99-3 ついに、この日が!
「ねえ、アル御兄ちゃん。
この人は一体だあれ?」
「ああ、そいつはな。
お前のところで修業したいんだとよ」
「ふうん、そういう人は間に合っていますから要りません」
そう言って、さっさと行ってしまうエリ。
あっけにとられた表情で取り残されるロレンス。
「ぷぷー。
やるじゃねえか、エリ」
だが、そいつはへこたれない。
そして!
「待ってください、大師様!」
あ、こいつめ。
なんて事を!
とうとう、それを言っちまいやがんの。
これはまさかの展開だ。
「大師?」
くるりと振り向いて怪訝そうな顔をするエリ。
そんな表情は確かに少し大人っぽくなったかもなあ。
そして、そんなエリに見惚れているロレンス。
「私は『大師エリ』の元で修業するために、ここアドロスへとやってきたのです。
どうか私の愛を受け止めて!」
それを聞いて、ますます混乱した様子のエリ。
そして、なんだか噴き出しそうな表情のエリーン。
このロレンスという男は、エリを尊敬するあまり、その気持ちを愛に昇華させたというのか。
もしかすると、アイドルを付け回すストーカーのような男かもしれないので気を付けるとしよう。
何しろ転移魔法の持ち主なのだからストーカーしたら最悪だわ。
まあエリにも転移魔法は与えてあるので、何かあれば俺のところまで逃げてくればいいだけなんだがな。
いっそエリに異世界転移を持たせて、東京の首相官邸あたりを待避所にするのもありかもな。
あそこならうちのゴーレムや精霊が常駐しているし。
「お、御兄ちゃん?
これは一体どういう事なのかなあ」
何か、ギギーっというような軋み音が聞こえるかのようにエリが首を回し、こっちを見た。
「あー、そのなんだ。
お前はな、この世界では大師と呼ばれていて、その……世界中から凄く尊敬されているんだ。
ほれ、お前のブロマイドも売られているんだぞ」
そういってエリに自分のブロマイドを見せてやった。
水着の物もある。
胸はぺったんこだがな。
そいつはまだ十歳の頃のものだ。
今はもしかしたらAカップくらいあるかな。
どっちみち、細やかなもんだ。
「は? は? はああ!?」
エリは俺が言った事がよく理解できなくて、手に取ったそのブロマイドをガン見している。
「ああっ、その水着写真は!
私が持っていないレア物ですね。
グランバースト公爵、是非それを私めに~」
何か変態が胸無し小学生の水着写真を欲しがっていたので、脳天に魔王チョップを食らわしておいた。
遺憾ながら、ちゃんと手加減はしておいたのだが。
「こ……れ、わ……たし?
これが世の中に出回っているというの?」
エリは、まるで眩暈がしたと言わんばかりに震える手でブロマイドを掴んでいる。
「うむ」
「でも、御兄ちゃん。
これって写真だよね。
カメラは他に流出させていない技術なんじゃ。
それにこの写真は」
あ、そこを追求に来ちゃったかあ。
そう、これはうちで撮った写真だからな。
南の島ブルーアイランドへ行った時の物だ。
「あはは。
いや、可愛い写真が撮れたから出来心で販売してみたのだ。
ほら、子供の写真を自慢する親みたいな感じでさ。
いっやあ、飛ぶように売れたぞ。
ちなみに今でもよく売れている」
「うっわあ」
割れるように頭が痛いと言わんばかりに両手で頭を抱えてエリが蹲った。
「御兄ちゃん。
この写真の販売は今すぐ中止にしてね?」
「うん。
バレちゃあしょうがないな」
「もう~」
ちょっと膨れた感じにしているが、そんな様子もなかなか可愛いぞ。
だが変態がそれに見惚れていたので、角の固い木製のバインダーを投げつけておいた。
「いやあ。
大師って呼ばれているのに何時気付くのかなって、ずっと思っていてさ」
「さっさと教えてよお~」
「いやそれって俺の密かな楽しみだったし。
結構修業に来ている人とかがいたろう。
連中は教えてくれなかったのか?
