95-1 先祖の地
「そういうわけだから。
行くぞ、アルフォンスよ」
「えーと、何がどうなって、そしてどこへ行くのですか?」
「日本に決まっておるではないか」
そこには、無地でグレーのトレーナーの上下に身を包み、地球製のリュックを背負った国王陛下がいた。
まあ、そんな格好をしていて凄く髭もじゃでも、絶対にルンペンには見えない人なのではあるが。
日本の家の付近には、これに近いくらい髭もじゃなホームレスの御爺さんがいたっけな。
うちの住人が不燃物の日に出した空き缶を漁っていたが、住人の顔を見ると物凄く怖い顔をして思いっきり睨んでくるので、みんなビビって固まっていた。
何をどう間違っても、うちの陛下はあんな風にはならないだろう。
それにしても、何がそういうわけなんだろうな。
「え、なぜ!」
「儂が行きたいからじゃ。
ロッテなど、ずっとプリティドッグに付きっ切りでやりたい放題だったではないか。
たまには、儂も我儘が言いたい。
丁度あれこれと上手い事片付いて、今日なら時間があるから行けるのじゃ」
ま、まあそれはいいんだけれども。
日本初訪問が御忍びですか。
「わかりました。では一緒に来てください」
俺も収納で箒を仕舞うと、ケモミミ園の方へ向かって歩き出した。
大人しく後をついてくる国王陛下。
朝の掃除をしていたら、いきなりあの格好で現れたので、さすがの俺も目を剥いたのだ。
きっとミハエルが送ってきたのだろう。
「あら、御父様。
その格好は一体」
驚いたようにそう言うシルも、同じ色合いのトレーナーを着ているのであったが。
「いや、ちょっと日本へな」
「そうですか。じゃあ御土産は御願いしますね~」
「うむ」
とっても嬉しそうな陛下。
ずっと日本に行きたがっていたからな。
俺は小声で奥さんに囁いた。
「なあ、これって問題にならない?」
「御一人で行かせるのでしたら問題ですけど、あなたが一緒ですから。
それにほら」
振り向いた俺の目に、以前日本で調達した格好をしたミハエルが片手を上げているのが映った。
まだいたのか。
「なるほど」
「じゃあ、いってらっしゃい。
レミちゃん、パパにいってらっしゃいは?」
一緒に日本へ行きたそうな顔をして、やや眉を吊り上げていた娘が不承不承ながら手を振ってくれる。
「いってらっしゃい、パパ。
つぎにいくときはレミちゃんもいっしょだよ」
「ああ、みんなで行こうな」
いきなりこんな可愛いネコミミ娘を日本に連れていったりしたら、リュックに詰めて連れていこうとする不届きな奴なんかがいるかもしれない。
以前にスーパーでそういう奴がいてニュースになっていた。
拉致されかけていたのは、ネコミミはついていない普通の三歳の幼女様だったけど。
世の中には、とんでもない奴がいるもんだ。
もしそんな奴を見つけたら、絶対にアイアンクローをかましてから投げ飛ばそう。
全力で投げてやるから地球一周してから帰ってこいや。
今日は思いっきり手のかかる人が一人いるので、子供なんか一緒に連れていけないのだ。
「じゃあ、陛下。まいりますよ」
俺もさすがに日本の街中へ行くのに作務衣ではなんなので、ジーンズとトレーナーの上からセーターを着込んだ。
そして適当なジャケットを羽織る。
それから冬に着用するいつもの毛糸の帽子を被った。
「その前に、向こうは寒いので御着替えをお願いします」
俺は国王陛下を、ヨーロッパの超高級ブランドのセーターとコートを含んだ一式に着替えさせた。
このスタイルで髭もじゃ王なのが若干気にかかるが、それはまあ仕方がない。
元々はヨーロッパの高貴な人用の服装なのだから、うちの国王陛下に似合わないはずなどないのだ。
まあ貫禄があるからいいだろう。
金持ちなんかでも外国人にはありがちなスタイルさ。
一般の日本人も、外人と異世界人の区別などつくまい。
それから、まず首相官邸内へ異世界転移した。
さすがに挨拶だけはさせておかないといけない。
一応は御忍びなんで、インビジブルモードでミハエルがついてきている。
国王陛下も周りを見渡している。
ここは比較的天井が高い建物だが、アルバトロス王国のアルバ王宮のスケールと比べれば遥かに見劣りがする。
「ここが我が先祖が生まれた東京の地か!」
そんな事は一切構わずに感激して涙ぐむ国王陛下。
だが、そこへ無粋に声をかけてくる人物がいた。
「おや、あなたは井上さん。
こんにちは。
えーと、そちらのやけに貫禄のある外国人風の方は?」
まあ、こういう人達から見れば、一目でどんな感じの人物なのかわかっているのだろうな。
「ああ、こちらはアルバトロス王国の国王であらせられるベルナール陛下ですよ。
