103-2 ジョリーの受難
「む。何か不穏な気配がする!」
口の周りを、日本の御土産ケーキのマロンクリームでべたべたにしながらジョリーが呟いた。
「そうですか?」
同じく御土産のイチゴのミルフィーユで口の周りを汚したシルフィが首を傾げる。
「いや何か、何かがおかしい。
魔素が不穏に満ちているというか、空気に邪悪なる意思の成分が含有されているような。
はて?」
「気のせいじゃないんですか?
それより、そのモンブランの御味は如何でしたか」
「あ、これはまた変わった風味で中々の物だった」
「そうかあ、私も今度はそっちにしてみようかな。
やっぱり日本へも行ってみたいです。
それに、あの救世主たる船橋武が生まれた国なのですから興味ありますよね。
あ、イチゴのミルフィーユは最高でしたよ」
「そっかあ、じゃあ私は今度それにしよう」
なんだかんだ言って、魔力と甘い物があるなら精霊さんは幸せで、他の事はあまり気にならないのであった。
だが、そこへ秘密の任務を帯びたファルがやってきた。
「ねえ、ジョリー」
「おや、これはファル様。
どうなさいました」
ちょっと不思議そうに訊くジョリー。
最近はファルも大きくなって、そう彼の手を煩わせるような事もないのだ。
こんな風に頼み事があるかのように話しかけてくる事も珍しい。
まあ大概は俺のところへ来るのだから。
昔は結構手がかかったのだが、今はそうでもない。
ファルスの成長は早いのだ。
「あのさあ、みんながジョリーの正体を見たいって言うんだけど、駄目?」
ファルは、カミラあたりから習ったと思われるブリブリな上目遣いでジョリーを見上げる。
「う!
そ、それは。
いかにファル様の頼みといえども、えーその、ごめんなさい!」
「あうー」
なんて事だ。
ファルから頼んでもらっても断るだなんて~。
俺は彼らの様子をこっそりと蔭から覗いていたのだが、思わず臍を噛んだ。
これは絶対に見たいよな。
よし、違う方面からチャレンジしてみるか。
俺はその場で転移魔法によりかき消えた。
やってきた先は当然のように精霊の森だ。
「レイン~」
「あら、アルさん……どうしたの?」
レインが俺の顔に張り付いた怪しげな笑みを見て少し訝しんだ。
おっといけねえ、また顔に出ていたか。
「いや何、ちょっと訊きたい事があってさあ」
「へえ、何かしら?」
「いやあ、ジョリーの事なんだけどさ。
あれって絶対に正体を見せたら駄目なのかい?
あいつ、ちっとも正体を見せてくれないんだよなあ。
今ケモミミ園で一番ホットなニュースなんだけど」
最近はファルも好きにゲートとかの空間魔法で精霊の森と行き来しているので、ファルを連れていかなくてもレインにがっかりされる事はなくなった。
色々あったので今は彼女の心も軽い。
かつてレインを激しく悩ませた、あの魔界の鎧も消え失せた。
「そうねえ。
まあ別に隠すような事でもないんだけど、本人が隠したがっているのでしょう?
残念だけれど教えてあげられないわあ~」
「う、やっぱり?
