98-3 織原とベル君の危ない午後
織原が手取り足取りフィアに指導しているのを、西田ちゃんは微笑ましく見ている。
「手慣れているねえ。
織原先輩って兄弟いなかったっけ」
「姉ちゃんが一人いるよ。
下の兄弟はいないけど、親戚のチビはいっぱいいるからチビの相手をするのは慣れているしね」
「うー、上手く出来ないよー」
「しょうがないな。
じゃあ3Dプリントするか。
園長先生、3Dフードプリンターを一台ください」
「ははは、ついに音を上げたか。
フィア、無理にそういう事を頑張らなくてもいいぞ。
誰にだって得手不得手はあるんだ。
お前は神官として類稀な才能を持っている。
魔王とさえ呼ばれる、お前の上司である大司祭たるこの俺だって、そういう御菓子作りみたいな事は苦手なんだからな」
「むう、それでもベル御兄ちゃんには美味しい御菓子を食べさせてあげたいの」
「じゃあ、織原。
いいデザインを選んで一緒に作ってやってくれ」
「そうですねー」
織原は付属のタブレットをネットに繋いで御菓子の3Dデータを検索した。
世の中には、素人なんだけどプロ顔負けの3D菓子作品のデータを無料公開してくれているような奇特な人もいるのだ。
趣味の世界は奥深い。
「フィア、これなんかどうだ?」
「へえ、どういうの?」
そうやって一緒に織原のタブレットを覗いていると、まるで兄妹のようだな。
見かけはだいぶ違うのだが。
「織原先輩、そういうの得意だねえ」
「まあ、好きなもんでな。
親もそういう物は大好きなんで、こういう物が出るとすぐ買ってきてくれるから。
でも主に弄るのは俺の担当だったのさ」
テキパキとダウンロードしていき、データと材料をセットしていく織原。
その様子をトーヤとエディも熱心に見ている。
あっというまに複雑な形に造形されていくクッキー生地。
「おおー」
「ああ、それいいなあ。
ねえ、こっちも御願い~」
カミラが可愛く漢字を交えて、御強請りをしている。
他の子もいっぱい集まってきた。
子供達の間には、へっぽこ織原の株を見直し買いするムードが漂ってきたようだ。
子供達の間では魔物や精霊をデザインした御菓子とかが人気だった。
あたり一面に広げられたローテーブルの上で、マギ発電機に繋がれた3Dフードプリンターが四十台くらい稼動していた。
厨房に運ばれて次々と焼き上がっていく見事な御菓子の群れ。
なんと、希代の粗忽者であるフィアにも作れてしまった。
まあ織原がセッティングして材料までセットしてくれた物のスイッチをポンしただけなのだが。
焼いてもらうために厨房へ運ぶのは、もちろん織原だ。
フィアにやらせると、その作業が一番危ない。
「凄いよ、これ凄い大発明だよ」
フィアも大興奮している。
「でもな、フィア。
手作りで色々とやるのが楽しいんだぜー。
この機械の大きな欠点はな、『綺麗に出来過ぎる事』なのさ。
手作り感があまりないだろう?
特別な感じがまったく無くて、本来はこういう贈り物に向いていないのさ。
だが、今のお前には丁度いいのかもしれないな」
「うーん、そうだね。
でも今はこれでいいや。
大司祭様だって、ああ言ってくださったし。
でもミレーナの手作りクッキーには負けちゃうかな~」
「じゃあ、フィア。
こっちの機械はどうだ?」
俺は食用インクを使う普通のフードプリンターを見せてやる。
「これなら、自分で御兄ちゃんの絵を書いて御菓子に印刷できるぞ。
無理だったら御兄ちゃんの写真を使ってもいいし。
上手く描けない場合は、ソフトを使って写真から絵を起こす事も出来るぞ」
俺はフードプリンターを一式と、御絵描き用のタブレットを渡してやった。
フィアが熱心に取り付いている。
「じゃ、織原。後は頼むな」
今日の俺は忙しい。
俺には愛娘に食べさせる芋虫(の形をした)クッキー開発の使命があるのだ!