ところで総理は?」
彼はすかさず膝を折って、非常に敬意の籠もった礼をしてくれてから返事をしてくれた。
さすがは首相官邸詰めの人間だな。
国賓級の客の顔など見慣れているのだ。
「ああ、今は国会開催期間中ですから忙しいので、今日総理はいませんよ」
「そうでしたか」
俺は陛下に向き直ると、片山さんを紹介した。
「陛下、こちらは日本政府の役人で片山さんです」
「そうであったか。
大儀であった」
国王陛下も見事な日本語で御声をかけられたのだが、大儀もへったくれもない。
片山さんは、たまたまそこへ通りかかっただけの人なのだ。
立ち止まって声をかけてくれたのが大儀だったくらいか。
「は? はあ」
向こうからも、なんだかよくわからない感じの気の抜けた返事が返ってくる。
「今日は御忍びで遊びに来ているだけなので、よろしくね」
「あの、警備の方は?」
俺はすっと目を細めて、彼をじっと見つめた。
「あ、ああ。
あなたが一緒なら警備など要りませんか」
俺は微笑んで、軽く手を上げた。
一瞬にして、周りを一斉に山崎ちゃん配下の『海兵隊員』が取り囲んだ。
「こ、これは!」
「必要なら、私のドラゴンだっていつでも呼べますよ。
本日は日帰りの予定です」
そんな事をしたら自衛隊が出動してきちゃうけどな。
この首相官邸がその総司令官の居城なのだし。
マジで怪獣映画に登場するシチュエーションだわ。
片山さんも、うーんというような顔をしていたのだが、簡潔に言い残した。
「わかりました。
各方面には通達しておきますので。
御手柔らかに願いますね~」
そして忙しいのか、さっさと行ってしまった。
ゴーレム達もすっと消える。
まあ、これで用件は終了だ。
やっぱり、一応は言っておかないといけない事なのだ。
「ふむ。
ところで、これからどこへ行くのじゃ?」
「えー、どこへ行きたいですか?
王妃様達への御土産が要りますよね?」
異世界の王様が日本で御忍びってどこに行くんだよ。
俺は昔の時代劇の御忍びシーンとかを思い出していた。
子供の頃は時代劇が大好きだったな。
あの頃は時代劇の全盛時代だったし。
俺がつい大暴れしちゃうのって、多分あれの殺陣あたりの影響だよね。
「そうじゃのう。
では、とりあえず茶屋にでも参ろうか」
今日は御休みにして、のんびりしたいらしい。
さすがに今日の今日で真理さんに会いたいとは言わなかった。
成長したね、国王陛下。
「わかりました。
では、その辺をぶらぶらと参りましょうか」
面倒臭いので東京から戻って、うちの近所の喫茶店にした。
どうせ最近は喫茶店も古いタイプはほぼ絶滅して、チェーン店ばっかりだ。
どこへいっても一緒さ。
東京の首相官邸から愛知県の片田舎まで、一瞬にして瞬間移動した。
「ほお、これが日本の喫茶店か」
俺は御邪魔した店のメニューを見せた。
まあ、さすがに読むのは無理だろう。
俺も向こうではそうだった。
そこは、ちょっと気合の入ったお店だ。
近所にある愛知県発祥の超有名喫茶店のチェーン店じゃない方へ連れて行った。
だってチェーン店じゃあ、俺だってつまらないじゃないか。
「アルフォンスよ、こっちの字は何と読むのじゃ?
カタカナのコーヒーまでは読めるが」
「ああ、それは『日替わり』です。
この店は毎日、日替わりで違うコーヒーを飲ませてくれますので。
まあコーヒーが来てからの御楽しみでございますね」
引っ越して以来十数年もの間、ずっと来よう来ようと思っていて、とうとう今日まで来れなかったという店だ。
店の主人が本業とは別に趣味でやっている店だそうなので、気が向くとまた違う店にすぐ変えるらしい。
俺が異世界に行っている間には変えなかったみたいだが。
日本にいた頃に一回も行っていなくて異世界に行ってしまってから後悔したので、ついに今日やってきたという御粗末さ。
またこの店のモーニングが豪勢なんだ。
生憎な事に、今日はもうモーニングの時間は過ぎてしまったのだが。
「ふむ。
では、その日替わりコーヒーとやらを」
「あと、スイーツは如何です?
ここのスイーツは色々なメニューがあって、気合が入っていますので」
「そうか、ではお前が見繕っておくれ」
義理の父親(同じ歳の)と優雅なコーヒータイム。
日本でなら、しょっちゅうあるはずの時間だが、何か不思議なものだ。
大国の国王なのだから正式に日本を訪問して、本来なら今頃はテレビで世界中に放送されていても、おかしくはないんだけどな。
生憎と、俺のような日本では一般市民である義理の息子とのんびり御茶をしているだけだ。
まあ御忍びには相応しい優雅な一日さ。




