ。
女は犬達に囲まれて凄く恍惚な表情になっている。
この残念振りはどこかで見たような気がするなあ。
あ、それはうちの御義母様の事じゃあないか。
そう考えると、こいつの事も何か憎めなくなってくるな。
よほどそいつの事が気に入ったのか、子犬達は一斉にポンっとプリティドッグ形態に戻ってしまった。
この凄まじく用心深い生き物の場合、よほど安心しないとこういう事はないのだが。
その珍しい現象に俺も正直驚いてしまった。
「まあ~。
まあ、まあまあまあ。
まあ~」
何か衝撃で、真面に言葉を発することが出来なくなってしまっている馬鹿がいる。
しばらく放っておいたが、全身をじゃれまくる子犬で装飾したまま約一時間は元に戻らなかったようだ。
かなり重症だな。
俺がチビチビとゆっくりとやっていた三杯目のビールを片付け終わった頃に、そいつは現世に復帰したようだった。
子犬どもに目一杯やられたので、せっかくシルの侍女達に整えてもらった髪や服装が、また非常に残念な事になっている。
「あのう、魔王様!」
さっきまでの不遜な態度はどこへやら。
なにやら突然素面に戻った女が、何か急にしおらしくなって畏まった言葉遣いで話し出した。
「なんだ?」
俺は四杯目のビールに最大限の注意を集中しながら聞き返した。
真っ白な泡が綺麗に盛り上がったビールを、一滴も零さずに口に付けるのが好きなのだ。
うん、この至福の一杯!
そして飲み干した後でグラスに残るエンジェルリングって、もう最高!
「お宅の子犬をどうか私めに!」
「いや、あの子達はうちの犬じゃないぞ。
うちの犬は外飼いしている馬鹿でかい奴が一匹いるだけだ」
それを聞いた女は、ちょっと間抜けな顔をして俺の顔を見た。
続けて事情を説明してやる。
「プリティドッグはうちにいるだけで、俺が飼っているわけじゃないから。
まあ家族扱いにはしてはいるのだが。
そいつらの親なら、その辺にいるんじゃないか。
養子縁組の話なら親とするんだな」
「え、どこに?」
「今まさに丁度、お前の後ろに現れたところだ」
慌てて振り向いた女の後ろで、ニヤニヤして見ているジョニーとママがいた。
そして二人はポンっと犬形態に戻った。
それを眼にした女は目を白黒している。
さっきの子犬どもの時もそうだが、人化する魔物の事とかよくわかっていなようで、ごく普通の人間の男女だと思っていたらしい。
「話は聞かせてもらったよ。
とりあえず、お宅のところの待遇を見せてもらおうか」
女は子犬の親権者からそう言ってもらえたので大喜びしているが、そう上手くいくわけがない。
ぬか喜びさせやがって。
ジョニーめ、また碌でもない事を企んでいるな。
それから飲みかけのビールをきっちりと飲み終えた俺は、ジョニーの要望通りに彼女の邸宅へと異世界転移した。
最近、転移パーティのメンバーの記憶とリンクして転移する方法を編み出したので、こういう時には随分と楽になった。
「へえ、中々素敵な所じゃない」
シルも感心して見ている。
かなりモダンな最新の現代建築で出来た家なので、異世界の人間から見たら結構新鮮に写るデザインだろう。
また全体的に、敷地内の緑が非常に多いのもポイントが高い。
それもこれも皆、広大な敷地の成せる業だ。
「まあまあかな」
満更でもないと思っているくせに、ジョニーの奴はいつもこうだ。
「そうでしょう?
自慢の我が家よ」
プリティドッグの子犬共を山ほど抱えて、更には頭の上にも一匹乗せて御満悦の女が勝ち誇った。
うん、確かにいい家だ。
凄い金持ちなんだろう。
この家で暮らせる犬なんて、きっと幸せそのものだ。
犬の健康に留意しまくった美味しい御飯に、医療の充実。
飼い主も犬に対する愛情に溢れていそうだしな。
だが彼女の望みは決して叶わないだろう。
そこへ大量の犬どもが家の中から飛び出してきて、主人の帰りを歓迎した。
これはものすごい数だ。
うわあ、いったい何匹いるんだよ!
