97-1 待ちかねた出会い
俺達は、その人と待ち合わせをしていた。
「ねえ、園長先生。
まだかなあ」
「ははは。
遅れたりしないよう早めに来たいって言ったのはお前だろう。
もうすぐ約束の時間になるから来てくれるよ。
彼はこの街の住人なんだから、そう急いで来ないさ」
「うん、それはそうなんだけどさあ。
でも待ち遠しいなあ。
あの人には、ずっと会いたかったんだ」
そんな様子のトーヤを、俺は目を細めて見守っていた。
今日はとても大切な用件でここへやってきたのだ。
隣ではレミが、歩道に敷き詰められていたレンガのような舗装材の上で、ピョンピョンと色違いのブロックを飛び飛びに踏むようにして遊んでいる。
彼女がうっかりと車道に出てしまわないよう、俺は目を配っていた。
こんなに車がバンバン通る場所に来るのは初めてだからな。
異世界には殆ど車なんて走っていないからな。
レミも、まだ車の怖さをわかっていまい。
念のため、車道と歩道の間にはシールドを張っておいた。
今日は人と会う約束があるので、まだまだ手のかかるレミは置いてこようと思っていたのだが、次に日本へ行く時は連れていく約束をしていたので一緒に連れてきた。
自分の子供との約束だけは、何があろうと親として絶対に違えてはいけない。
まあ、今日は面倒見のいいトーヤとエディも一緒だしな。
あとファルも来ている。
子供達は風邪を引かないように、俺製作の特製マジックコートを着せてエアコン魔法を発動させてある。
もう随分と暖かくなった。
日本にも本格的に春がやってきたのだ。
本日は、レミの御世話係として真理も連れてきていた。
シルはちょっとアル・グランドまで呼ばれてしまっている。
どうせまた、あのボンクラ王妃が相方の敏腕王妃に面倒をかけているのだろう。
シルもベルベットに緊急招集されたようだ。
いやSOSといった方がいいのかもしれない。
シルが大慌てで、公爵夫人ともあろう者が、もう着替える間もなく転移していったからな。
俺が話を聞く暇もなかった。
シェルミナさんとシルの侍女軍団も一緒に出かけている。
後で報告を聞くのが怖いぜ。
そいつを素面で聞くのは絶対止めよう。
そうこうするうちに、背後から男性に声をかけられた。
俺には御馴染みの声だ。
肉声だとまた少し趣は違うが、確かにあの人の声だった。
「井上さんですか?」
俺は振り向いて思わず微笑んだ。
ついに待ち人来たる。
「やあミシン屋さん、じゃあなかった宮里さん。
初めまして、井上です」
「初めまして。
そちらがトーヤ君?」
ミシン屋さんは、御稲荷コンビのうちのトーヤの方へと違わず声をかけてくれた。
「こんにちは! 宮里さん」
元気に挨拶するトーヤに宮里さんも目を細める。
「はい、こんにちは」
「「「こんにちはー!」」」
残りの三人衆もすかさず元気に挨拶をする。
真理も会釈して御挨拶をする。
ここは名古屋にあるミシンメーカーの運営する『ミシン博物館』の前だ。
今日はここへ集合する事にしたのだ。
日本で俺達が初めて会うのに、これほど相応しい場所もそうあるまい。
「あはは、みんな立派な耳だねえ」
すかさずケモミミの子供達全員が駆け寄ってミミを差し出した。
これが獣人、特に子供の表す親愛の情である。
大人になると、特に女性のミミには多少性的な意味合いもあるので、男性がやたらと触ってはいけなかったりするのだが、子供の場合は別だ。
むしろ触ってあげないと『愛されていない』と感じるようなのだ。
宮里さんも嬉しそうにミミをもふってやると、子供達も同じく嬉しそうにしている。
まだ日本へ来れなかった頃に、よく彼からのビデオメールが届いていたので、子供達にもすっかり御馴染みの人なのだ。
「いやあ、ついに日本に帰ってこれたのですね。
よかった、よかった」
「ええ、御陰様で。
ミシンは本当に素晴らしかったですよ。
子供達はおろか王侯貴族にまで夢を与えてくれたし、このトーヤ達にも素晴らしい人生を与えてくれました」
