99-1 大物がやってきた
大師。
それは、この世界でエリにだけ認められた称号である。
この世界に俺が持ち込んだスイーツや材料、そして異世界からダウンロードしたレシピ。
それらは彼女に素晴らしい栄光を与えた。
だが、それらを用いて現在の栄光を掴んだのは彼女自身の努力の賜物なのだ。
そして今また、俺が自由に行き来できるようになった稀人の国日本から持ち込まれた、カラー印刷されたレシピ本の数々、そして多くのサンプル達。
それらは、この先もエリの栄光を不動の物とするだろう。
また彼女には人間離れした嗅覚・味覚をした妹もいる。
そして何よりも本人が辛抱強くて努力家なのである。
俺などは半世紀以上にも渡る年輪を刻んでおきながら、いつも辛抱が足りなくて、あの幼い義妹から説教されてしまうのだ。
あの子も十二歳になった。
心なしか少しは大人っぽくもなってきたし、背も結構伸びた気がする。
なんとか歳相応といえるまでには栄養も行き渡ってきたところだ。
中身は元々年齢よりも大人だったし、器量良しの母親に似て将来は素晴らしい美人になるだろう。
非常にしっかり者なので、いつ嫁に出しても安心なのだ。
だが、まだ弟妹も小さいし、何よりあの子自身も母親の傍にいたい年頃だろう。
家族想いの子だしね。
何故そんな事を思っているかというと、今俺の目の前に大変困った奴がいるからだ。
「グランバースト公爵様、私は遥々メルス大陸からやってきたのです。
どうか、この私の気持ちをわかってください」
「それで、お前は俺に何をわかれというんだ?」
「私は大師様に会うためだけにやってきたのです。
そしてエリ様に弟子入りの意気込みを伝え、また私の愛を伝えたいのです!」
その後もそいつは延々と、埒の明かないような御託を並べ立てまくる。
要するに、このロリコン野郎は噂に聞く大師エリに勝手に惚れ込んでしまい、女神のように崇め奉っているらしい。
そして、あの子が俺の管轄だと聞いて、わざわざこの離宮までやってきたようだ。
許さんぞ、貴様あ。
あの子はまだ嫁にはやらん!
普通ならこんな奴にはアイアンクローをかまして放り出してやるだけなのだが、こいつの場合は少し趣が異なる。
この男はメルスの表玄関、パルシア王国の王都商業ギルドの甥だ。
しかも、あの国の公爵家の人間だそうだ。
あのギルマスは非常に腰の低い人だったので貴族だとは思ってもいなかった。
しかも上級貴族たる侯爵だったとは。
まあ商業ギルドの長だから、そうなるのかな。
忌々しい事に、あそこと揉めると色々と厄介な事になる。
まずはハイド王国。
このハイド国王夫妻と近しい関係である俺が、メルス大陸表玄関であるパルシア王国の機嫌を損ねたとあっては、さすがにあの鷹揚な性格の海賊王とてもいい顔はすまい。
そして、なんといっても『東の公爵』だ。
あそこはパルシア王国の王太子のところへ娘を嫁に出すのだ。
あの国とトラブルになれば、かの強面様と大揉めは必至だ。
それだけはこの俺が一番避けたい事なのだ。
パルシア王国王家の関係者と揉めたなんていったら、あの人から一体何を言われる事か。
それだけではない。
アルフォンス商会のメルス大陸全体との取引にも影響するだろう。
それだけならまだしも、アルバトロス王国の外交にまで影響する可能性がある。
だからこの男にはこう言っておかなければならない。
「なあ、ロレンス。
ちょっと付き合ってもらおうか」
そして俺はそいつの胸倉を引っ掴んで転移した。
「あれ? ここは?」
きょろきょろする、その馬鹿野郎に向かって俺は優しく微笑んだ。
「ここはね、ガラスの園というんだ。
とても綺麗だろう?
