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102-7 今宵、桜の木の下で

 それにしても今日の桜は見栄えがする。

 今年はちょっと暖かいので、もう充分過ぎるほど咲き切って花もかなり飛び散ってしまっているのだが、それでも衰える事のない量の花が咲き誇っている。


 もちろん、それはうちのドライアド(ピンク頭)達がやらかしているのだ。

 彼女達も大量にアドロスに集まっていて、次々と他所から移住してくる。

 まあ、奴らは邪魔になったらいつでも御引越し出来るので、どこにいてもいいのだが。

 御蔭で今アドロスは、大地の、命の息吹に満ちている。


 そいつらが本物の桜から『桜の真髄』を色々学ぼうと、取っ替え引っ替えで日本にやってきているのだ。

 いわば桜留学である。

 ゴーレム達が送迎をしているので、その数は引きも切らない。


 だから、この時間になったら、どの桜の木の根元にも十体以上のドライアドのピンク頭が張り付いている。

 ドライアド達が、俺から供給された超魔力を桜の木にぶちこんで、次々と蕾を吹かせている。


 しかし、それは精霊からの祝福であるため決して桜の木に負担を与えるものではなく、むしろ優しく命の力に満ち溢れていき、かなりの樹齢となっている桜達もますます元気になっていく。

 何しろ植物系の精霊がやってくれている事なのでな。

 その空気が人間にも伝わっていくのか、祭はますます盛況となっていった。


 だが中には性質の悪い客もいるわけで、酔っ払って桜の木に登ったり枝を折ったりする奴もいた。

 植物にとっては、そういう事は迷惑以外の何物でもない。

 彼ら植物も苦痛を味わうのだ。

 植物と感応しやすいタイプの人であれば、その苦痛を共に味わってしまうかもしれない。


 草食動物の大被害に遭った時などは、同じ場所に植生する同一植物群がテレパシーで示し合わせて、そいつらに害となる物質を大量に同時分泌するくらいだ。

 そこまでいくと、どんな大好物の植物も苦い味がするはずだ。

 そういう一群は根っこを通じて物理的なネットワークを作るという説もあるらしい。


 人間が一生懸命に世話をしてやると、彼らも種族繁栄のために甘い実をつけたりしてくれるのだが。

 剪定などの作業は、植物の方も人間でいえば髪の毛や爪を切るのと同じ感覚で受け止めるのだろう。

 むしろ、かなり感情が強いらしい植物達は、人間から大事にされているとすら感じるかもしれない。

 だが、いきなり髪の毛を引き抜いたり生爪を剥がされるのは嫌っていう事だな。


 書籍が並べられる本屋さんの棚と一緒で、植物が育つ事が可能な面積には限りがあるので、作物同士で畑の容量を奪い合うのだ。

 栽培してくれる人間の愛情には愛情で応える。

 それが彼らの一年毎に繰り返される生存基本戦略なのだ。


「甘く生れ。美味しく生れ。

 さもなくば人から見捨てられ、畑から駆逐され、品種や作物としての死あるのみ」


 まさに種族的なサバイバルだ。

 畑の世話をする人手と、畑の面積や養分には限りがあるのだから。

 どんなに美味しくても素晴らしくても、滅ぶ時は為す術もなく滅ぶ。


 素晴らしい名ワインを何度も産出した、かけがえのないフランスの至宝のような葡萄の木さえ、減反政策の補助金のために無残に引き抜かれていく。

「根切れは血切れ」の格言の如く。


 今もそういう木に悪さをする奴が一人、桜の木に上ってしまっている。

 よりにもよって「御花見ドライアド」の木に。 


「こらあ、おっさん。

 一体何をさらしとるんじゃあ。

 とっとと下りてこんかい!」


 ピンク頭の女の子が凄んでも何にもならないので、酔っぱらいはヘラヘラと笑っているだけだ。


「ぶちっ」


 何かが切れたような音がして、ドライアドどもが桜の木に変身した。

 本物の桜に学んだので、完全に桜の木そっくりにはなったものの、ちゃんと喋って歩く御馴染みの奴だ。


「おい、お前ら。ちょっと待て」


 だが、プッツンしたドライアドどもの耳には入らなかったようで、びっくり仰天して木から滑り落ち悲鳴を上げて腰を抜かし気味な様子で逃げ回るおっさんを、桜の木がドタドタと走りながら追いかけていく。


