96-2 呪われし物
「へえ、そうか。
今度御店の方へ遊びに行ってもいいかい」
「ええ、うちの子もたまには来れるみたいですわ。
まあ王様にも憩いの場くらいはないとね」
「そうだな。
またアルスが来ている時にでも誘ってくれよ」
俺も得心して頷いた。
やはりヘレンはこちらへ来て正解なんだ。
母親がやっている店なら寛げるなんていうものじゃない。
本来なら新婦が憩いの場になってくれないと困るのだが、あれではな。
ベルベットも相変わらず苦労が絶えない。
彼女の死線、いや視線の先には、今は義理の母親になったAランク冒険者に捕獲されて空中でじたばたしている酒乱王妃がいた。
「ベルベット、これは私が子守しているから、あなたは仕事に行ってらっしゃい。
商業ギルドが視察に来てほしいと言ってきているんでしょう」
「あ、はい。
では御願いしますね、御義母さま」
ベルベットも、どうにも困るとヘレンに頼んでヘルプに入ってもらっているらしい。
まるで小さな子供を母親に預けてパートの仕事に出かける日本の主婦みたいだな。
「そういやアルフォンス商会で、杮落としというか展示会をギルドでやっているんだったな。
確か雛祭りフェアもやっていたんじゃなかったか?
ちょうどいいから、日本の雛人形も展示用に置いていくか。
ヘレン、ここの王宮用にもいくつか置いていくから、ベルベットが戻るまでそこのポンコツと遊んでやってくれよ」
「じゃあ、そうしますか。
ほら、ジェニー。
綺麗な御人形さんを並べますよ。
シャンとしなさい」
ヘレンは、俺が出した幾つかの人形セットを収納して義娘の手を引いた。
「はーい、御母さん」
どうやらアワアワ王妃も、ヘレン母さんにはちゃんと懐いているようだ。
へらへらと笑っているポンコツな奴を置き去りにして、俺とベルベットは商業ギルドへ向かうのであった。
アル・グランド王国も、うちのゴーレムどもに復旧させたので商業ギルドがきちんと機能していた。
普通なら復興事業そのものを国民にやらせていくのがいいかと思ったんだが、現状は他国とのギャップがあまりにも酷いため、そっちはうちのゴーレムが担当して、国民は実質的な事業などに取り組む方針に決まったのだ。
未来を紡ぐ担い手の方へ。
「やあ、御邪魔するよ~」
「おお、これはこれは、グランバースト公爵様。
ああ、ベルベット王妃様もいらしていただけたのですか。
いや、ありがとうございます。
今日はもう無理かなと思っておりましたよ」
商業ギルド長は大変嬉しそうだった。
やはりイベントに王家から誰か来てもらえると何かと箔がつく。
そういう事もあって、ベルベットもなるべくこの手の行事の招待には足繁く顔出しをする事にしているようだ。
アルバトロスのしっかり者の王妃が来てくれれば、商業ギルドだって百人力なのだ。
これが逆だと豪い事になってしまう。
もう一人の方のポンコツぶりは既にあちこちに知れ渡っているらしい。
奴のところにその手の招待状が届く事は絶対にない。
まあいいか。
結婚式と戴冠式は無事に終えたのだから。
だが、あのポンコツ王妃こそは純アル・グランド王国産なのだから、お前らアル・グランドの国民に文句なんか絶対に言わせないぞ。
まあサポートの方は頑張るけれども。
なんたって俺は『救国の大魔王アルフォンス様』なんだそうだからな。
「そうそう。
これは日本、稀人の国から持ってきた本物の雛人形だ。
エルフ新町にもサンプルとして置いてきたので、来年は日本の専門職人が作ったこの人形を元にした、エルフ職人の手による雛人形も出せるかもしれないぞ」
「そうですか、それはようございますなあ」
俺が日本にある人形屋さんに並べられた展示品を、並べてもらったまま買い込んで来た物を検分しているようだった。
日本の御店の人もアイテムボックスには驚いていたが。
写真付きの並べ方の説明書くらいは付属しているのだが、俺が並べると人形の順番が心許ないので、店で並んでいる物をそのまま収納してきたのだ。
「これは高そうな物ですな。
今の我が国で、これを買える人間が何人いますことやら」
感心しながらも、少し寂しげにそう呟くギルド長。
「ああ、こういうのもあるよ」
俺は御雛様と御内裏様だけの物を出した。
これだと随分安い。
あと、各種サイズの物をあれこれ並べておいた。
「まあ、立派な奴も御印だと思って並べておいてくださいな。
せっかくの子供のための御祭なのですから」
来年はまた来年のモデルを日本で買ってくる予定なので、今展示してある来年は在庫として型落ちになるだろう大型モデルは安めに売らせておこう。
そのうちには日本産雛人形のサンプルを渡しておいたエルフ新町からも供給が始まるだろう。
あと、雛祭り用の御菓子もあれこれと並べておいた。
今年の流行は日本から買ってきた商品がトレンドだ。
雛あられなんかも試食用にいっぱい置いてある。
それらは値段は良心的に設定してあるので、それくらいなら国民達にも買えるだろう。
それからベルベットと別れて一人でエルミアの教会へ行ったが、突然に教会の入り口で神父様が出迎えてくれた。
「や、やあアルフォンスさん。
お待ちしていました」
え、神父様が俺を待っていたのだと?
特に約束はしていなかったのだが。
「おや、神父様。
どうかなさいましたか?」
見ると神父様の御傍に控えたダニエルも青い顔をしている。
一体、何事なんだ。
「いや、これを見てほしいのですよ」
そして見せてくれたものとは!
「こ、これは!」
なんと、それは『髪の伸びた雛人形』だった!
うっかりと忘れていたぜ。
去年の、こいつらが受けていた待遇を。
やはり呪いの人形と化していたか。
「いや、これだから魔素だの魔法だのがある世界は怖いな」
日本では滅多に無いはずの事が平然と起きる。
そいつらが何かこう、こんな場所へ置き去りにした造物主である俺の顔を睨んでいる気がする。
「どうしましょう、これ」
さすがの神父様もちょっと困り顔だ。
いやこれの対応って、エクソシストっていうか、どちらかというとあなたの管轄の御仕事ですよね?
「日本なら寺社へ人形供養に出すところですが、こんないい物はちゃんと欲しがる奴がいるので、そっちに回してやりましょう。
代わりに、こっちの日本で買ってきた七段十五人形飾りをどうぞ。
でも大事にしないと、また髪の毛が伸びるかも」
「聞いたかい、お前達。
今度の御雛様は大事にするんだよ?」
「「「へーーい」」」
いつもは腕白一筋の子供達も、なんだかテンションが低い。
だって『呪いの雛人形』達が、みんな恨めしそうな凄い顔をして連中の事を睨んでいるんだもの。