ここの風景は只の荒野から俺が作ったんだぜ」
「はあ」
俺は更ににっこり笑うと、こう宣告した。
「こうやって作ったのさ」
次の瞬間、かつて只の荒野に過ぎなかったこの土地をガラスの荒野に変えた魔法の数々を御披露してやった。
俺とこの男は強固なシールドで守られている。
昔に比べたら、この魔法も桁違いの強度を誇る。
いやあ、『フルパワーのメテオレイン』と『無数の消滅の光メギド』は、いつ見ても見応えがあるな。
久しぶりにここの景色を作り変えてやったぜ。
一応、人がいないのはレーダーMAPで確認済みだ。
存在を隠蔽されていたりしたら知らんが。
だがそんな奴は、どうせ味方じゃない奴に決まっているので知ったこっちゃない。
何しろ、アントニオとかが鍛錬に来ていたりすると非常にマズイのだ。
一応、彼には電話して『いつもの演習場リニューアルの御報せ』は事前に伝えておいた。
「は、はあ。
これはまた物凄いものですね。
これが噂に名高い魔王としての、あなたの御力なのですか。
それで?」
こ、この野郎。
ビビるどころか、甚く感心している有様だ。
本当にズレた野郎だな。
俺は、そいつの胸倉を捕まえて少し持ち上げると、ちょっとドスを効かせて低い声で囁いた。
「なあ、御坊ちゃまよ。
俺の妹に手を出すというんなら、この魔法がお前さんの頭の上に降り注ぐっていうだけの話だ。
わかったか?」
「はあ、でもそれは無益ですね。
アルバトロス王国の公爵家当主である貴方と、アルバトロス王国にとって友好国であるパルシア王国の公爵家の一員である私が争う益が見えません。
違いますか?」
奴は俺を馬鹿にしているのでもなく、足元を見ているのでもなく、単に本気でそう考えて俺の事を真っ直ぐに見つめ返してくる。
ああ、わかっちまったぜ。
俺の心底苦手な奴というのが。
それに比べれば、あのアドミンなんかでも、そう大した事はない。
あれは強大な相手で厭らしい奴だ。
敵愾心は燃やすかもしれないが、思うほど苦手なわけじゃないんだ。
だが、こいつは駄目だわ。
出来ればアルグランド王家の家宰シュワルツあたりに任せたいような「糠に釘」といった感じの相手だ。
だが、そういうわけにもいかん。
頭の中でアドミンが笑い転げているのを忌々しく思いながらも、一応は言っておく。
「お前の言いたい事は俺にもわかる。
だがな、覚えておけ。
グランバースト公爵家の血の掟。
それは家族第一という事だ。
そいつを忘れた奴にはそれ相応の報いがあると知れ。
エリ、あの子も俺の家族の内に入っているのだからな。
あの日迷宮であの子を救って以来、あの子は俺の事を御兄ちゃんと呼ぶ妹なんだから」
だが彼は悪びれるでもなく、ただこう言った。
「承知いたしました。
心しておきましょう」
本当にこいつって、わかっているのかあ?
だが、今すぐこいつをどうこうする訳にもいかない。
俺は仏頂面をしながらも、そいつと一緒に離宮に戻った。
そして奴を竜舎へ連れていった。
「ゴン太。
そいつを見張っておいてくれ。
あと一週間、そいつをこのグランバースト公爵家で預からなくてはならない。
その間、その竜舎から外へは一歩も出すな」
それを聞いて、事情を知っているゴン太は思わず転げるような感じに大爆笑している。
全長五十メートルにも達する大型ドラゴンの大爆笑は中々見応えがある。
それから咳払いを一つすると、彼は厳かにグランバースト家の血の掟『家族は守る』を表すポーズを示した。
全高五十メートルのドラゴンが体の前に、柄まで合わせて全長四十メートルもあるオリハルコンの大剣を床に突き立て、それを両手で柄を握り地面に押し込むかのような戦士のポーズを取ったのだ。
かつて、ゴン太と同じアドロスの大型ドラゴンを倒すのに作ったオリハルコン剣の、実に三倍にも及ぶ長さの大剣を持たせてあるのだ。
普通の神経をしていたら、その圧力に耐えられはすまい。
だが、そいつは平然とこう言い放ったのだ。
「やあ、これは格好いいドラゴンさんだな。
それでは一週間、宜しく御願いいたしますね!」
俺とゴン太は思いっきりズッコケた。
やれやれ、こいつはまた大物がやってきちまったもんだなあ。
だが、エリ!
御兄ちゃん、頑張るからな。




