95-5 御挨拶
この際なので暫定的な敵味方は、はっきりとさせておこう。
俺はちょっと陛下を待たせておいて他の連中に挨拶をしてみた。
「ハロー」
「やあ、こんにちは」
相手も特に構える事はなく、英語で挨拶してやったら流暢な日本語で話しかけてくる。
俺の性格は既に分析済みなのだろう。
連中が俺を怒らせてもいい事は何もない。
敵意とかも特にない。
単に仕事だから見張っているだけだ。
タバコを咥えてコーヒーを飲みながらでも出来る簡単な御仕事だ。
もっとも、連中の本国でも日本でも、今では喫煙はそれなりに厳しい。
いや本国アメリカなどに比べたら日本はまだまだ天国だろう。
あの国って全体的に思いっきり緩いくせに、妙なところであれこれと厳しいところがある。
アルコール関係なんかもそうだ。
相手が俺なので、敵としての緊張感は全く無いため自然体で、戦闘になる危険が皆無なので弛緩していると言っても過言ではない。
酒の出る店だと、たとえ爺さんが相手でも入り口のガードマンが「ID!(身分証明書を見せろ)」と詰問してくる。
こいつらも一応は銃を携帯しているのだが、薬室に弾薬は入っていないし、予備弾倉なんて持っていない。
敵との撃ち合いなんて予定にも入っていない。
服務規程により護身用に銃を持ち歩いているだけという感じの、非常に緩い雰囲気だ。
銃は肩から提げたショルダーバッグの中に突っ込んだまんまだし。
ホルスターすら使用していない。
「CIAのミスター・ジョージ。
御初に御目にかかる。
そちらはMI6のミスター・ジェームズで合っているかい?」
「ああ、そうだが。
初めまして、魔王様」
「そいつは異世界の鑑定とかいう能力だな。
見るだけで相手の情報がわかるというのは本当らしいね。
職業柄、実に羨ましい能力だ」
確かにそうかもしれない。
彼らも本当に羨ましそうだった。
俺の余剰魔力放射は、この世界でも俺の極近辺における各種スキルの行使を可能とする。
今回は警戒のためのMAP機能を使用するために敢えて魔素を振りまいているし。
「まあね。
少なくとも、年齢を誤魔化している女は一発で見破れるぜ」
週末の、時間的に混み出した名古屋駅前にあるデパートの地下食品売り場に、異世界からやってきた魔王と世界的諜報機関の諜報員達による笑い声が軽く響いた。
「それでミスター・イノウエ。
今日は何か我々に御用かね?」
「いや、ちょっと御挨拶をと思ってね。
なんだかんだ言って、あんたらは俺達を見張っていないといけないんだろう?」
「まあ、そうであるわけだが。
それが何かね?」
彼らはやや不安そうに俺を見た。
俺についての公開分の情報については知っているのだろう。
まあ、多分その予感は当たりだから。
「いやね、今度そのうちにドワーフとかいう連中を大量に連れてくる予定なんだ。
あいつらって、まったく空気を読まずに大騒ぎをするだろうから、迷惑をかけるといけないので先に言っておこうと思って。
他にも四メートル近い大槍を振り回す草原の勇者とか、五千年生きた人化ドラゴンなんかも連れてくる予定だ。
あと精霊という、あなた方から見てよく理解出来ないような連中も連れてくるかもしれない。
彼らの信奉するファルスという者が来るから。
精霊は日本語から英語に翻訳すればスピリッツとなるはずだが、彼らは地球の西洋でいうところのそれとは少し違う存在だと思う。
どいつもこいつも、地球の常識なんかまったく弁えていない連中なんで宜しくね。
多分、余り関わらないほうが御勧めだと思う」
そんな話をいきなり聞かされて思わず顔を引き攣らせる諜報員達。
そして苦笑いしつつ奴もこう言った。
「魔王様、御忠告痛み入るよ。
実をいうと、この仕事は貧乏くじ扱いでね。
何しろ、君のような魔王なんていう訳のわからない者の相手をしなくてはいけないのだから。
日本支部の人間全員で互いに押し付けあっているのだよ。
伊達にこんな商売をしているんじゃない。
この考えは絶対に間違いじゃないさ」
な、なんちゅう言い草か。
これこそまさに『御挨拶だな』という感じだ。
「なんだと!
なんという無礼な連中だ。
お前らも、大概というかマジで失礼な連中だな。
これだから外国の諜報機関という奴らは!
