表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

653/1334

105-2 春雷のプリンセス

「海外なんて久し振りだな。

 もうみんな、どこも行き飽きちゃったしさ」


 そう言いながら、超豪華な王室仕様である大型プライベートジェット『フライングパレス』の豪華なソファに身を沈め、窓から見られる景色に所在無げに目線を彷徨わせているジョゼ。

 どうせ空や雲しか見えないのだから見てもしょうがないのだが、ビデオなんかを見る気にもならない。

 目の前に飾られた100インチ液晶テレビも、スイッチは切られたままになっている。


 このフライングパレスは豪華内装さえ、機能的な面から『軽量化』の義務を負っているため、専門の業者でなければ内装を手がける事は出来ない、大変に特別かつ特殊な代物だ。

 機体重量の増加は離陸時のエンジン負荷のみならず、着陸時の衝撃の際にも機体へ負担をかける。

 航空機は飛び立ってすぐの燃料満タンのままの最大重量で緊急着陸すると大変危険であるため、そういうエマージェンシーな場合は燃料を機外へ放出して機体重量を軽くしてから緊急着陸するほどだ。

 そういう時に上手く着陸出来なかった場合は火災の恐れもあるので、燃料満載では危険であるのだし。


 この機体はあちこちにそういう特殊な装備がある、まさに御嬢様の超々儘我儘なスペシャル仕様で作られた彼女専用の機体なのだ。

 世間から見たら極めて特殊な機体であるフライングパレスとしてさえ異様な代物であるといえる。


 着陸時の負担にも配慮がされており、莫大な費用をかけて機体のあちこちが強化改造されている。

 御蔭で出力を高めて重量増を補うためにエンジンを少々改造したせいで、燃費が少し犠牲になったので通常のフライングパレスの機体よりも若干航続距離が短くなっているのだが、彼女はそんな細かい事は一切気にしない。


 そこまでして手間暇をかけて搭載された超大型テレビであるのだが、今はひたすらに沈黙を守っているのみだ。


 しかし、今まで自分の望みはなんでも叶えてきたウルトラ我儘な彼女の思い通りにならないものがあるのだ。

 しかも、犬!

 とびきり可愛い犬!

 彼女にとってそれ以上の価値観など、この世において他にありはしない。


 燃えていた。

 静かに燃えていた。

 今彼女の頭の中にはあの子犬の事しかない。


 彼女が超本気の時には、いつものように癇癪を起こして大暴れしたりなどしない。

 ただ静かに行動あるのみだ。

 危うし、プリティドッグ!?



