99-2 不意討ちのロレンス
「おはようございます」
彼ロレンスは、竜舎の隅っこに設えた畳の上に用意された「ちゃぶ台」で朝食を摂っていた。
いきなりでも日本式に物凄く馴染んでいる。
しかも昭和風味の。
この竜舎は天井まで八十メートルほどあるので、それも中々違和感のあるスタイルだな。
昭和の兎小屋とは全く趣という物が違う。
だが奴はその状況にさえ、あっさりと馴染んでいるようだ。
夜はコテージを与えておいたので快適な安眠が約束されている。
御寝所の警備には大型のドラゴンがついているから安心だし。
奴は箸を上手に使って和食の朝飯を堪能している。
御飯と味噌汁、沢庵と焼き魚に御浸し。
味付け海苔に山本さん謹製の高級ふりかけや卵焼き。
御櫃に入った御飯も順調に減らしているようだ。
「お前はなんで、そんなに馴染みきっているんだ?」
俺は呆れたように、割烹着を着込んだ斉藤ちゃんの給仕で、もりもりと朝飯を食べている若者に問うた。
まあ俺も若い奴がもりもりと飯を食っている姿を見るのは別に嫌じゃないんだが。
なんつうか 年寄りって、そういう後進が育つ姿に安心感が持てるっていうか、そういう部分がある。
なんていうかこう、かなり数を減らしてしまった自分の種族の若い連中が順調に育っている感じがいいっていうか。
「ああ、どうやら我々人間は滅びないようだ。これで俺も安心して墓の下で眠れる」みたいなものかね。
ちょっと極端な考え方だけどな。
地球でも人類は個体数二千人くらいの絶滅寸前まで追い込まれてしまった事があるそうだからな。
冷戦時代の第三次世界大戦の恐怖よりも、氷河期あたりの気温低下と食物不足による種族絶滅危機の方が深刻だったのに違いない。
あんなに食料不足な上、大層危険な大型生物に囲まれていただろうに。
よく絶滅しなかったもんだ。
二千人といっても、それが世界の広範囲であちこちに散らばっていたので、一つ一つは精々十人か二十人くらいの集団であったろう。
あまり集団が大きくても、厳しい環境の中一か所で食料を集めきれないし、また少な過ぎると子孫の維持が困難になるから、そんなものだったのではないだろうか。
小集団の中で死に物狂いでセックスしまくって子供を作っていた事が予想される。
子供が増え過ぎるのを防ぐための発情期すら捨てた。
まるで鳩や二十日鼠の世界だ。
御楽しみのためのセックスなんて考えた事すらないレベルだったのではないか。
女の子が子供を作れるようになったら即子作りがデフォだったろう。
今と比べたらかなり寿命が短かっただろう時代で、そんな小集団だったら子供を作れる世代なんて男女合わせて十人もいなかっただろうからな。
老人子供を合わせて十人程度の集団なら、子供を作れる適齢期のメンバーなんてなんて二人から四人くらいしかいなかった可能性もある。
あんな時代ではせっかく臨月を迎えても無事に生まれてこなかったり、新生児の生存率も低かっただろう事は、現代でも少し前の時代の超貧困な発展途上国におけるそれを思い起こせば容易に想像がつく。
赤ん坊や子供の数なんて非常に少なかったのに違いない。
受胎の相性なども考えて、男女の決まったペアすらいなかったかもしれない。
陰茎骨を捨て去った190万年前の人類ホモ・エレクトラの時代に確立されただろう、安定して小作りが可能な一夫一婦制のメリットすら捨てざるを得なかった可能性すらある。
遺伝子の中に残された、そういう若すぎる雌とも交尾しないと生き残れなかった習性の名残りが今ではロリコンと呼ばれているのではないだろうか。
あるいはやたらと男を誘いまくる淫乱女がいたり、男女共に乱交を好む習性を持つ人間が多かったりするのも、絶滅危機当時の名残りなのかもしれない。
それは当時においては変態でもなんでもない。
只の死に物狂いのサバイバルでしかなかった。
今目の前にも、そういう奴が一人いるがな。
こいつは只の変態だ。
地球という星においては環境の大変動によって、古い種族はそれに適応出来ず滅び、より今の環境に対して適応力の高い新たな支配者が生まれるという歴史を繰り返してきた。
その御蔭で我ら哺乳類は恐竜やその近縁の種族たる大型鳥類亡き後に繁栄してこれたのだし。
日本の自治体でも若者が極端に少ない田舎の方へ行くと、最近は年寄り連中が「若者が自販機でジュースを買っている姿を見るだけで嬉しくなります」なんていう、とんでもない事を言うくらいだからな。
俺が若者だった時分は、年寄り共も「若者がコンビニにたむろするのを防ぐために、年寄りには無害だが若者が嫌がるモスキート音を照射してやったらどうか」なんて言っていたほどなのにな。
最近はあまりにも若者が減り過ぎて、そんなタムロメンなんて見た事が一度もない。
市の人口が四十万近い俺の街ですらこれだからな。
どっちかといえば、国家レベルで死の人口に近いわ。
「さあ?
それはあなたが私を歓待してくれているからじゃないですか?
