100-5 愛おしい夢
俺は気合充填中のエリを連れてミハエルの部屋を訪ねてみた。
とりあえずエリは外に待たせておいて、先に俺だけが中に入る。
お、エリも柄にも無く緊張しているのかな。
なんかこう両手を握り合わせて、やや内股加減な恋する乙女モードのような感じだ。
「よお、色男」
「なんだ、いきなり」
ゆったりと執務机に座ったままのミハエルが、不審そうに出迎えてくれた。
「いやな、エリの奴が、お前に豪く御執心だそうじゃないか」
デリカシーの欠片もなく、前触れも無くズバリっと言ってしまう。
俺はそれで特に何も困らないしな。
「な、なんだと。
あ、うむ、そうか。
いや、なんとなく得心した」
やっぱり、わかっていなかったか。
まあ相手は子供だものな。
それでも何か思い当たる節があるようだ。
顎に手をやって考え込む事頻りだ。
「それでどうするのさ」
「いきなり、どうと言われてもな。
非常に返答に困るのだが」
そりゃあ困るだろうな。
嬉々として、こう返答されても逆にこっちが困るのだが。
『そいつは嬉しいな。
私はエリさんを愛していたのですよ。
今すぐ彼女を私の花嫁に!』
あのロレンスでもあるまいに、さすがにそれはないな。
「まあ、向こうだってわかっているから言い出したりはしなかったんだろうな。
それでも決して悪い話ではないもんだ。
将来はとびきり可愛くなるだろうし、心根は俺の保証付きさ。
今でも王国、いや大陸中に名声を鳴り響かせた、世界に名にし負う大師様なんだからな。
王子の妃にしても問題ないくらいの凄いしっかり者なんだし。
おまけに精霊の加護もいっぱい付いているぜ」
「ははは、確かにな。
変に問題のある貴族の娘と結婚するよりは、その方がずっとよいのかもしれないな」
俺は苦笑するミハエルの背中を軽くどやしてから言った。
「じゃあ、本人も連れてきたからよろしくな」
「なんだと!?」
エリが外からそっと中を覗いているので、ミハエルの腹心の部下が笑って扉を開けて中へ招き入れた。
「こんにちは。
ミハエル殿下!」
やや頬を赤らめながらも、元気良く挨拶するエリ。
「あ、ああ。こんにちは」
一方ミハエルは珍しく動揺した様を見せてくれた。
もちろんビデオ撮影はしっかりとしておいた。
このアルバトロス王国きっての切れ者ミハエルの、こんな間抜け面が拝めるなんて!
なかなかやるな、エリ。
「あ、あの、私。
あなたの事が大好きです」
スパっと子供らしくストレートな物言いで、真っ直ぐに正面から剛速球を投げ込んでくるエリ。
これが甲子園野球のピッチャーなら時速百七十キロくらいのレベルだろうか⁉
翌日のスポーツ新聞の一面を飾りまくれそうな、いい球だった。
日頃は権謀術数の中で揉まれてばかりいる金髪王子様にとって、そいつはあまりにも眩し過ぎて、少し眩暈を発症しているようだ。
「そ、そうか。
ありがとう。
それで、君は私のどこが気に入っているのかな」
「それはもう。
縁の下のミハエル様ですから。
私、そういう裏方みたいな事に人生の全てを捧げる苦労人のような方が大好きなんです。
あなたの御先祖様である稀人の国の人もそうなのでしょう?」
その言い草には、さすがのミハエルも思いっきり苦笑したのだが、彼の部下達は全員が口を押さえて顔を背け、体を震わせながら必死に笑いを噛み殺している。
「そうだったのか……。
まさか、そういう観点から私を高評価してくれる女性がこの世にいようとはな」
エリは嬉しそうに、はにかんで笑うと言った。
「だって、私もこう見えて結構苦労人なんですもの。
添い遂げるなら、同じ苦労人みたいな人でないと嫌です」
「そ、そうか。
そう言ってもらえて本当に嬉しいよ。
でもなあ、私はこの国の王子だ。
いずれは国のためになる婚姻を結ぼうと考えている。
それに、お前もまだ子供ではないか」
「はい。
ですから、今は御心に留めていただけるだけで充分です。
そう言ってもらえて、私も本当に嬉しいです!」
その心から嬉しそうな様子を見て、眩しそうに眼を眇めるミハエル。
彼の心には、このエリという人間が深く刻まれた事だろう。
そして、その二人を見つめる俺には、いつもの白昼夢が見えた。
ただ、それは普段のように一分後とか数秒後の未来を見せるような『いつもの奴』ではなくて、おそらくは数年の後のミハエルの姿なのだろう。
なぜなら、彼の隣には花嫁姿をした、おそらくは成長したエリと思われる美少女が笑っていたからだ。
そしてミハエルもこの上なく嬉しそうに笑っている。
ミハエルがそんなに歳を食った感じがしていないのは、あの一族の人間だからだろう。
美しく成長した花嫁とミハエルの姿は白昼夢であるのも相まって、とても幻想的に見えた。
やがて、それは蜃気楼のようにたなびいて消えていった。
イコマが、いつもの指で笑いを示すサインを示していて、しばらくそれはやまなかった。
「おい、どうしたんだ?
急に固まってしまって」
ちょっと心配そうな顔付きで俺を覗き込んでいるミハエルがいた。
「ん? いや、なんでもない。
なんでもないさ」
そう言って晴れやかに笑う俺を、ミハエルは不思議そうな顔で見つめていた。
これは多分きっと本当にそうなる夢だ。
そういうものなのだ。
あの王家ならば、実際にこうなっても特に不思議ではないのだし。
今までもこういう夢はあったし、今回はイコマの奴がわざわざサービスして見せてくれたのだろう。
そういえばエリも結構御転婆娘なんだったな。
今のままでは王族の相方は務まるまい。
これからは定期的にエリを離宮に呼んで、シルやシェルミナさんの御作法教室をやってもらわないといけないかもしれないな。
きっと、そのためにイコマがこれを見せてくれたのだろう。
帰ったら二人と相談だな。
もしエリの身分が問題になるというのなら、また親方と女将さんの出番が来るのだろうか~。




