第105章 ああ愛しのもふもふよ プリティドッグ狂想曲 105-1 ジョゼの片思い
「はあ~」
今月で十五歳になるジョゼフィーヌは、その金の川が流れるような美しい金髪をたくしあげて、それを見ながら今日も溜め息を吐いていた。
彼女の何ともいえない色合いをしたブルーの瞳が見つめているものは、ただの一枚の写真であった。
そこに写っているのは可愛い子犬達だ。
一緒に写っているケモミミを生やした可愛い子供達も気にはなるのだが、何よりもその子犬達の可愛らしさが堪らないのだ。
美しい彼女も、もうその子達の虜になっている。
彼女ジョゼフィーヌは、有名な世界一の企業グループの主の御嬢様だ。
表向きに経営している会社だけでなく、世界中のありとあらゆる業種の大企業群が実質的に彼女の家の系列だ。
どんな国の偉い人間も大社長も、皆その家に逆らう事など有り得ない。
子供の頃から欲しい物は何でも手に入れてきた。
彼女の父に頼めば手に入らない物など何もなかった。
国際競技のレギュレーションを自由に捻じ曲げる事さえ余裕で出来たのだ。
その、今手にしている写真や映像データは、たまたま手に入れたものだった。
彼女は家の力を使いまくって、世界中から面白い映像などを集めさせていた。
動画サイトでヒーロー、いやヒロインになるためだ。
既にその方面ではプリンセスと呼ばれている。
もちろん、彼女自身の動画もアップされていた。
そのように迂闊な行為に関しては、セキュリティの人員もあまりいい顔はしていなかったが、御嬢様の我儘には逆らえない。
まさに、やりたい放題なのであった。
だが、このとんでもなく愛らしい子犬は勝手が違った。
何しろ異世界の住人だというのだ。
今回は『御花見』とやらのイベントで、たまたまこの地球にやってきただけなのだから。
さすがに、たとえ世界一の金と権力があっても、そこ異世界には手が届くものではない。
映像や写真が送られてきたのは、その御花見の翌日の事だった。
居ても立ってもいられない気持ちで、今すぐプライベートジェットで日本まで駆けつけたい衝動でいっぱいだったのだが、父親に止められて断念した。
「ジョゼ、さすがに今から行っても間に合わないよ。
まあ日本は観光に行ってきたって決して悪くはない所だが、今回は止めておきなさい。
行けば届かぬ想いのやりどころがないだろう」
「御父様!
私、どうしてもあの子犬に会いたいのよ!」
「やれやれ、お前の犬好きにも困ったものだ」
「それは、御父様からの遺伝なのですが。
御母さまは猫派よ」
広い大邸宅には、既に百匹以上の犬がいた。
皆、血統書付きのコンクールクラスの犬ばかりであった。
今も足元に何匹か可愛い奴が纏わりついてきている。
この大邸宅も実は犬のために用意されたものなのだ。
アメリカの広い国土と、好きなだけいくらでも国が買えるほどの莫大な資金を武器に、この大都会のど真ん中でやりたい放題だ。
その一族の豪放とも言える意思は、見事に娘へも受け継がれていたようだ。
「ね、ねえ。御父様~。
大統領に命じて、何とか日本政府に言う事を聞かせられないでしょうか?」
「わかった、わかった。
可愛いジョゼの頼みなのだから聞いておこう。
なあに、日本の国は何かにつけて弱腰だ。
実質的に彼らを支配下に置く我が国アメリカの言うことなら何でも聞いてくれるさ」
それを聞いて、ジョゼは父親に飛びついて抱きついた。
「わあい、御父様。
大好き~」
「わっはっは、これこれ」
たとえ世界一の金と力を持っていても、父親というものは娘には弱いのであった。
だが、その悲報はもう翌日に届けられた。
それは数機のヘリコプターのブレードが奏でる聞き慣れた爆音がプレリュードとなった。
危急の分の執務を終えた大統領が、自らヘリコプターで乗り付けてきて報告にきたのだ。
ジョゼは吉報が齎されたとばかりに、堪らずに屋敷からヘリポートへと飛び出していった。
一緒にいた多くの犬達も共に駆けていく。
大変に忙しい中、わざわざ大統領を待って家にいた父親もそれに続いた。
そしてマリーン1と呼ばれる大統領専用ヘリから降り立った大統領は、このような事を言ってきたのだ。
「ジョゼフィーヌ御嬢様におかれましては、大変御機嫌麗しゅう。
ライナス様も御無沙汰しております。
その、大変申し訳ございません。
本日御邪魔いたしましたのは、その。
