105-4 受付はこちら 異世界の試練
「こ、ここは一体。
護衛の者達は?」
「ようこそ異世界へ。
へえ、ちゃんと英語と日本語でも変換されるんだな。
俺は英語を話せないのに、どうなっているんだろうな」
「い、異世界?」
多分、御互いの言語を一回異世界言語に変換してから、それをまた相手の言葉に翻訳し直しているんじゃないかな。
訳がわからないので狼狽えている女を捨て置いて、俺はそこの主を呼んだ。
「おーい、ゴン太。
お前に御客さんだよ~」
そして、その『大神殿風の建物』から、のそっと姿を現した大怪獣の雄姿を目の当たりにした女が、けたたましく悲鳴を上げた。
「キャアー。怪物~」
「慌てるな。
よく見ろよ、あれは只のドラゴンだ。
この異世界では珍しくもなんともない魔物さ」
「ド、ドラゴン……」
女の息を飲む気配が魔素を通して伝わってくるかのようだ。
「こいつがプリティドッグを欲しがる奴の窓口なんだ。
まあ頑張るんだな。
帰りたい時にはそいつに言ってくれ。
じゃあ、ゴン太。
後は頼んだぜ」
「グオオオー!」
何かこう全部わかっていて、わざと迫力ある咆哮を上げて楽しむゴン太。
もう彼もこの手の手合いの扱いは手慣れたものだ。
ロレンスみたいに煮ても焼いても食えないような、どこか別の時空の住人のような奴は少し勝手が違うようだが、ドラゴンを見慣れていなくてビビっているようなヘタレな異世界人あたりが相手なら超余裕だ。
そして文字通りの、時空の彼方どころか次元の彼方の住人には十分な効果があったようだ。
「ひ、ひ、ひ~~」
あ、この女、小便を漏らしている。
お、また俺のスマホがバンバン鳴っているな。
もう放っておこう。
あの総理め、碌でもない話を持ち込みやがって。
しばらくスマホは放置だな。
俺はまた自分のリビングに戻ってから生ビールを所望した。
「ただいま」
「あら早かったわね。
もう用は済んだの?」
「ああ、なんか向こうの世界でプリティドッグを欲しいっていう奴がいたんで、竜舎へ連れて来てゴン太に預けてきたよ」
シルは呆れたような顔で、ティーカップを持ったまま俺の隣に来て座った。
「もう無茶しないでよ。
異世界の人がドラゴンに耐性あるわけないじゃない。
それで、どこの誰なの?」
「さあ、そいつは聞いてこなかったなあ。
つい頭に血が上って。
なんか若い女だったぞ。
でも何故か、あの総理がぺこぺこしていたし。
日本なのに銃で武装した護衛もついていたから、どこかのVIPみたいだ。
相手が外人だったから事情がよくわからんなあ。
まあ異世界の住人に成り果てた俺には関係ない事なんだが」
「そうね。
でも少し経ったら帰してあげなさいよ」
「はいはい」
そして俺は奥さんと一緒に、のんびりビールタイムを楽しむのであった。
◆◇◆◇◆
「なあ。なんで、ないてんの」
「だっせー。
こいつ、おもらししてるぜ」
「うわ、いいとしこいてさー」
蹲って泣いているジョゼに対して次に降りかかった災難が、ケモミミ園児の試練であった。
子供達がゴン太の所へ遊びに来たら、何か女の人がゴン太に見張られているようだったので。
「何、何?
きゃあ、髪を引っ張らないでー。
蹴らないでー。
ロバートー、ケントー」
叫ぼうが何をしようが関係ない。
かつてはストリートチルドレンとして、棄民都市アドロスで生きるか死ぬかの修羅場を潜ってきた百戦錬磨の餓鬼共は、相手が女だろうがなんだろうが、まったく容赦がない。
彼女は護衛の名を叫んだのだが、当然のように誰も来ない。
頭を抱えて蹲る事しかできなかった。
だがなんと、白馬の騎士はやってきてくれたのだった。
「こぉらあ。
お前ら、女の人を苛めちゃ駄目だろー」
通報により駆けつけてきて悪辣なケモチビどもを追い払ってくれたのは、リーダー気質というか、既に園長先生より長老の二つ名を授かった地球の元少年ゲリラ戦士ショーである。
そして泣いているジョゼを優しく両手で引っ張り上げた。
「チョーローだあ」
「チョウロウがきたぞー。
てっしゅう~」
悪ケモチビどもは、戦場の元少年兵であった強面長老からの御叱りの前に、あっという間に逃げ去った。
「やれやれ。
もう、そんなところでへたりこんでいるからだぞ。
そういやあんた、ここじゃ見かけない顔だな。
一体どこから来たんだ?」
そう訊きながら、不思議そうな顔でショーは覗き込んだ。
ここにいる大人の女性なんて冒険者上がりのケモミミ園職員とか、貴族出身で元は王宮で王族の侍女をしていたような王宮から派遣された人とかなので、こんなにだらしのない人などは見た事がない。
大概はケモチビなど両腕に抱えて、「うりゃあ~」とか言って振り回しているような女偉丈夫が殆どである。
こんな為体では、この厳しい異世界を生き抜く事など出来はしないのだ。
ショーが元々いた地球のアジア地区の土地でも、こんな駄目な人はどこにもいなかった。
「ち、地球。
私はアメリカ人で、今まで日本にいたのよ」
「え、地球人なの?
アメリカ人が、なんでまたここにいるんだい?」
「魔王とかいう人に連れてこられたんだけど」
「ああ、そう」
思わず納得するショー。
あの人の犠牲者がまた一人。
彼は軽く天を仰ぐとジョゼにこう言った。
「じゃあ、ちょっと一緒に来てくれる?」
「う、うん」
なんか訳有りのようなので、ショーも仕方がないから元凶のところへ連れていく事にしたのだ。
見張りを命じられているゴン太がちょっと困ったような顔をしていたが、預かった女性が、またさっきのように苛められていてもまた困る。
とはいっても巨大なドラゴンが小さな子供に御仕置きするわけにもいかない。
ここは長老たるショーに任せる事にしたようだ。
◆◇◆◇◆
「園長先生、この人って一体なんなのー。
なんだか知らないけど、チビ達にやられちゃってたよ」
ショーが、あの女の手を引いて俺の所へやってきた。
「お、ショーか。
ああ、そいつね。
いや俺もよく知らないんだが、プリティドッグを寄越せとか無理難題を言うもんだからさ。
正規の窓口係に全部任せておいたんだが」
そいつは髪から服装から何かこう、あれこれとぐしゃぐしゃになっていて、まだ子供のショーを盾にして、もう半ベソ状態で俺を睨んでいた。
「もう。
園長先生もあんまり苛めないの!」
「あっはっは。
あなた、子供に言われちゃっているわよ。
さあ、御嬢さん。
こっちへいらっしゃい」
そいつはシルに手を引かれて、半ベソのままでリビングから出ていった。




