94-11 虫入りではなかったけれども
だが、そこへトコトコとやってきた者がいた。
それはうちの可愛いネコミミ御姫様だった。
「パパー。はい、これ」
そう言って俺に差し出してくれた綺麗な四角い箱。
これはかなり大きいサイズだ。
まだまだかなり手の小さい、うちのおチビが持つと巨大に見えるサイズだな。
おや、チョコのいい匂いがする。
たぶん、箱の大きさから見てこれの中身はケーキかな。
チョコケーキ?
「うわあ、嬉しいよ。
開けてみてもいいかな」
「うん!」
わくわくする娘の前で、心躍らせた俺の前に現れたそいつは!
「こ、こ、こ、これは!」
さっきのベル君の惨状が霞んで見えるほどの、衝撃の大惨事が俺を襲った。
それは、それはまた何とも言い難いほどに立派な『芋虫の詰め合わせ』だった。
なんていう、でかさだよ。
しかも、どう見ても本物の芋虫にしか見えないのですが?
俺は震える手で、なんとか取り落とさないようにそれを持ちながら、ちょっとおチビに聞いてみた。
「レ、レミさんや。
これは一体なあに?」
「いもむしチョコ!」
愛娘がネコミミをそわそわと動かして、元気よく答えてくれた。
えー。
なんてリアクションしたらいいんだろうな。
芋虫チョコ?
まさか本物をくりぬいて、中にチョコが入っているとかじゃなかろうな?
俺は警戒心を露にそれを凝視している。
だが奥さんは体を震わせて二つに折り曲げ加減にしながらも、これ以上はないくらいのスペシャルな笑顔でこう答えてくれた。
「ふふ、この子から相談を受けたのよ。
どうしてもパパに芋虫っぽい奴でプレゼントしたいっていうから。
ほら、チョコレートスタウトのビールとか買ってきたじゃない?
あんな感じで、原料に芋虫を使わないで芋虫の風味を出す事に成功したのよ」
え!
それは一体どういう事なのかな。
芋虫の風味?
芋虫エキス入りとかか?
「あ、そうそう。
カカオエキスを混ぜてチョコの風味を出しているビールもあったよね。
その手も禁じ手にしておいてあげたから、芋虫成分は一切入っていませんので安心して召し上がってね!
そいつは本物のチョコよ。
安心して食べてちょうだい」
「なんだ、そういう事か。
脅かすなよな。
じゃあ、レミ。
御父さんが美味しくいただきますからねー」
その全長三十センチはありそうな、丸々と太った如何にも芋虫といった色合いを誇る三体の芋虫セットの右から頂くことにした。
こいつは大きいので、ナイフで切り分けてフォークに突き刺した。
「こりゃあ、凄いな。
本物そっくりじゃないか!」
「ほう、これは丸々と太って美味そうな奴だのう」
「あら、娘にこんな物を作ってもらえるなんて。
アルさんったら本当に幸せ者ねえ」
サイラスの犬公爵と、アルバトロスの犬公爵と、アルバトロスの犬王妃様が大絶賛してくれている。
いや、あんたらね。
ん? なんだろう。
何か微妙に引っ掛かるな。
これは何だか知らんが要警戒の感じが濃厚に漂っている。
娘が褒められているのは悪い気はしないのだが、ふと視線が気になって振り向いたら、プリティドッグの一家が全員集合していた。
転移の腕輪を貸与しておいた本物の犬の公爵であるミニョンの叔父夫妻までもが何故かいる。
なんかこう、現存する犬公爵がズラリと勢揃いっていう感じだな。
犬どもめ、間違いなく俺の事をじっと見ている。
何かが気になる。
あれは奴らが、とんでもない悪戯を企んでいる時の顔なのだ。
ちょっと訝しむような感じで奴らに目線を送っておいたが、構わず娘からのプレゼントに手をつけた。
園の子供達も、わくわくした感じで囲んでいる。
「いただきまーす」
パクっと迷わずに一口いった俺の口中には、紛れもない強烈な芋虫の芳香が濃厚に漂っていた。
しかも思いっきり生臭い系統の奴だった。
俺の一番嫌いなタイプだ。
「うげっ、グエホっ」
俺は思わずフォークを放り出してテーブルに片手をついてしまい、慌ててビールでそれを無理矢理に喉の奥へと流しこんだ。
「シ、シル、これは一体。
なんだ?
こいつは一体何なんだ!?」
わかる。
これには確かに芋虫由来の原料は一切入っていない。
理屈などではない。
わかる。
俺には確かにわかるのだ!
だが味は確実に芋虫だった。
そしてシルは大爆笑して教えてくれた。
「それは錬金魔王を祖とするこの王国の誇る最高の錬金術師達が、チョコの原料を使って完全に芋虫の味の再現に成功した最高の芋虫チョコよ!
芋虫の風味を出す事に成功したって言ったじゃないの。
味・舌触り・匂い・外観。
芋虫の全てがそこにあるのよ。
これこそ、まさに芋虫チョコの最高傑作だわ!」
俺は思わず絶句した。
まるで、匂いや味を分析装置で調べて化学合成的に再現する地球の最新技術みたいじゃないか。
最近の地球では、この技術が発達し過ぎて、ますます低コストで利益を生む紛い物が氾濫しまくっている。
何故そんな物を!
いや、考えるのはよそう。
何しろ、この国はあの船橋武が作った国なのだから。
そっと横目で見るとプリティドッグの一家が笑い転げていた。
ほぼ生まれたての子犬どもまでが!
奴らには最初から臭いでわかっていたのだ。
別に奴らが企んだわけではないので、それに対して文句も付けられない。
あいつらは俺が芋虫を苦手なのを知っているので、じっくりと観察していたのだ。
滅茶苦茶にワクワクしながらな。
く~!
だが騒ぎはそれに留まらなかったのだ。
「これは実に立派なものですね。
私にもちょっと試食させてくださいな」
「あ、私も是非!」
次々と我が家の客達が芋虫ケーキに手をつけていく。
え! マジで?
なんてこった!
大人気だぜ、この芋虫ども。
娘が凄くドヤ顔しているのが気にかかる。
そのうちに第二弾とかがありそうな勢いだ。
皆さん~、あまりうちの子を調子に乗せないでちょうだいね。
うちの子達はもう夢中だ。
レオンも面白がって取り付いている。
「わあい、芋虫ケーキは最高~」
「うめえ。
こんなモノをつくっちまうなんて。
レミ! おまえこそ、しんのてんさいだ」
やめろってば!
やたらと持ち上げるなよ。
後が怖いから。
レミ、そのドヤ顔はやめて~。
「「うおお、芋虫ってやっぱり最高~」」
うわ、トーヤとエディもか。
おおおおー、だ・か・ら!
「旨い。
これは美味い!」
おい、エリーン!
こういう時だけ強引に付き合わされているリヒターは既に涙目だ。
あいつって味覚は地球人並みに真面なんだよね。
以前に虫は苦手だって言っていたな。
王族達も夢中で試食している。
そして次々と会場に運ばれてくる芋虫風ケーキの列。
なんで、そんなにたくさん作っているんだよ。
当家の御嬢様のために厨房の連中が総力をあげたな。
さては、厨房でベル君が叫んでいた原因はこれかあっ!
あのう、シェルミナさん?
その誇り高そうな顔は一体なんなのでしょうか。
こうしてグランバースト公爵家由来のスペシャル芋虫ケーキはアルバトロス王国に無くてはならない、この季節の風物詩となったのであった?
御願いだから、や・め・てー。




