96-1 赤マントの季節
今年も、この季節がやってきた。
そう、異世界に怪人赤マントが出没する季節だ。
離宮の広い廊下を、ゲートを潜って出没したネコミミの怪人赤マントが駆け抜けていって、狼ミミや熊ミミの女の子達が怒号を上げながら追いかけ回している。
もちろん怪人赤マントの小僧がマントにしているのは、ケモミミ園の雛壇からかっぱらってきた例の赤い布だ。
そこへ居合わせたシルの侍女さんが、その子供達の元気のよい様を微笑ましそうに見送っている。
こんな事は、このグランバースト公爵家では日常茶飯事の光景なので誰も文句を言ったりはしない。
季節が巡るのは早いものだ。
先日は日本で丸一日がかりで人形店をハシゴして、店頭に飾られている豪華雛人形を金に飽かせてゴージャスに買いまくってきたのだ。
うちにも飾っておいたので、それをシルとおチビがニコニコして眺めている。
ここの御雛様は状態保存の魔法と固定化魔法をかけてあるので、たとえゴン太が引っ張っても首や手足が外れたりはしない。
なんといっても日本で買って来た本物の御雛様なのだ。
俺が作った物とか、そのコピーとかではない。
日本の伝統ある人形店で丹精込めて作り上げられた、本物中の本物なのだ。
最近は雛人形もネット販売が多く、カードでも買えるところも多いのではないか。
ネットで店を探し、転移魔法で飛び回って仕入れてきた。
七段十五人形飾りなんかだと、もう俺の背よりも高い。
これなんか、まだ御手頃値段なので、あちこちに配る用に買ってきておいた。
雛人形のおまけで、キラキラした感じの赤ちゃん用の御祝い着が付いていたので、瑠衣にプレゼントしてやった。
彼女の初めての雛祭りに、ちゃんと両親の故郷である日本製の雛人形一式が間に合ったぜ。
山本さん達と一緒に御雛様を飾り付けていて、ふと気がついた。
「そういえば、葵ちゃん。
一回里帰りしないでよかったの?」
「そうねえ。
まだ赤ん坊連れだから大変なので、実家の方は後回しになっちゃって。
両家の親も赤ちゃんのうちに抱っこしたいわよね。
それに御互いの実家にも挨拶しないと」
「じゃあ、二人の腕輪に異世界転移を組んでおくわ。
好きなタイミングで行ってくるといいよ」
俺はそう言って葵ちゃんと山本さんの腕輪を調整した。
山本さんが、この魔法内蔵の腕輪を使っているところなんて見た事がないけれど。
ああ、アイテムボックスには食材や料理などが大量に入っているよな。
もちろん、御菓子なんかも。
「ありがとう、園長先生。
また時間を見て行ってくるから」
「あ、それで一つ忠告がある。
この前日本に行った時に、国王陛下を狙って変な奴らが来たから注意してくれ。
あいつらは外国のスパイとか工作員じゃないかな」
「うわあ、地球は怖いなあ」
「こっちの世界の方が安全だねえ」
うーん、そういう考え方はどうなのだろうか。
この二人も、すっかりこの世界に毒されたな。
この魔王城はセキュリティが最高なんで、おかしな連中が入り込んでくる事はまず ないからな。
「とにかく日本へ行く時はさ、必ず誰かに声をかけていってくれ」
「わかった。そうします」
「斉藤ちゃんや沖田ちゃんも気を付けてあげてくれ。
彼らが向こうの世界へ行く時は、新撰組の連中をつけてくれ。
日本に慣れているお前らが行ってくれてもいいぞ」
「了解でーす」
それから、当然バルドスのところのジェニーちゃんにも御雛様をプレゼントした。
「わあい、綺麗。
園長先生、ありがとう~」
船橋武所縁である日本製の人形だというので、本人だけでなくバルドスにも喜んでもらえた。
ある意味で、うちを除けばここがもっとも日本風な場所なのだ。
御雛様達も、さぞかし居心地がよかろう。
悪さをする男の子もいないし、状態保存の魔法をかけてくれる五千年物の名手もいるしな。
王宮の方へはミハエルに持たせておいたので、ハミル王女の分は彼が部下と一緒に飾り付けておくだろう。
何気にあそこの部署の人間は日本文化に馴染みつつある。
今ではミハエルを教師として、簡単な日本語の会話や読み書きも出来るらしい。
一度こいつらを日本へ研修旅行にでも行かせてみるのも面白い。
エルフ新町へ行って、職人街の親方(美形エルフ男子)に日本製の雛人形を渡しておいた。
「へえ、これは精緻で素晴らしいものですね。
これは本物だ」
何か職人魂を刺激されたみたいで、じっくりと手に取って眺めている。
来年にはエルフ謹製の特別あつらえの雛人形を入手できそうだ。
続いてアルグランドのアルスのところへも行ってみた。
さっそく王宮に怒号が湧いている。
まあ予想の範囲内だな。
「ちょっと、ジェニー!
待ちなさーい。
そこ、早く捕まえてちょうだい」
ベルベット王妃の御付きの侍女達が、何故かトーヤが使うような網を持ってジェニュインを追いかけ回している。
「あれ、ベルベット。
一体どうしたんだ?」
「ああ、園長先生。
どうしたもこうしたもないです。
またあの子、雛祭り用の白酒を飲んじゃって。
もう御覧の有様よ」
「はあ、また酒乱王妃なのか」
まあ、今日は行事の最中じゃないんだからいいんだけれども。
ヒラリっヒラリっと華麗に追手を躱しながら、ケタケタと笑うポンコツ王妃。
相変わらずだな。
「大体あの子の世話を焼いているだけで日が暮れるわ。
昔はそれでも良かったのだけれど、今は王妃としての公務がありますから。
忙しくて陛下が出られない行事なんかは私が出たりするのですが、その間はあの子が野放しになってしまうし。
アルス陛下も御仕事が有り過ぎて、会えない日の方が多いですわね」
あのポンコツめ、相変わらずだな。
役に立つどころか、足を引っ張って世話を焼かせっぱなしなのか。
ベルベットもアルスに会えなくて寂しいどころの騒ぎじゃないな。
アルスの方も、王妃に構っていられないほど忙しいと思うのだが。
だが、華麗に全ての捕獲者をクリヤしたポンコツ王妃は、終点で待ち構えていたAランク冒険者の手によって見事に捕獲された。
「やあ、ヘレン」
「あら園長先生。
今御店の仕込みが終わったところなので、ちょっと様子を見に来てみれば、もうこの有様なのよ。
御恥ずかしい、オホホホ」
さすが鉄壁のヘレンの名は伊達じゃないな。
酔っ払いのジェニュイン王妃は義母の脇に抱えられてしまって、空中犬かきをしながらじたばたしている。
こいつも本当の母親はゲルスに殺されてしまっているので、新しく母親になってくれた人と戯れて、心なしか楽しそうだった。
「今は御店の方かい?」
「ええ、アルスの御手伝いは研修生の坊や達がやってくれているから。
あの子も王様になったっていうのに、いつまでも母親が面倒なんかみていませんよ」
それもそうだよなあ。