「ええい、仕方が無いな。

 おい、フィア」


「ほえ? なんです、大司祭様」


 ベル君をミレーナと二人で挟んで、山本さん謹製の最高の唐揚げを美味しそうに頬張っていたフィアが、よくわかっていないような声を出した。


「ちょっとあいつらを、お前の謎時空へ連れ込んでくれ」


「えー、上手くいくかな。

 今まで自力であそこへ入った事が一度もないんですよね」


 そうだったのか。

 それは知らなかった。

 あんなに厄介で、要らん時には発生しまくりな物なのにな。


「まあ、制御のための修業だと思って、ちょっとやってみてくれ」


「よーし。

 出でよ、フィア時空~」


 フィアの発する、思いっきり場違いでのんびりとした間抜けな掛け声と共に、辺りの空間は歪み、驚く人々と共に不思議な空間へと消えていった。

 うーん、やっぱり周りの連中も巻き添えになったか。

 それはそれで、実は狙い通りなのであるが。


 そこはピンク色一色のなんというか、ほわっと温かい不思議な夢のような世界だった。

 現実感がまるで無い。

 まあ、大体予想の通りの空間だな。


「待てや~」

「お助け~」


 あいつら、まだやっとるのか。

 そして、辺りには事件の『目撃者達』が犇いていた。


「ここは?」

「なんか知らないけど、ほんわかして気持ちのいいところだな」


「あ、桜の木が歩いてる。

 ちょっと飲みすぎちゃったかな」


「ピンクの象じゃないんだから大丈夫なんじゃないか?」


 みんな、それぞれの感慨に耽っていたが、夢のようなものだと思っているらしい。

 そこへゴーレム軍団の仲居さんが登場だ。

 着物姿で膝をついて酌をしてくれる。


「皆さん、今日は心ゆくまで飲んでくださいね~」

「おお、これはサービスがいい夢だな」


 酔っ払わせて、あれこれ見られた事は忘れさせよう!


