97-4 それは果たして飲み物なのだろうか
「ちょっと遅くなってしまったが、御昼御飯にしようか」
みんな、それを聞いて御腹がぐーっと鳴った。
あれこれと遊ぶのが楽しくて、すっかり忘れていたらしいが、御腹が減っていたのを思い出したのだ。
時間は十四時過ぎ、いい頃合かな。
行くのは当然あそこだ。
「宮里さん、ちょっと目を瞑っていてください」
「は? はあ」
トーヤとエディは笑って、二人で宮里さんの手を握った。
俺はおチビを抱いてトーヤの手を取り、目視転移を繰り返して四回目に目的地へと辿り着いた。
真理は当然自分でついてくる。
あ、うっかりと公安の連中を置いてきてしまった。
まあ行き先は伝えてあるからいいか。
歩いても、ぜいぜい四~五百メートルっていうところだ。
どうせ公安の連中は外で見張っているだけなのだし。
今日は王様もいないしな。
もっとも、本日異世界から来たのは全員が王族か、それ以上のメンバーばかりだけど。
「もう目を開けていいですよ」
「おや、ここは。
一体いつの間に?」
やや驚きを隠せない宮里さん。
まあ無理もないかな。
普通、街中でいきなりテレポーテーションを体験する事はないからな。
「いらっしゃいませ~」
店員の元気のいい掛け声に促されて店内を進む。
そう、この近所の回転寿司に来たのだ。
せっかく子供連れなんだから。
やっぱり面白いっていう観点で連れてくると、味や品質は度外視して回転寿司はちょっと外せないチョイスだったりする。
「何名様で」
「大人三名子供四名で七人です」
「それなら、カウンター席で宜しければすぐ御案内できます。
今日はいつもの土曜日よりも空いているんですよ。
よかったですね」
さすが店員さんはわかっている。
子供は目の前にある皿を自分で取りたいのだ。
それが回転寿司の醍醐味だものな。
この店は大体十四時くらいまでが混んでいる。
回転寿司と言っても、ここは二百円から三百円の皿がメインの高級回転寿司だ。
この前に陛下を連れていった店よりも少し高級かもしれない。
前の時は駅の地下街で済ませちゃったからな。
このチェーン店は、店によっては回転寿司と言っても回らない店もあるのだが、幸いな事にこの熱田店は回っている。
せっかく、それが目当てで来たのだから。
「あはは、この御店は美味しいのですよね」
宮里さんも楽しそうだ。
孫と一緒に遊びに来ているような感覚なのだろう。
「そうですよね。
名古屋の方はこういう回転寿司の高級店があっていいんですが、うちの近所は安いところばっかりでして」
トーヤは、さっそく御茶出しをやっている。
この間の寿司屋の土産話を聞いて、ネットで見て既に下調べを済ませているのだ。
「これ、いいよねー。
すぐ熱い御茶が飲める」
「それに楽しいじゃん。
ほら、御寿司が御皿で回ってるよ~」
繁盛していない店だと、こんな時間にはレーンの上はスカスカなのだが、ここは違う。
ギリギリ席に座れたくらいなんで、充分に寿司の乗った御皿は回っている。
だがそれらの心配り保たないだろう。
一人五十人前は食べるような奴を連れてきてしまっていたのだ。
「お前ら、欲しいネタあったら頼めばすぐ握ってくれるからな」
「はーい」
既にうちの娘は皿を取り終えていて、さっそく被りつこうとしていた。
「レミ、ちょおっと待ちな」
「なんでー?」
ちょっと不満げな御嬢さんが訊き返す。
「それ、とっても辛~いワサビ入りだから。
ちょっと待ってね」
アイテムボックスで一瞬にして完璧にサビ抜き完了だ。
相変わらず便利だな、この能力。
「そら、もういいよ」
「わあい」
そして嬉しそうに手掴みで醤油をつけて食べている。
うん、寿司って本来はこうやって食べるもんだよね。
うちの娘は通だね。
単にワイルドなだけなんだけど。
レミも御寿司は大好きだからな。
うちの子は、きっちりとマグロを選んでいた。
この子は武の子孫ではないはずだが、猫族の本能だろうか。
あのケモミミな王様の御爺ちゃんを回転寿司へ連れてきたら、最初に何を取るのか興味深いな。
御狐二人を見たら、ぐぐっと渋い顔をしてワサビの辛さに耐えていた。
「おい、無理せずにサビ抜きを握ってもらえよな」
「う、いやこれが大人の味だから」
また妙なところで見栄を張るな。
王子の貫禄を見せたい年頃なのか。
だが、流れてきた稲荷寿司を見ると尻尾がそわそわ揺れて、流れていこうとする稲荷寿司を、先を争うように二人で六皿も取った。
いや、いいんだけどさ。
