98-1 新兵器登場
ホワイトデーがやってきた。
バレンタインもそうなのだが、まだこの風習が始まって間もないので、みんなで御菓子を作って、あるいは買ってきて食べる習慣だと思われている。
まあ、それでも十分に商売のネタにはなっているのだが。
アルフォンス商会でも、今回は地球から大量に御菓子を輸入している。
子供達も試食に余念がない。
一番試食に熱心なのが、エリーンとファルなのだが。
フィア・ミレーナの宿命のライバル、ベル君の妹や実家の使用人の子達も我が家に集結した。
何故かというと、ベル君と織原が愛用の御菓子作りセットを持って集合しているからだ。
織原の彼女である西田ちゃんも遊びに来たようだ。
生憎な事に織原は出席日数などの関係で、どう頑張っても進級できないので、来年度からは織原先輩ではなく西田先輩になってしまうようだ。
一緒に修学旅行には行けそうもないな。
あれはカップルにとっては思い出深い、高校屈指のイベントなんだろうになあ。
まあ無事に念願だった高校での青春をやり直せているのでいい事だ。
同級生が中学を卒業したばかりの子達になってしまうので、ちょっと堪らんだろうがな。
中学生の群れの中に一人だけ大人、大学生がいるようなもんだ。
織原も本来なら、もう今年で高校を卒業する歳のはずなのだからな。
でも子供達よ、バレンタインの御返しは待機していて貰うものではないと思うのだが。
俺も愛娘には芋虫っぽい何かをやらないといけないのだろうか。
御返しの内容に、かなりワクワクしているらしいと奥さんが言っていた。
良きパパとは娘に芋虫スイーツをプレゼントするものなり!?
確か日本でも、そういうイモムシの形をした御菓子が作られた事もあったよな。
ネットのニュースで見た記憶がある。
単に芋虫の形をしているだけで、中身は普通の御菓子だったけど。
あれも確か中学生くらいの女の子が二人掛かりで作ったんじゃなかったか。
確か新聞に写真付きで記事が載っていたな。
内容は女の子にしては結構アレなのだが、まあ男の子は御菓子自体をまず作らないからな。
かつてヨーロッパで芸術の花が華やかに咲いていた時代、日本文化の中に登場する自然界の草物や、蛙や芋虫に蜻蛉なんかの絵は、ジャポニズムの一環としてフランスの高名な芸術家達にも多大な影響を与えたらしいが、日本の女子中学生が芋虫型ケーキとかを作るのはどうなんだろう。
乙男な二人は台所に侵入を許可されたが、この離宮の主である俺は今回も通行止めだった。
くそう、ならば御菓子は日本で買ってくるまでよ。
正確には御菓子そのものではないがな。
俺はある事をやろうと思って色々と買出しに出かけた。
もう、そいつが出回りだしてから四~五年は経っていると思われるので、各機種が出ていたので一揃い仕入れてきた。
そう、御菓子と一緒に御土産に買って来た物は、フードプリンターと3Dフードプリンターだ。
クッキーや、ケーキに乗せる食用紙などに普通のプリンターのように気軽に印刷できるフードプリンター。
こいつは五万円から二十万円くらいで御手軽に買える。
そして、もう一つが3Dフードプリンターだ。
こいつは3Dプリンターで作る物のように、食い物を立体的に『印刷』してしまう機械だ。
こいつは五万円からというわけにはいかず、もう少し値が張るのだが、今の俺にとってはどうという事もない値段だ。
特殊な物以外は何でも日本政府へ大量に与えまくっているので、金は日本円でいくらでも入ってくる。
かなり格安での提供なので、日本政府もそれを国内企業に売っているから『税収以外の収入』が莫大な量に上る。
日本は我々アスベータとの取引で完全に資源国となった。
資源をうちにも寄越せといってくるだろうアメリカや、日本から色々と買ってもらえなくなる資源国達などは、その事実を容認し難いだろうな。
日本の『資源輸出』に警戒する声も聞かれることだろう。
もう日本も貿易赤字国になって久しい。
GDP比で堂々世界一の借金大国であり、国としても全般落ちぶれまくった。
他所の国からそんな心配なんかされるような謂れはないわい。
そして有り得ない、何の権利もないような事を平然と要求してくるだろう『旧イーストブロック』の国々。
あいつらって本当に図々しいわ。
それも大概は武力任せで相手を泣き寝入りさせるような形でやってくる外道なやり方なので腸が煮えくり返る。
アメリカだってそういう事をやるが、あそこまでは酷くない。
馬鹿で戯けの中国やロシアのような下衆国家との取引は完全禁止にしてある。
連中がこの俺に対して何か無体な事でも言ってきたら、問答無用で一匹残らずぶち殺すだけだ。
あんな連中に何の義理もない。
無体な要求を突っぱねると、あちこちと揉めるのかもしれないが、それは総理とかがやる仕事だ。
あの連中からは、今までだって日本は長年に渡って散々嫌がらせをされまくってきたのだから今更だわ。
うちに直接因縁をつけてくるのなら、俺の子分達が黙ってはいない。
どんな攻撃も受け付けない無敵のドラゴンやクラーケンなんかによる首都への襲撃はどうだい?