だがその通りだと、敢えてこの俺本人も断言しよう。
まあ、お前らはまだ日本に近しい国の、比較的好意的な組織の人間だからいいようなものだが、敵対してくる人間が大勢いるだろうしな。
そいつら相手に大暴れする予定だから、お前らだけは絶対に巻き添えを食らうなよ。
日本と協力関係にある国の諜報機関の人間に死傷者が出ると、この俺としても非常に困るのだ。
そのせいで俺が総理から小言を食らうのは嫌だ。
本当はそれだけを言いに来たんだ」
御互いに、そのあまりの言い草に憤慨しつつも、俺達は友軍同士? の『御挨拶』を終えた。
あいつらだって別に日本の味方っていうわけじゃないからな。
自分の国の国益のために活動しているだけだ。
だが別に激しく敵対する組織でもない。
ああいう連中もいてくれないと困るのだろう。
連中の本国へ厄介なトラブルとかを御注進する人間は必要なのだ。
いくらスパイが野放しのスパイ天国とはいえ、純然たる敵しかいないんじゃ日本の国としても困ったものだろう。
俺としても、いざという時に好きなだけ巻き込める味方がいるのはありがたい。
連中に有無など言わせるつもりはないのだ。
何か文句がありそうな表情で見ている連中を置いて、他のフロアへと移動を開始した。
主に国王陛下の日本見物のためにだ。
エスカレーターやエレベーターでの移動は陛下にとっても新鮮だろう。
公安の奴らも近くに来ていて俺と連中とのやりとりに耳を傾けていたのだが、やれやれといった感じで首を振り、そのままついてくる。
公安は、こういう無体な仕事にも慣れっこなのだ。
連中はそれが御仕事なのだから。
冷戦時代の旧ソ連大使の御世話(監視)から、逮捕した北朝鮮スパイを法律の不備から裁判抜きで無罪扱いで強制送還するまでの護衛、そして異世界からやってきた魔王の監視と、公安という連中は碌でもない業務には事欠かない職業の人間だ。
次に向かったのが、栄のデパートにある高級食器売り場だ。
俺のいつものコースである。
面倒なので公安とCIAとMI6は手招きして、予告抜きで一緒に転移魔法で跳ぶ。
どうせなら楽しんでもらいたいしな。
ゲートなんかで行ったんじゃ風情がない。
出現座標には既にインビジブルモードのゴーレムがいて、ナビゲートしてくれている。
いきなり転移して人に当たったりするとヤバいからな。
「うわ、びっくりした!」
「いきなり、やらないでくださいよ」
「これが魔法か!」
「テレポーテーション!」
転移魔法の初乗客達が驚愕を露にした。
ああ、そういや地球だと魔法はそういう呼び方になるわけだ。
むしろ新鮮すぎる!
日本だとマジックというのは手品扱いの意味だからな。
でも、やはり外国人の方がリアクションがいいな。
どんな刑事よりもヤクザみたいな厳つい顔をしているくせに、日本の公安の奴らは生真面目過ぎる。
「陛下、このあたりの品などは御土産にいかがでしょう」
俺がまず見せたのは、有名な英国企業ブランドの食器類だ。
俺が一番好きなデザインの高級食器なのだ。
「ほう、これはまた素晴らしい物よの」
「俺の一番の御気に入りブランドなんですよ。
我が家用にも色々と御土産を買っていこうかな」
「あの、宜しかったら何か見繕いましょうか?
こちらなどは大変御勧めになっております」
身なりや雰囲気から判断して素晴らしい上客だと思われたのであろう。
ブランド別に売り場に常駐している販売員が近くにやって来て、そのように言ってくれる。
陛下にはフランスの最高級ブランドを全身に着せてあるしな。
俺は金額無制限のカードを示してニコっと愛想よく笑い、それを見た彼女も恭しく笑顔を添えて一礼してくれた。
「そうですか、ではそうしてもらおうかな。
それと、おい。
そこの英国人。
うちの奥さんへの土産、お前ならどれがいいと思う?
奥さんも元は大国の御姫様なんだぜ」
せっかく本場の英国人がいるのでちょっと訊いてみる。
連中は、伊達に一日六回のティータイムを持っているわけじゃない。
「やれやれ、本当に馴れ馴れしい人ですね。
まあ別にいいのですけれども。
そうですね、私ならこの華やかなポットなどが御勧めですが。
こちらのカップは大変上品な物で、こういう物が英国人好みです」
それから俺達はプロの販売員さん達を交え、公安や世界的な諜報部員達とわいわいやりながら、ドイツ・フランス・デンマークといったメーカーによる世界各国の王室御用達の食器やグラスに水差し、そして置物や花器などの土産物を楽しく見立てていくのであった。




