100-3 鈍感王子様
「やれやれ。
ここのところは大変慌ただしかったな。
空中庭園事件に始まり、稀人精霊魔王の出現・レインボーファルス・指輪の番人・ダンジョンのスタンピード・ベルンシュタイン帝国の侵攻・魔界の鎧達・対十三か国戦・ゲルス帝国・邪神アエラグリスタと女神ロス、おまけに種神官フィアか。
よくこれだけの面倒な案件が綺麗に片付いたものだ。
そういや、厄介な稀人の小僧なんかもいたな。
さすがに、もう当分は厄介な事などないだろう。
いやホッとするな。
おや? あれは」
数々の事件を回想しながら、息抜きに王宮中庭の散歩をしていたミハエル。
散歩しながらでも、常に仕事の事を考えているのだ。
最早、それは彼にとって癖のようなものになっている。
そこにいたのはキッチンエリのエリ。
言わずと知れた、『魔王の義妹』だ。
今日はサイラスのシェリー姫が婚約者であるエミリオのところへ遊びに来ているので、エリも呼ばれているのだ。
エリは日本直輸入の最新作の可愛い売り子衣装を身に着けて、実に楽しそうにしている。
シェリー姫とその御友達であるファルと、ウオッカ姫とプリー、それにテキーラ姫も一緒であった。
みんなでおやつを食べながら、日本製のボードゲームなどを楽しんでいる。
「おや、サイラスの親愛なる姉妹達。
今日はよく来てくれたね」
「わあ、ミハエル御兄様。
御機嫌よろしゅう」
「お久し振り~」
「よろしゅう~」
この子達は雛祭りでやってきたばかりだったが、ミハエルは仕事をしていたので会っていなかった。
だがエリは何故か軽く頬を染めて、簡単に衣装を整えている。
今日は念入りに髪も梳き整えていたようだ。
そして唇にはなんと初めての『子供リップ』が輝いていた。
園長先生からの日本土産である。
どうやら、今ミハエルを見かけて慌てて引いたものであるようだ。
ちょっと恥ずかしそうに、後ろを向いて塗っていた。
唇には鮮やかに艶が出ている。
他の子達も、その様子にじっと見入っていた。
(ん? なんだ?)
思わずミハエルも訝しんだ。
私に何かあるのか、と。
子供達の頭を撫でてやりながら、怪訝そうな顔でエリを見るミハエル。
先程から、もじもじしながらミハエルを見ていたのだ。
「なんだ、エリ。
私に何か用かな?」
「あ、いえ。
なんでも。
なんでもないです~」
売り子帽子を取ってギュッと握り締め、それを使ってやや上気した顔を半ば隠すエリ。
「そうか。
今日はゆっくりしていってくれ。
この間はアドロスが騒がしかったようだね」
「え、ええ。
あのう、ミハエル様も知っていたんですか?
そのう、私の仇名」
エリは両手で握って半ば顔を覆った帽子の上から、そっと目を出して聞いた。
「ああ、あれか。
大師というのは仇名ではなく称号のような物だぞ。
お前を鑑定すると、そういう称号がついている」
「え、マジで!?」
慌てて両手でバタバタするエリ。
もちろん、バタバタしたって称号は消えないのであるが。
「ははは、謹んで受けておけ。
称号などというものは、欲しくても簡単に手に入るような物ではないのだ。
多くの人からそう呼ばれ、崇められたりしなければな。
あるいはドラゴンを退治したというような英雄的な偉業を為した時なんかだと、その場で付く」
そう楽しげに言うミハエル。
かくいう「疾風のミハエル」も既に称号化しているのだ。
それを発見した部下達には大受けだった。
大いに囃され、また揶揄われたりしたものだった。
それはまた、日頃蔭から国を支えている縁の下の力持ちを演じる上司とその部下とのいいスキンシップになったものだ。
「はあ」
うーんと、その些か残念な内容に眉を寄せつつも、少しミハエルと会話ができたので、とても嬉しそうなエリだった。
その様子を三人の姫達がじーっと見ていた。
「おや、私の可愛い姫君達。
どうして私の事をそんなに見つめているんだい?」
だがシェリー姫は、まだ幼さを大いに残す面差しに落胆を込めて、溜め息を吐きながら遙か年上の従兄弟に向かって言った。
「もう、ミハエル御兄様ったら。
国家の一大事にはあれだけ敏腕ですのに。
女心のわからない方ですわね。
ね? エミリオ様」
「あ、ああ、うん。
もしかしたら、また僕の出番が来たのかなあ」
かつては大好きなミレーヌ姉様と素敵なシド王子をくっつけたキューピッドを演じたエミリオに対し、女の子達から激しい視線の圧力がかかる。
それを聞いたミハエルは妙な顔をしていたが、軽く退場の挨拶をして立ち去っていった。
これからは国防よりは、貿易などに視点を移した諜報活動が必要になっていくだろう。
疾風のミハエルの仕事が減る事は有り得ない。
その後姿を溜め息吐きながら見送った姫君達は、またエミリオに視線の強圧を注ぐのであった。
おっさんコミカライズ、いよいよ明日公開のようです。
まさか、このような日が来ようとは!