別に狐って本当は油揚げが特段好きなわけじゃないよね。
確かに御子様向けメニューではあるのだが。
「園長先生、レミちゃんは私が見ているから、宮里さんとビールでもどう?」
「それもそうだな」
俺は真理の進言に笑って頷くと、近場の店員さんを呼び止めた。
「すいません、瓶ビールを二本ください」
「はーい、瓶ビー二丁~」
すぐに瓶ビールをコップと一緒に持ってきてくれる。
俺は会釈して受け取ると、宮里さんのコップにビールを注いだ。
「おお、これはどうも。
では御返杯を」
「おっとっと。
いや、どうも~」
俺達は笑顔で乾杯した。
「異世界と可愛らしい子供達に乾杯」
「寿司とビールと世界中のミシンに乾杯」
はあ、最初の一杯が喉に染み渡るぜ。
こういう雰囲気を分かち合える世代っていうのはいいものだ。
宮里さんも、俺より二つ年上なだけだ。
真理がサビ抜きにしてもらった寿司を、わざわざレーンに流してもらっている。
店員さんもよくわかっていて、ちゃんと子供が取れるように配慮してくれてあるのだ。
それにしても、チビ達のミミと尻尾は店内でも注目を集めていたが、それ以上に注目を集めている奴がいた。
もちろん、それはファルの事である。
もう凄まじい勢いで皿を積み上げている。
それを見て、女性の店員さんが一人付きっ切りで皿の仕分けをしているが、全然追いついておらず既に涙目だ。
珍しい、途中での皿の清算もやっている。
伝票がその都度増えていく。
特別に計算用の皿を置くためのワゴンテーブルが持ってこられた。
この俺も半世紀あまりをこの日本で過ごした人間だが、生まれて初めて見る光景だ。
普通なら絶対にありえない。
今日は、きっと皿が足りなくなるからだな。
まるでパチンコ屋で玉が足りなくなって店中の台が動かなくなるので、御店が途中で換金を御願いするみたいな光景だ。
昔はそういう景気のいい時代もあったのだ。
あれは楽しかったよなあ。
店にいる客全員が笑顔でそれを分かち合っていた黄金の刻だった。
あの時は、俺も少しはドル箱を積めていた気がするな。
今はパチンコ台も玉なんて出てこないんだろうな。
昔はラスベガスもスロットマシンのコインがじゃらじゃら落ちて来る愉しい時期もあったのだが、やがてスロットマシンもデジタルでゲーム性が高い機種に変わっていった。
俺はカード払いが可能かどうか、店員さんに声をかけて再確認した。
「美味い、これは美味い!」
ファルは、そう叫びながら次々と寿司を流し込んでいる(ようにしか見えない)。
あれで味はよくわかっているみたいだから、まったく大したもんだ。
店員さん達は大慌てで寿司を握っているが、レーンに流している寿司がどんどん減っていく。
この店の看板には、そのうちに「寿司は飲み物」とか書かれるようになるのかもしれない。
よくシャリが足りているな。
これから夕方にかけて混み出してくるだろうから、多めに焚いてあったとみえる。
寿司用の飯って冷まさないと駄目だからな。
俺はおそるおそる店員さんに頼んだ。
「あのう、すいませんが御土産用の寿司を握っていただけると有り難いのですが」
店員さんは一瞬絶望的な表情を浮べたが、それでも根性を出して一応は聞いてくれた。
「何人前くらいでしょう?」
「百五十人前くらいあればいいかなと」
一瞬店員さんは、もし箸を両手で持っていたなら、そのままベキっとへし折ったかもしれないという感じの剣呑な雰囲気を放っていたのだが、寿司を無尽蔵に飲み込みまくるファルを横目で見ながら諦めたように言ってくれた。
「わかりました。
では大桶で三十、御任せでよろしいですか?」
ここはいい店だな。
この前もそうだったけど、普通はいきなりの大量注文だと断られる事が多いはずだ。
「え、ええ。
少しゆっくりでも構いませんので。
あ、全部サビ抜きで御願いしますね」
「わかりました」
やっぱり御土産がないとね。
他の子が絶対に納得しないと思うんだ。
「ねえねえ、園長先生。
この寿司が回る機械の仕組みはどうなっているの?」
「そうだな。
今度、この機械を買い付けに行くから、お前らもそこの工場を見学に行くか?」
「「行く~」」
どうやらトーヤ達の日本留学は、まだまだこの先も続くようだ。
回転寿司も、昔はサビ抜きの御寿司をわざわざ頼んでいたような気がしますね。
何時頃からだったか忘れましたが全品サビ抜きになってしまい、ワサビが別で置かれるようになっていました。
最初の頃は、ワサビも粉ワサビっぽい奴がメインだったような仄かな思い出。