アメリカだっておかしな真似をしてきたら絶対にただじゃおかねえ。
自慢の軍隊や空母機動部隊なども一瞬にして壊滅させてやる。
『魔王の商売』に因縁などを付けては絶対にいかんのだ。
この前の諜報機関の連中には、しっかりと警告しておいた。
ビーム砲だの核兵器なんかも一切通用しないぜ。
レールガンなんかを撃ち込んできたら、デコピン一発で撃った場所へと正確に跳ね返すから、撃った方が大惨事になるだろう。
以前のゲルスが使っていた反射技術なんかも、ちゃっかりとせしめてある。
俺の愛人エリザベスは非常に優秀な覇軍の指輪だ。
味方のブーストアップ力がまた半端じゃあない。
元の指輪を作った武も凄いのだが、俺と共にあったので更にパワーアップしているからな。
だがケモミミ園は今日も平和だった。
ここは異世界なのだから、地球の奴らは侵略になどやってこれやしない。
万が一やって来たとしたら、雑魚共を正々堂々と返り討ちにしてやるまでの話だ。
「園長先生、これは凄いよ~。
おやつ改革、いやおやつ革命だ~!」
もう俺の土産にトーヤ達が夢中だ。
女の子達も目の色を変えている。
そして誰よりも目の色を変えているのがエリーンだった。
「園長先生、早く私に作り方の御教授を!」
「あ、ああ、いや。
その、俺ってこういう新しい機械とかはどうにも苦手でさ。
保守的な性格なんだよ。
多分、トーヤ達がすぐに使い方をマスターしてくれるだろうから、奴らに聞いてくれ」
「なんですか、それは」
エリーンの呆れたような視線は力技で跳ね返した。
「うるさいな。
好奇心でいっぱいの子供には、俺みたいなおっさんなんかじゃ、とてもじゃないが太刀打ち出来ないんだよ!」
別に葵ちゃんみたいにメカ音痴っていうほどじゃないのだが、この歳でいきなり新しい機械を使いこなせといわれてもな。
しかも相当偏った分野の代物なのだ。
それに女だから葵ちゃんの方が、こういう分野は俺よりも得意なはず。
エリーンはエリも応援に呼んできて一緒に始めた。
エリは目を瞠って、業務用に採用する事も考えたようだが難しい顔をしている。
「こんな機械が出回ったら、私みたいな御菓子職人は要らなくなってしまうんじゃ?」
だが俺は黙って首を振った。
「世の中、そんな甘いものじゃないのさ。
こいつは趣味の世界か、あるいは『割り切った業務用』だ。
凝ったデザインを手軽な値段で提供出来るから、レストランなんかじゃ採用されつつあるけどな。
地球の商売で、ここまで手作業で手間暇はかけられないんだよ。
必要なデザインは外注にも出せるしね。
それも実際に作業をするのも学生バイトで十分だ。
本当にいい御店だと却って格下の技術になるのかもな。
むしろ、そういう店でも仕事の補助としてや手間を省くための、あくまで手段の一つとしての採用といったところなんじゃないか?」
「うーん、そんなものなのかしら?」
エリはまだ首を捻っている。
自分を脅かしかねない技術が現実に存在していたのを初めて知ったのだ。
エリが眉を寄せるのも無理もないかもしれない。
俺が、あのヒュージスライムとかバランに出会った時のようなものか。
「少なくとも、こいつにも欠点はあるよ。
繊細にも作れるが、そういう物は壊れ易いのさ。
チェーン店が発達している地球においては、業務用にはどうしても幾何学的な形や単純な物が好まれる。
こんなもんで作った御菓子は、新米のウエイトレスなんかが扱えば簡単に壊れてしまうしな。
あと、まだ作れる御菓子の種類は限定されている。
少なくとも今の時点では、本当の高級店などの業務では真面には使えない代物だ。
個人の店で、あまり技術がない人でも綺麗に作れるし、コスト重視のチェーン店なんかでは有用なのだが、逆にそういうところでは、このような手間やコストはかけないのではないだろうか。
だがこれは万能の機械ではない。
チェーン店では、どこかの工場で大量に生産した物を一括購入で安く仕入れて使うだろう。
日々必要なだけ解凍して使える美味しい冷凍スイーツなんかも普及している。
今のところコスト的に量産品には敵わないのではないか?
こいつは確かに凄い機械だ。
だがその代わり、なんていうのかな。
ちょっと味気ないのさ。
面白みに欠ける、いや風情がないというのかな。
むしろ大型の装置によって工場で人工肉をプリントしたり、家で個人が何かを手間暇かけて上手に作るのに向いている気がする。
小さな飲食店はコストがかなりシビアなので、すぐに潰れちゃうから、こんな高価な機械は無駄に揃え辛いだろうな。
そんな金があるくらいなら苦労はしない。
個人の御店では、スイーツなんかを業務スーパーにて安くて美味しい物を買ってきて終いだな。
もしやるのなら、もっと普及して値段がこなれてからだ」
「うーん、それはそうなんだけどさあ」
エリは、まだ納得いっていないような顔をしていたので言ってやった。
「それとな、こちらの世界では技術上の問題がある。
俺にだっていきなり使えないような難儀な代物で、メーカーのバックアップも部品の補給も俺を通さない限り無いし、補修のネットワークも作るのは無理だろう。
この世界では、さすがに一般提供は難しい。
せいぜいお前のところと王宮の厨房くらいか。
後は知り合いのところだけだな。
こいつは凄い機械だけれど、所詮は只の道具に過ぎないのさ。
お前も一端のプロなら、異世界産の新兵器を見事に使いこなしてみせろ」
エリはプロと言われて、沈んでいた顔も笑顔になった。
「わかった。やってみるよ」
そうさ、お前は天下に名高い大師様なんだからな。
エリはまだ、自分が世界からそう呼ばれている事に全然気が付いていないようだった!
称号欄には、とっくに『大師』がついているよ。