「おお、美人の御姉さん。

 いやあ、これはまた色っぽいな。

 しかし、耳がやけに尖がっているんだねえ」


 面白がってヘレンやジェイミーも混じって酌をして回っているようだ。


 そして俺は振り返って訊いてみた。

 西田ちゃんに『あーん』をしてもらいながら、二人で普通に御花見をしている織原がいるので。


「ところで、織原。

 この空間は中から解除出来るよな」


「ええ、まあ。

 これは普通のフィア時空っていうか、例のヤバい奴じゃありませんから」


 気分だけのノンアルコール・チューハイで、西田ちゃんと乾杯しつつ答える織原。


「ここも楽しいわねえ」

「遥、順応が早いな」


「ええー、だって普通なら絶対に体験出来ない事じゃないですか」


「うんうん。

 若いもんっていうのは本来ならこうじゃないとな。

 聞いているか、織原」


「余計な御世話ですって。

 まあ、たまにはこういうのもいいかもなあ」


 今日の御弁当は織原の手作りっぽい繊細な感じの料理だ。

 二人で改めて乾杯している。



 ハッと気が付くとと、酔いどれ王妃が何か叫びながら突っ走っている。

 よかった、向こうの大陸共通語で叫んでくれている。


 かなり『センシティブな内容』なのでフィルターがかかっていて、日本語には翻訳されていないようだ。

 自画自賛(てまえみそ)になってしまうが、最近のバージョンの腕輪の性能は素晴らしいの一言に尽きる。


 しかし、あのポンコツめ。

 一国の王妃のくせになんていう事を口走っているんだよ。

 凄まじい下ネタのオンパレードじゃねえか。

 これをアルスが聞いたら卒倒するんじゃないのか。

 地球の皆さんに聞かれずに済んでよかったぜ。


 それにアルスの結婚式でこれをやられなくて本当に助かった。

 これは、あの結婚式でシルが慌てていたわけだ。

 エリーンの大殊勲賞だな。


 ワンピースを脱いで、向こうの世界のシュミーズみたいな感じの下着姿で走っているし。

 まだあれは比較的肌の露出が少ないのでいいのだが、放っておくとまた全裸になっていそうだ。


 シルが慌てて侍女さん達を引き連れて確保しようとしている。

 面白いのでうちのケモチビ達が追いかけていて、それを追いかける一緒に来てしまった日本の子供達も捕り物に参加していた。


 桜の木の枝を折った酔っ払いのおっさんは、ついにドライアドに捕まって桜の木に吊るされていたし、とうとう捕獲されたジェニュイン王妃も、扱いが面倒だったものか一緒になって隣へ逆さに吊るされている。


「おい、シル。

 いいのか、あれ。

 仮にも一国の王妃なんだが?」


「ええ。

 でも、ああしておかないと、またやらかすのよ。

 よかったわ、向こうの世界でやらかしたんじゃなくって」


 昔の日本でよくやられたような、河豚に当たった時に首だけ出して地面に埋められるよりはマシなのか?

 当の本人は吊るされてもケラケラと笑っていたが、今はすーすーと可愛らしく寝息を立てている。

 でも適当なところで下ろしてやらないと、頭に血が上って大変な事になってしまうだろう。


「そろそろ終いにしてもいいかなあ。

 陛下、まだ御楽しみになりますか?」


「ん?

 ああ、どうじゃろうなあ。

 もう終わってもよい頃かのう。

 いや時が立つのは早い。

 花見という物は楽しいもんだのう」


「ええー、もうちょっと楽しみましょうよ~。

 ここは楽しいところだわ」


「ロッテ様……」


 しょうがないな。

 この手を使うか。


「ねえ、王妃様。

 花見にはね、『夜桜』という物があるのですが」


「え、聞いていないわよ」

「去年もやっていたじゃないですか」


「いや、あれは向こうの世界でやっていた物だから、そういう物だと思っていたのよ。

 本場の御花見でもやっているのね?」


「ええ、当然ですよ~。

 これがまた何とも言えない風情があるのですよ」


「あなた! 夜桜ですって」


 目をキラキラさせる王妃様を見て、これはアカンと思ったのか陛下が俺に振ってくる。


「だそうじゃぞ、アル」


「はいはい。

 じゃあ行きますよ。

 おーい、織原。

 撤収~」


 近くでのんびり彼女と一緒に寛いでいた織原が、軽く手を上げて応える。

 瞬く間に世界は煌き、ピンク一色の世界は一瞬にして照明の輝く幻想的で美しい夜桜の世界へと変貌した。


「ほう、これは!」


 そのコントラストが御気に召したのか、陛下も感嘆の声を上げた。

 そして一緒にフィア時空へ行ってしまっていた他の花見客も我に返ったようだ。


「おや? いつの間に日が暮れたんだろうね」


「何があったんだったっけかな。

 ちょっと飲み過ぎたかなあ」


 うん、作戦は大成功だ。

 歩く桜の木のお話は、なんとか都市伝説レベルに留まるだろう。


「じゃあ、夜桜の部に突入だな」


 そう言いながら、謎のフィア時空から帰還した花見客達は、引き続き夜桜を続けていった。


 異界の夜空に煌く見知らぬ星の配置を見上げながら、アルバトロス王国御一行もまた、異世界日本での花見の続きを始めるのであった。


 発売日と曜日との日のめぐりから、この土日で多分3巻の成績表が出てしまいそうです。


 どんな結果になるのかな~。

 こればっかりは、いつもドッキドキです。


 とりあえず、明日は書泉タワーさんの発売後日のランキングの出る日です(通常、この作品のクラスで二週目のランキングに出る事はありえないので)。


1巻は9位、2巻は8位でした。

はたして3巻はどうなんでしょう~。


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