西田ちゃんも一緒になってわいわいやっていたが、葵ちゃんも来て手伝ってやっていた。
「よーし、いい感じに描けたよ!」
「あらフィアちゃん、上手い上手い」
そして葵ちゃんが気になる一言を。
「うん。
弟子にとってもいいくらいかな」
なんだと?
気になったので見に行ったら、織原とベル君のツーショットで、何か非常にBLっぽい危ない絵が出来上がっていた。
葵ちゃんの趣味全開なのかあ~。
まあ、そういう絵くらいは日本でも見た事のある、この俺の眼から見ても中々上手い絵だな。
フィアも粗忽なだけで不器用ではなかったのか。
「おい、ちょっとこら待て!」
「まあまあ、先輩。
御遊びですよ、御遊び。
フィアちゃん、後でその絵を分けてちょうだいね」
「はあい」
「おい、遥。
それ絶対に学校へは持って行くなよ~」
あっはっは。
この二人の乙男も面は悪くはないからな。
ベル君なんかは美青年といっても悪くないレベルなのだ。
眼鏡男子好きには堪らないだろう。
織原だって確実にフツメン以上の水準にはある。
まあ二人共、男っぽい魅力に溢れているっていう感じではないのだが。
だが、特に織原なんかは舐めてかかるとヤバイ。
例のスキル以外にも魔力は超大量に持っているから、俺の魔法の腕輪を持っているので、怒らせたらSランク冒険者でも織原相手では手こずるだろう。
いざとなったら自慢のスキルで灰色ドームに引き籠れば、まず織原に負けはなかろう。
食い物なんかは収納の中で大量に持っているしな。
一方で子供達は織原やトーヤの指導の下で新型マシンを使いまくり、あれこれと作っていたが段々と人気の傾向が偏ってきている。
圧倒的に芋虫人気なのだ。
芋虫クッキー、芋虫練り物、食用紙に描かれたリアル芋虫画のケーキ。
クッキーにも芋虫画や写真がプリントアウトされている。
俺は仕方がないので、出来上がった御菓子をアイテムボックスに入れては、一度に大量に摂取するとよくない成分を抜いて、チョコなどの成分と入れ替えた。
3Dフードプリンターの食用インクには、少量だがそういう物が入っているのだ。
普通は害のあるほど大量に食わないけどなあ。
うちの子達は、どうせいっぱい食うだろうからな。
そして俺の作成した立体芋虫型クッキーも無事娘に供されて、「やはり芋虫菓子は立体作品がよくないか」という流行が俺のリビングを席捲した。
以降は全ての3Dフードプリンターが唸りを上げて、芋虫クッキー製作に励んでいた。
中には和菓子派もいて、餡物の手作り立体芋虫も作成に余念がない。
そっちのコーナーの指導員には山本さんがついている。
中には凄まじくリアルな芋虫を作っている奴がいた。
言わずと知れたうちの娘である。
また妙な事に才能を発揮しているものだ。
まあ地球のガラス細工による素晴らしい工芸品なんかでも、蛙や芋虫を見事な造形で作っていた外国の有名な巨匠もいたわけなので、それもいいか。
俺は、ああいう物が大好きでな。
よく美術館やデパートの特別展示などを見に行ったもんだ。
あれは結構日本文化の影響があったりするのだ。
海外芋虫文化の蔭にジャポニズムありだ。
それは本当なんだぜ?
蛙の方は欧州に限らずロシアなんかでも盛んだったようだが、まあうちではさほど人気はない。
アドロスには武が作った水道があったので、蛙が生息するような水場も元々なかったのだ。
俺が作った渓谷には、でっかい魔物蛙は湧いていたけどな。
かくして異世界では3Dフードプリンターが大人気なのであった。
これを発明した人も、まさか自分の発明品が異世界で芋虫菓子を量産するために使われる事になろうとは夢にも思ってはいなかっただろうな~。