でも、なんかヒントだけでもいいからさあ」
「そうねえ。
あれはなんていうか、格好いいというか、とても美しいものよ。
あの子は伊達に精霊の森の大神官を務めているわけではないの」
「う、そうなのか~。
でも見たい、やっぱり見たいよ~」
俺は精霊の森で子供のように駄々を捏ねて地面を転げ回り、精霊魔王ともあろう者が多くの精霊達の失笑を誘った。
それを見たレインも前足を口に当ててコロコロと笑っている。
幼少期に人間に育てられたレインは、本当にそういう仕草も人間臭かったりするのだ。
テレビのコメンテーターとかをやらせたら受けるかもしれないな。
「そうかあ。
じゃあ、また何か考えないとな」
「アルさん、ほどほどにねえ~」
ちぇえ。
ここでも、また言われちまったよ。
「あら園長先生、お帰りなさい」
「なあ、真理。
お前、あのジョリーの正体なんだか知ってる?」
「知っているわよ」
「何~」
「でも教えてあげません」
「なんでだよー、ブーブー。
あいつ、あいつ、あいつが言う。
俺の中のあいつ、俺のセブンスセンス、イコマが言う。
『あれはとてもいいものだ』と」
「あはははは。
確かにいい物だけれどね。
でも本人が見せたくないというのだから仕方がないじゃない。
個人情報なのよー。
日本人でしょ、そういう法律は遵守しなさいな」
「えー、お前一人だけずるいじゃないの~」
「私は武の身内だから、彼について話す時はジョリーも真の姿を見せてくれたりするのよ。
ジョリーだって人の子というか精霊、神に作られし者、一種の神の子なのだから」
「なんだよ~、真理のケチ~」
俺はぶつぶつ言いながら、次の手を考えることにした。
「ルイ~」
「なあに、園長先生」
葵ちゃんに愛されて笑っていた赤ちゃんの瑠衣が、いきなり神々しく輝く真っ白な、成長した姿に変身したので葵ちゃんに怒られた。
「もう園長先生ったら。
いきなり、うちの子を『起こす』のはやめてね!」
「ああ、悪い悪い。
でも、ここは是非ともルイの力を借りたいんだ!」
当のルイもやれやれと言った感じで俺を見ている。
話は『中で』聞いていて、用件はわかっていたようだ。
「もう、園長先生ったら本当に好きねえ。
そういうのは放っておいてあげるのが一番よ。
と言いつつ、実を言うと私もそれについては、ちょっと見てみたいかな」
「だろう~?」
ふふ。
こいつも所詮は赤ん坊であるのだ。
守護霊的な存在ではあるがな。
それを聞いた葵ちゃんは呆れたような顔で立ち上がった。
「もう二人共、ほどほどにしておきなさいよ~」
「「はーい」」
葵ちゃんも子供の世話がないのなら創作活動に勤しみたいらしい。
もうそれ以上の追及は無しにして、自分の部屋へと向かっていった。
最近は潤沢な資金(日本円)に飽かせて、葵ちゃんに日本で買ってきた機材を次々と与えまくっているので、この世界にもかなり高度な絵が出回っている。
それから二人してジョリーのところを訪問した。
「おっす、ジョリー」
「ハーイ」
「あ、あなたですか」
精霊の加護が作用して、俺(の中の人)に近いような存在になっているルイはジョリーも少し苦手なようだ。
しかも、今現在は人間の赤ん坊なので、まだ結構手がかかる。
奴から見て非常に要注意な人物なのだ。
「ねえ、正体見せて!」
実にストレートな物言いで、天使のような屈託の無い笑顔でジョリーへ向かってにじり寄るルイ。
まったく遠慮という控え目なエッセンスが欠片も存在しない。
何せ、本体はまだ赤ん坊なのだ。
自分の能力で強引に彼の正体を引き出すつもりなのか。
さすがの俺も、仲間に対してそこまでの狼藉はちょっと憚られる。
祝福の鎧を使えば、俺にも出来そうな気はするのだが。
「嫌ですね!」
シンプルにそう言うなり、ストンっと床に抜けて消えていくジョリー。
「あ、その手を使ったのかあ。
精霊の得意技だなあ」
「えー、ずるーい」
実は俺もルイもそれは出来ない。
ルイなんか、やろうと思えば出来てもよさそうなんなのだが、コアが人間の赤ん坊のせいなのか、霊体化していてもそこまでの物理チートは無理なようだ。
あのファルでさえ、これは出来ないんだよな。
今日が書籍3巻の、正式な発売日になりますね。
本を出すのは慣れてきましたが、自分の本が発売されると、やっぱりドキドキものです。