「それはよかった。
こうしてトーヤ君達と実際に会えるなんて夢にも思わなかった。
それにしても、みんな可愛いミミだねえ」
それを聞いて、みんな嬉しそうだ。
おチビのレミも最近は日本語をかなり覚えてしまっている。
元々、俺とよく一緒にいたからな。
もう半年もすれば四つになる。
いっぱい言葉を覚える時期なのだ。
この子は一歳の時に一人きりになってしまったので言葉を上手に話すスタートが遅かったが、本来物覚えはいいのだ。
王族の血筋なのだしな。
「さあ、中へ入ろうか。
今日は土曜日だから混んでいるかもしれないね」
ここは日曜日が休みなので土曜日が一番混むのだが、宮里さんの御休みに合わせたのだ。
彼にはサラリーマンみたいな年休は無いからな。
ここは企業の広報施設なので入場料は特にかからない。
受け付けを過ぎて、日本庭園風の庭を眺めながら奥へと進んでいく。
そして途中で立っている物を見て、トーヤが目聡くチェックする。
「ねえ、変な奴がいるよ」
「ああ、こいつは施設案内のガイドロボットだ。
気にすんな」
だが、そいつは要らない事にすーっと移動してくると、自らあれこれと話しかけてきた。
まあそれが奴の仕事なんだから仕方がないが。
「私は当ミュージアムの案内係でロビーと言います。
なんでも御聞きください。
ロビーにいるからロビーです、なあんちゃって」
「園長先生、こいつギャグが寒いからコンセント抜いてもいい?」
すると、そいつは慌ててするすると後退して、少し慌てたように反撃してくる。
慌てたってコンセントの長さの範囲内でしか動けないのだが。
まるで掃除機みたいな奴だ。
まだバッテリー搭載式になっていないらしい。
その方が安いしパワーもあって電池切れもないしな。
どうせ入り口にいるだけの、只のガイドロボなんだし。
「い、いけません。
きちんと終了処理を終えずにコンセントを抜くなんてとんでもない。
私はこう見えて結構高価な機械なのです。
壊すと賠償責任が生じますよ」
「なあに、大丈夫。
壊れたって園長先生がスキルで直してくれるから。
ほら怖くないよ、こっちにおいで」
そいつにジリジリとにじり寄るトーヤの襟首を掴んで、ひょいっと持ち上げる。
ここにも俺の悪影響が出てきているようだな。
キメラ狩りじゃないんだから。
「こらあ、勝手にバラそうとするんじゃない。
再生をかけたって、こういう滅多にないような精密電子機械の場合は、中のソフトやデータがおかしくなったりすると困るだろうが。
初期化されて中のソフトまで新品になってしまったらどうする!」
「えー、バラしたいよ~」
俺は苦笑して宮里さんに、襟首を持ったままの分解小僧を見せつける。
「いつもこんなんですから、危なくって日本では野放しに出来やしない」
「あはは。
技術屋魂が疼くのでしょう。
さあトーヤ君、中へ行こう。
面白い物がいっぱいあるから。
ロビーは他の御客さんの相手があるからね」
宮里さんにそう言われて、未練たらたらな視線を向けながらもトーヤは渋々とついてくる。
ロビーが、まるで震え上がって冷や汗を流すかのようなリアクションをしているのが面白い。
無駄に高性能に出来ているな。
愛知万博で話題になったAIロボットに比べて格段の進歩がある。
あれは形式ばった会話鹿出来ない完全に玩具みたいな物だった。
見かけも限りなくマネキンに近かったしな。
人が多かったんで、俺はそいつと会話出来なかった。
今じゃあ自分で作った人間そっくりな自作ゴーレム相手に、人間と全く変わらないような会話を毎日しているがね。
今度そういう、この手のロボット風のゴーレムを作ってみるかな。
離宮に案内係として置いてみても面白い。
うちには遊園地なんかもあるので、子供連れで来る貴族の客もいるから喜ばれるかもしれない。
トーヤ達には、後で地球製ロボットの新しいキットでも買ってやろう。