稀人式の御飯は大好きですよ。
米飯もとびきり美味しいし。
これに納豆と海苔の佃煮があったら最高ですね。
生卵かけ御飯も悪くないな。
それに我がメルス大陸の事を、あなたはお米大陸と呼ぶそうではないですか」
そうだった。
あの大陸では御馴染みの食い物なんだったな。
そりゃあ和食にも馴染むだろう。
あの大陸の米は中々の物だった。
糯米は今一つだったのだが。
「じゃあ、明日からおかずは要望通りに増やしておいてやろう。
それで今日はどうするつもりだ」
「とりあえず、キッチンエリのあるフードコートへ行きます。
はい、これ」
なんだ?
奴は何か紹介状のような物を渡してきた。
そこにはシンプルな内容でこう書かれていた。
『この者のキッチンエリにおける修業を認める。
アルバトロス王国第二十五代国王ベルナール・フォン・アルバトロス』
「おうっ。
陛下ったら、なんて物を」
多分、あれだろう。
あの国は東の公爵の娘の嫁入り先で、このアルバトロス王国がこれから重要視していく国の一つだからだろう。
なんたって、メルス大陸の玄関なんて呼ばれている国なんだからな。
我がグランバースト公爵家にとっても重要な相手になるはずだ。
将来、こいつの家とうちの子孫が婚姻を結ぶ可能性さえあるのだ。
これは、さすがの俺も無碍にはできん。
仕方がないので、先にこれだけは言っておく。
「おい。
あくまで修業をするだけだからな?
わかっているんだろうな」
「はいはい、わかっていますよ。
とりあえず、そう出来れば言う事は無いです。
彼女を無理矢理押し倒したりなどの狼藉はいたしませんので」
そんな事をしようものなら、自分がどうなるか。
多分こいつは承知の上で、いけしゃあしゃあとこのような事を言っている。
俺はスマホでエリーンを呼び出した。
突然の呼び出しに、即座にやや緊張した面持ちで転移魔法を使って現れた彼女に向かって言っておいた。
「悪いが、しばらくこいつの事を見張っておいてくれ。
御隣の大陸から来たパルシア王国の公爵子息だ。
別にこいつの護衛を頼んでいるんじゃないんだ。
『エリの護衛』を頼む」
さすがのエリーンも、その俺の言い草に眉を顰めたが、かなり深刻な問題なのを理解したようだ。
「そうですか。
あの子の護衛を任されるのは、いつぞやの事件以来ですね。
それで、この男からエリちゃんを守るという事で宜しいのでしょうか?」
「ああ、そうだ。
ただなあ。
何かあったとしても、そいつを殺ってしまうというのでは都合が悪いのだ。
一応我が家の賓客という事になっているのでな。
だがエリには指一本触れさせはせんぞ」
俺がジロっとその男に目線をくれると、エリーンはにっこりと微笑んだ。
「御任せください。
あの子は私にとっても妹のようなものですので。
必ず守ります。
それで、彼はどのくらいこちらにいるのです?」
「一週間ですよ。
私はまだ当主ではありませんが、さすがにいつまでも家を空けっ放しというわけにはいきませんので」
ぬけぬけと本人が直接言い放った。
「心得ました。
最初に念のために言っておきますが、私は例え相手が貴族だとて、このグランバースト公爵家の縄張りで悪さをするつもりなら絶対に容赦はいたしませんから。
このアドロスではそうしてくれと、グランバースト公爵御自身からも言われています」
よく言った。
そういう事は日頃から叩き込んであるのだ。
そのための装備も大量に持たせてある。
一応今日は新撰組の連中もエリーンの配下につけておいた。
「はいはい。
では参りましょうかね、可愛い御嬢さん」
だが野郎はそのような厳しい台詞にもまったく応えていないので、エリーンも苦笑いだ。
そして奴は続けて言った。
言いやがったのだ。
「御嬢さん、御手をどうぞ」
そして、するっとエリーンの手を取るや否や、あの野郎は【転移魔法】でその場から掻き消えた。
「なんだと!」
あのスタンピード事件以来、フランチェスカさん以外では初めて御目にかかったぜ。
天然物の転移魔法使いに。
あの野郎が世界で残り三人のうちの一人という事か。
うーむ。そんな奴がこんなところにいやがったとはな。
他国の紐付きどころか公爵家の跡継ぎじゃねえか。
まあ、そんないいもの誰だって欲しいよな。
ベルンシュタイン帝国の前皇帝だって再度欲しがっていて、あの馬鹿皇子が転移魔法使いを間抜けに失った事を嘆いていたくらいだ。
だが行き先はわかっているのだ。
俺は慌てて転移して後を追った。
そこには一足先にエリに恭しく挨拶をしているロレンスの奴がいた。
おまけに跪いて手に口づけまでしていやがる。
エリーンがそれを苦々しく見ながら、俺の到着を出迎えてくれた。
触るな、この野郎。
エリが妊娠するだろうがっ!
「てめえ!
転移魔法持ちだったのかよ」
「ははは。
誰も転移魔法を持っていないとは言っていませんよ。
特に訊かれなかったものですから。
あなただって転移魔法を使うじゃありませんか。
私はこの力のおかげで公爵家の養子になったのです。
まあ元は高ランクの冒険者なのですがね」
それであっさりとエリーンの手が取れたのか。
油断していたとはいえ、普通ならば、あの子の手を握るのはまず無理なのだ。
リヒターなど、あれだけ何度も試みながら、只の一度も成功した試しがない。
あれでもリヒターは武功の家の出なのだからな。