 彼女は森閑とした時を待ち、やがて機体は現地国際空港へと降下していった。

 緊急で割り込んだこの機体が優先されたために、割を食ってしまった不幸な旅客機の機体が上空にて、空港を目の前にして長時間の旋回を余儀無くされていた。


 飛行機の操縦において、もっとも緊張を強いられるであろう着陸時に、この無法ともいえる突然の御預け。


 しかも一旦は着陸許可を貰ってから、着陸態勢に入る直前に掌を返したかのような緊急進入拒否を食らったのだ。

 機長は慌てて滑走路上空から離れた。

 もう少し連絡が遅ければ機首の起こしが間に合わず、失速して大惨事になっていただろう。


 本来ならば、このような事態は航空機の安全な運用上絶対にあってはならない事で、それをよりにもよって管制がやるなんて大顰蹙を通り越した噴飯物の内容であった。

 おまけに、待ての一点張りで碌な理由の説明がないのだ。


 当該機の機長は、当然頭から湯気を出してカンカンだったが、悲惨な航空事故を起こしたくなければ管制塔からの指示には当然逆らえなかった。

 超緊急な自衛隊機のスクランブル発進の可能性もあるため絶対に避けなければならない。

 そういう場合は地上で発進する予定だった機体も緊急待機を命じられる。


 とにかく今回は乗務員の乗客への言い訳が大変だ。

 何しろ、「本機はただ今より着陸します」のアナウンスが流れて着陸態勢に入ってから再上昇し、上空旋回に移行したのだから。

 機体が降下中であったため、乗客全員がシートベルトを着用中であったのは幸いであった。


 そして、その上空で旋回待機する航空機の数が時間経過と共に増えていく。

 空港でテロでも起きたのではないかと不安を募らせる機長達。


 残りの着陸順でも揉めそうだ。

 格安航空会社などは、燃料が切れそうな機体もあるだろう。

 幸いにして当該機においては燃料に余裕があるので安全には問題はない。


 燃料を運搬するための燃料を運ぶ愚を避けるため、航空機の燃料タンクは常に満タンではない。

 ただし、このような不測の事態に備えて若干は余裕を持たせてある。

 しかし長時間の上空待機には耐えられないため、場合によっては他の空港へ着陸する事さえ余儀なくされるだろう。

 その別空港においても再度混乱をもたらす可能性すらある非常事態なのだ。


 そんな中、一機の大型ジェット機が優雅にやってきて、そして着陸待ちをしている機体の群れを尻目に悠々と降下していった。


「くそ、あれは一般航空会社の機体じゃないな。

 尾翼にエンブレムがついていない。

 さては特別仕様のフライングパレスか!

 なんて奴らだ。

 この待ちぼうけを食らった機体の群れを尻目に悠々と降りていきやがる!

 まるで無法者じゃないか。

 一体どこの我儘王族が乗っているんだよ」


「言うな、機長。

 言うだけ無駄だ」


「しかし、副機長。

 これは豪い事になりますよ。

 今のところ、うちの機体は燃料にまだ余裕ありますよね」


「ああ、幸いにして上手い事気流の加減で燃費が良かったのは僥倖だ。

 だが他の機体はどうだろうな」


 止むを得ない状況であるため、燃料に余裕のない機体から降下が優先されたので、更に着陸する順番が変動し混乱に拍車をかけた。


 その間にも次の着陸便がやってくる。

 変更が利く機体は行先を変更出来たかもしれないが、その場合は客への対応や補償が大変だ。

 航空機の乗客の場合は、社運を賭けたビジネスの時間に間に合わないなんていう非常事態さえ起きかねない。


 このような待機航空機の過密状態で航空事故が起きていないのは奇跡に近かった。

 元々日本の航空管制は人員不足で、業務に大変余裕がないのだ。

 というか、仕事に余裕を与えないのは、一般業種と変わらない日本の労働条件がそのまま当てはまっているだけなのだろう。

 何かあれば一発で終わりだと昔から言われている。


 管制塔からの指示の聞き間違いなんて、しょっちゅうだし。

 特に英語が怪しい日本人の場合、危なそうなら管制官がアドリブで日本語による指示の再確認を飛ばす必要さえある。


 地面付近を飛んで滑走路を横切る予定のヘリなんかがいた日には要注意だ。

 著しく速度差のある機体が混在する場合は管制官もヒヤヒヤ物だろう。


「そこのヘリ、今から大型の固定翼機が降りて来る。まだ滑走路を横切るな。ノロマなヘリが死にたくなかったら絶対に横切るなよ! わかったな?」の世界だ。

 そういうアレな会話は無線機で航空無線を傍受している航空マニアの人のいいつまみになってしまう。 


 そして当該の機体には会社からもこんな通信が入っていた。


「明日まだ会社にいたかったら、管制塔の決定には絶対に逆らうな。

 それと絶対無事に降りてこい。

 あとは犬に噛まれたと思って飲んで忘れろ。

 今日の飲み代は、どれだけ高くても全額会社持ちでいい。

 ホテルもロイヤルスイートを取っていいぞ。

 領収書だけは忘れずに貰ってこいよ」


 正確には犬好きな女に噛まれたのだが。


 機長とクルーは、その一切理由を明かさない会社からの一方的な通告に一頻り首を捻っていたのだが、彼らの関心は次第にどこで一杯やるかの論議に移っていった。

 会社がこんなに気前がいいなんて滅多にある事じゃない。

 しかもグルメで有名な日本へやってきたのだ。

 思いっきり高い店に行こうという事で操縦クルー全員の意見は一致をみた。


 本日のアクシデントによる苦労を慰労するという口実で、御目当の乗務員の娘を誘ってみるのも悪くはない考えだ。

 一泊数十万円から下手すれば百万円を超えかねないロイヤルスイートで女を口説く機会など、いくらモテる職業に就いているからといっても、そうそうないだろう。


 やがて管制塔から着陸許可が出たので、散々待たせてしまっていた乗客へ向けた機長からの平身低頭なアナウンスも無事に終えて、少し浮かれたパイロット達を乗せた機体は滑走路へ向けて無事に降下していった。