「ウ~」
お、中には新入りの子犬に警戒して歯を剥く犬もいた。
最愛の御主人様の寵愛を取られると思っているのかもな。
「ああ、ロブ。
そんなに警戒しないで。
この子達は、もうすぐあなた達の仲間になるのよ~」
この女、まだそんな事を言っているな。
まあ、それに関しては全部ジョニーが悪い。
女は浮かれて自慢そうに、はち切れんばかりの笑顔で家中を案内してくれる。
こうしてみると、相当な美人で容姿が良いのが一目でわかる子だ。
笑顔は人を何倍も魅力的に化粧してくれる。
しかし、この家は広い!
まるであの規格外に広大なアルバ王宮を思わせる面積だ。
さすがに天井は王宮よりは低いが、それでも日本の一般住宅の軽く二倍はある高さだった。
行く場所行く場所に犬がいて、やってきた主人に甘えてくる。
本当に何匹いるんだか。
ふふ、猫もいるな。
俺は思わず顔が綻ぶのを止められない。
屋敷には彼女の父親という人間もいたのだが、やはり犬塗れになっていた。
俺はちょっと猫と遊びながら行った。
ここの子達は中々懐っこいな。
御主人様の御友達だと思われているのかもしれない。
猫にはそういうところがある。
俺はやっぱり猫派かなあ。
「よくもまあ、こんなでかい家を作ったもんだな」
「あのドラゴンの巨大なおうちを作った人に言われたくはないですう」
うん? 何か言い方が少し幼い感じがする。
女はよく見るとまだ若いな。
こうしてみるとシルとそう変わらない感じがする。
西洋人、特に女性の歳はわかりにくい。
「それでどう? 御父さん!」
人間体形で、堂々と本革の超高級ソファにて寛いでいるジョニーに向かって、彼女はわくわくしながら聞いた。
「そうだな。合格だ」
「本当~!」
「ああ、ここを我が家の別荘として認めようじゃないか」
「は?」
女は何を言われたのかよくわからなくて混乱した。
「え? どういう事」
するとジョニーはまた犬の姿に戻った。
ありきたりの生物ではない事を見てわかれという事か。
仕方が無いので、俺が代わりに説明してやる。
「あのな、こいつらは只の犬じゃあなくって魔物なんだよ。
さっきジョニー達が変身した姿を見ただろう?」
「あ、うん。
ちょっと変わっているかなとか思ったけど。
でもジョニーも可愛かったよ」
「ああ、でも魔物はこの地球という世界では生きられないのさ。
ここには魔物が生きていくのに必要な魔素という物が無いからな。
彼ら魔物は地球に長くいると魔素が欠乏して死んでしまうのさ」
それを聞いて、女はショックを受けたようだった。
「あ、それじゃあ……」
そして何時の間にか後ろに来ていた彼女の父親は、大粒の涙を溢している娘の肩へ慰めるように手をやって、優しく諭すように言った。
「ジョゼ。
ゼノの事を思い出してごらん。
あの子はここの空気が体に合わなくて。
もう、あんな思いをするのは嫌だろう」
「そ、そうだね。そうよね」
「ただ、少し遊びに来るくらいなら大丈夫だと思うぜ。
そこの魔王園長が、その問題を解決出来る魔道具でも作ってくれりゃあな」
いつの間にか人型に戻っていたジョニーが、ウインクして彼女の涙をそっと指で拭いながら言う。
本当にこいつって如才が無い奴だな。
「ああ、それは構わないが。
そいつは俺にとって、そう大して難しい注文じゃあない」
「私もそれに関してまったく異存はないよ」
彼女の父親もあっさりと同意してくれる。
それで泣き顔を見せている愛娘の御機嫌が取れるというのであれば、彼にとり文句など何も無いのだ。
それに彼自身の瞳も、ずっとプリティドッグの連中に釘付けなのだから。
連中が犬体形で喋る魔物なのは、まったく気にならないものらしい。
この父親も既に手遅れなくらい重症なワンコ脳だ。
だから、この家がこう在るのだろうから。
「じゃあ、決まりだな。
ここは犬には極楽みたいなところだぜ。
さあ、チビども。
遊ぶぞ~」
ポンっと犬の姿に戻ったジョニーに率いられて、子犬達が堂々と邸内を練り歩き、次々と使用人の人達を魅了していくのであった。
それを見てジョゼもまた、とてもとても幸せな時を過ごしていった。
かくして世界の壁、次元すら越えて、また新たにプリティドッグの下僕となった人達が、今度は地球上に大増殖したのであった。