非常に申し上げにくいのですが、今回ばかりは例え大恩あるハンボルト家の方の御願いでも聞くわけにはいかないからなのです」
「そ、それは何故!」
ジョゼは驚愕して詰め寄るように詰問した。
その佳麗な顔は、予想外の返答に対する怒りで朱に染まっている。
思いもかけぬ凶報に激しい剣幕を見せた彼女に対して、鼻白んだ大統領は冷たい汗をかきながら、それをハンカチで拭っていた。
こんなアメリカ大統領如き小物は、ハンボルト家の力の前には大洋に浮かぶ木っ端のような物。
通常であるならば、ハンボルト家の主に対して逆らうなどという愚行は、彼にとって考えられないような暴挙だった。
大統領も本来であれば、死んでも選択したくない結果なのだ。
「まあまあ、ジョゼ。
そんな風に言われて大統領も困っているではないか。
御話の続きは家の中に入ってから聞こうじゃないか。
さあ大統領、中へ」
言葉使いは優しいが、父親も目は笑っていない。
つまる所、尋問審問の場へ連れていこうというのだ。
返答次第ではただではおかないという雰囲気だった。
ますます顔色の悪くなった大統領は、言われるままに邸宅の中へ連行されていく。
周りでは多数の犬が唸っていた。
あまり雰囲気はよくなさそうだ。
ただ豪奢というにはあまりにも金のかかった、それでいて上質そのもののサロンに通されて、居心地悪そうに大統領は語り出した。
「じ、実はあの犬達の飼い主は、異世界で『魔王』などと呼ばれており、大変な暴れん坊です。
あれを敵に回す事は国防上絶対に出来ません。
彼らは通常この世界にはおりません。
それに手を出さずに放っておけば人畜無害なのですから。
そうであるにも関わらず、おかしなちょっかいをかけるなど愚かな事です。
そいつに手を出したが最後、我が国はどうなってしまうかわかりません」
ちゃんと話が通じるかヒヤヒヤしながら大統領は説明していたが、ジョゼは納得がいっていないようだった。
「あなたが何故そんな風に言うのかよくわからないわ。
だって日本政府に言ってやらせればいいだけじゃないの」
「いや、それが彼は日本人なのですが、もう日本人ではないも同然です。
異世界へ移住して結婚までしており、更には王族の一員たる血族公爵の身分まで頂いております。
実質的にもう現地国家へ帰化しておるのです。
最早、日本政府の管轄の人間ではないので、そればかりはどうにもこうにも」
「ええっ、そんな事くらい、ちょっと日本の国を締上げてやれば済む事じゃないの」
さっそく我儘御嬢の本領発揮であった。
人の話など碌に聞いていないようだ。
先の人生が思いやられる展開であった。
それを聞いた父親も、ちょっと育て方を間違えたかと頭を抱えたくなる気分のようだった。
大富豪の娘にはよくありがちな話であった。
「いや、彼らにも最早どうする事も出来ません。
日本は我が国が支配しているも同然の国です。
普通の事なら、頼めばこれくらいの事は幾らでもやってくれるのですが、今回ばかりは絶対に無理です」
そう言ってから、彼は躊躇いがちに続けた。
圧倒的上位存在である目の前の人物の御機嫌を損ねるわけにはいかないのだが、アメリカ大統領として、これだけはどうしても言っておかねばならない事なのだ。
「ライナス様、くれぐれも短慮な『軍事行動』だけは御慎みください。
貴方様の御家を、そして我が国を滅亡させたくないというのであれば。
核兵器その他、そして我が国が誇る世界最先端の科学技術による近未来を思わせるような超兵器ですら、彼の魔王相手には何の役にも立ちませぬ」
それを聞いた父親とジョゼは思わず顔を見合わせてから再び大統領の顔を見たが、それはテレビで見るような作り物の笑顔ではなく、真剣そのものの表情であった。
「わかった。
君の忠告は守るとしよう。
ジョゼもわかったね。
くれぐれも勝手な行動はしないように」
「はあい」
さすがのジョゼもここは素直に従っておくことにした。
こういう時の父親には絶対に逆らってはいけないのだという事は経験則から知っているのだ。
(でも、軍事行動でなければいいのよね)
この地球世界、その中心たるアメリカと、それをすら支配下に置く圧倒的な支配者たるこの家に、新たな波乱・嵐が芽吹こうとしているのか。
そして、その原因はなんと只の犬、異世界の可愛い『お犬様』なのだった。