 その頃、件のジョゼは御迎えの車に乗って某所へと向かっていた。


 機体の下まで動力付きの要人乗降用のタラップが寄せられて、現地東京にある大使館の公用車が機体のすぐ下まで迎えにきた。

 無論、駐日米国大使自らが御出迎えだ。


 あっというまに航空機からスイッチして、少々アレな感じの『タッチアンドラン』で遅滞なく速やかに走り出した大使館公用車の前後は、彼女の家付きである完全武装のボディガードの車が固めている。

 もちろん、先頭を突っ走りサイレンをかき鳴らしながら爆走する日本のパトカーによる先導付きであった。

 前を行く車なんかどかしまくりの信号なんてガン無視状態だ。

 間違っても事故のないように、最後尾にもパトカーがついて二重にサイレンを鳴らしている。


 そして向かった先は当然のように首相官邸であった。

 今は国会開催期間中なので、それはもう真に御迷惑様以外の何物でもないのだが、生憎な事に今日は土曜日であった。

 まあ、たとえ国会開催日だとしても総理としては絶対に会わねばならない相手であるので、それはまだ不幸中の幸いだと言える。


 そして、その不幸な総理は彼の客をもてなす専用の応接室にて、まさに今彼女と対面している最中であった。


「あー、これはこれは。

 よくいらっしゃいました、ジョゼフィーヌ様。

 大変御機嫌麗しゅう。

 えー、そのなんと言いましょうか。

 他国の人間、国家元首でさえない一介の総理大臣にしか過ぎない私なんかに、貴女様のようなVIP中のVIPである御方が一体何の御用なのでございましょうか」


 総理側としてみても、まさに困惑としか言い様がないような、本来有り得ない事態なのであった。

 わざわざ米国大使まで帯同してきているし。


 彼女は各方面に渡る有名人で、(いやしく)も政治家と呼ばれる人間であるならば、絶対に会いたくないタイプの人間筆頭なのだ。


 だが、実質的に米国の植民地にも等しい駄目国家日本の総理であるならば、絶対に面会拒否は許されないウルトラVIPな存在でもある。

 彼女の来訪を突如電話で告げられた時には酷い眩暈がしたものだ。

 その肝心の要件までは聞いていなかったのだが。


 一方的に「死んでも絶対そこにいろ」と、自分が所属する政党の長老方から大変に厳しい口調で、電話越しに凄まじい圧力を持って通告されただけなので。


「ああ、それね。

 実は、あなたもよく御存知の井上さんという方に用があって……」


 だが彼女は全部の台詞を言い切る事が出来なかった。

 目の前の男がティーカップを思いっきり取り落としたからだ。


 この手の特別な御客様用にと思って自ら選び、しかも領収書無しの自腹で買い、この自分の特別な客しか通さない事にしている応接室に用意しておいた最高級の一個三万円以上する高価なテーブルウエアは、最高の茶葉で淹れさせた紅茶と共に無残に砕け散った。


 心なしか、総理の顔色も青い。


「ど、どうなさいましたの?」

「あ、いや。その」


 言おうか言うまいか。

 総理は激しく逡巡し迷ったのであるが、結局思い切って言っておくことにした。

 後で責任問題になっては自分が困るのだ。


「その、ジョゼフィーヌ様は、絶対にあの男とは関わり合いにならない方がよろしいかと」


「あなたもそんな事を言うの?

 我が国の大統領と同じような事を言うのね。

 いいわ。

 もう自分で話を付けるから、その男を呼び出してちょうだい。

 連絡くらいつけられるんでしょう?」


 父親に内緒で日本まで来た手前、彼女にしては比較的大人しい態度でいたのだが、下手に出ていても埒が明かないとみたか少し高飛車な態度に出る事にしたようだ。


「それはようございますが、一つだけ御約束してください。

 そちらの護衛の方々も」


「な、何かしら」


 彼女も、今まで散々政治家なんて連中とは顔を合わせてきた。

 今の表情にはなんとなく見覚えがあるのだ。


 なんていうのか、英語で言うところの『ずる賢いキツネ』あるいは『狡猾な男』という表現が当て嵌まるような。


「いえ、大した事ではありませんから、そんな風に警戒しないでください。

 なあに、彼に連絡を取ってから起きる出来事は我々日本政府とは一切関係ないという『誓約書』を書いていただきたい。

 ただそれだけです」


 そう言って総理は、にっこりと、いつもの人好きのする笑顔を浮べた。


『ずる賢いキツネ』『狡猾な男』

要するに日本語で言う「タヌキ」の事ですね。

あちらさんにタヌキはいないそうですので~。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