なんで、お前は気が付かないんだ?」
「う、なんか皆さん、私に色々と気を使ってくれているような感じでさあ」
「ははは。
それで黙ってくれていたんだなあ。
そこの唐変木の御陰で、何もかも全て台無しだがな」
「うわああああああ」
眼を剝いて叫びながら赤面して、両手で頬を押さえて仰け反り、今にも走り出していってしまいたそうな感じのエリの悶えっぷりは俺も楽しんでおいた。
可愛いぞ、エリ。
もう一人隣でそれを見て楽しんでいた変態もいたがな。
「それで、お前としてはどうするんだ?
そこの変態君を。
修業をつけてやるのかい?」
「うん。
我がキッチンエリのモットーは、来る者は拒まずだから。
他の人と同じように試験はするわ」
「そうか。
公平なのはいい事だ」
一応は試験くらいしてやるつもりだったのか。
さっきの対応でへこたれて帰るような柔な人間には用が無いというわけだ。
相変わらず他人にも厳しいな、この苦労人は。
さて、じゃあ修行者ロレンス君の手際を、じっくりと御手並み拝見といこうじゃないか。
そしてキッチンエリにおける修業のための入門試験が開始された。
エリの門下生達は皆緊張した様子で立ち会っている。
受験者は、我らが大師様に狼藉を働くかもしれない変態、だが相手は他国の公爵家の養子にして高ランク冒険者なのだ。
扱いを間違えると非常に厄介な相手だという訳だな。
それは、この俺にとっても同じである訳なのだが。
「さて、それじゃあ基本から御願い。
まずこの卵白の泡立てをやってもらいます。
それと小麦粉の振るい、そして卵と牛乳に砂糖を加えて、ケーキの生地を作って見せてちょうだい。
始め!」
職人用の白衣を着せられたロレンスは、打って変わった真剣な表情で取り組むと、まず手早くメレンゲを作り出した。
(こいつ、案外とやるな。
俺には無理な芸当だぜ!)
他の連中も感心したような目で見ている。
冒険者上がりの貴族だから、こういう事をやるのは無理だと思っていたのだろう。
ん?
冒険者上がりの貴族だと?
弟子共全員がチラチラと俺の方を見ているような気がする。
う、五月蠅いぞ。
すかさず俺も睨み返しておくが、彼らの間に若干嘲笑が湧いたようだった。
うーぬ。
まあ俺の不器用は、ここでは赤裸々に知れ渡っているからなあ。
「やるじゃない。
次にケーキ生地を作って頂戴」
彼はにっこりと微笑み少し気障なポーズで礼をすると、手早く小麦を振るい、その他の材料も的確にかき混ぜていった。
試験なのでエリがわざと言っていなかったらしい膨らし粉も、きちんと混ぜている。
なんたって、そういう物を入れないとケーキがスポンジのようにならないじゃないか。
ああいうのは手順や混ぜ方がよくないと悲惨な事になるんだよな。
「だま」になったり膨らまなかったり。
俺はどうしても手順を間違えたり、手際が悪かったりしたもんだ。
また膨らんだケーキが冷えたらペシャンコになってしまったり、コゲコゲになってしまったりしたっけな。
エリと同じくらいの子供の頃の話だけど。
あの頃は家族でよく御菓子を作ったもんだ。
今はまったくといっていいほど作らないものな。
俺もイベントでは作ったりもするが、明らかにその出来は子供達に負けている。
だが奴の仕事は、ゆっくりではあったものの完璧だった。
「いかがでございましょう、大師様」
「へえ、やるじゃないの。
これなら合格よ。
ただし、ここにいる間は、その大師という呼び名で呼ばないように」
「では、なんと御呼びすれば?」
「エリ師範とお呼びなさい」
誰だ、エリにそんな名称を吹き込んだのは。
昔からそういう日本風に呼ばせているとすれば、犯人は一人しか思い浮かばないのだが。
なあ葵ちゃん?




