94-6 大神官(見習い)フィアの場合
フィアは現在サイラスにいた。
密林の王者フリーク達のところである。
アルバトロス王国アルバ大神殿大神官(見習い)フィアも、大好きな御兄ちゃんにチョコを贈りたい。
ベル御兄ちゃん命ではあるのだが、粗忽物なので自力ではチョコを作れない。
でもベル御兄ちゃんには是非とびきり美味しいチョコを贈りたい!
上司である大司祭様より聞いていた、チョコを作ってアルフォンス商会に卸してくれているサイラスのカカオ魔物のところへ弟子入りすれば、なんとかなるかもしれないと思ったのだ。
さっそく大司祭様に御伺いを立てたのだが、なんと快くOKが出た。
「ああ、行きたきゃ別に構わないぞ。
もう大事な行事は当分無いからな。
今頃は、お前の先輩も神殿で旦那のためにチョコを作っているんだろう。
今日は特に予定もないし。
お前も、手作りのチョコくらいは精霊どもに振る舞えるようになっておけ」
仕事の一環という事で、大司祭様はゴーレムの転移魔法で送ってもらえるようにしてくれた。
色々と粗忽物なので転移の腕輪はまだ貰えていない。
この問題児を移動制限もつけずに野放しにしておいて、また何かあったなんっていったら、それは大司祭の責任問題になるのだ!
とりあえずの乗り物としてペドロは確保しておいた。
本日もペドロ本人としては微妙な顔付きだ。
今日チョコの産地へ行くのは、甘い物に目の無い精霊たるものとしては素直に嬉しい。
だが一緒に行くのがこの粗忽者か。
思わず左右の眉も互いに寄ろうというものだ。
まあ、スカイドラゴンに眉なんていう物は無いのだが。
自分は、いずれジェシカと共にここを去る身の上。
こいつの御機嫌を取る謂れなんぞ特にないのだ。
それでも、こいつが何かやらかしてジェシカに責が及んでは困る。
魔王様からも、そう言われている。
ペドロも不安と期待を胸に、今日は仕方なく大神官見習いのために現地では乗り物を務めるのだった。
今日フィアと一緒に来ているのは斉藤ちゃん達だった。
しっかりと織原を連れて。
「さあ、大神官ちゃん。
頑張って大好きなベル御兄ちゃんのために美味しいチョコを作るのですよ」
「はあい」
こいつも、いつも返事だけはいいのだが。
「うわあ、なんでこいつのチョコ作りに俺が付き合わなくちゃいけないんだ」
「いやだって、チョコ作りが上手くいかなくて、ストレスで消えられても困るし」
「マジで!?」
何故か嬉しそうに頷く沖田ちゃん。
実は内心ではフィアと一緒に「消える」のを期待しているような雰囲気だ。
それを、ややうんざりしたような表情で眺めていたのだが、そろそろと後ずさる織原。
「あら?
どこへ行くの?」
「俺があいつのフィア時空とやらに巻き込まれたら、一体誰が救出してくれるんだ?」
「大丈夫ですよ、三日くらいすれば勝手に出られるみたいですから。
中から君のスキルで解除出来るのかどうかを見てみたいもんですね」
沖田ちゃんの興味の対象は主にそこだったようだ。
「俺は明日また学校があるんですけど!?」
「やだなあ、勇人君。
君は出席日数が足りないんだから、どうせ四月からはまた一年生じゃないですか」
「アホか!
またあいつは異世界へ行って帰れなくなった、とか言われちゃうだろ!」
そうこうするうちに、いつのまにかフィアはチョコ作りに励んでいた。
いたのだが。
「ああん、上手く出来ないよお」
ふいにフィアの金切り声が響いたのに嫌な予感を覚えて、クルリっと向きを変えて慌てて走り出そうとする織原。
そして次の瞬間には、そこにいた全員が御約束通りに謎のフィア時空へと無事に旅立っていったのである。
「うわっ、くそ。
しまった、逃げそこなった。
ザ・ロック!」
だが、辺りは気味の悪い静寂を保ったままだった。
音すらむやみに響かずに吸収していってしまう、次元でも宇宙でもないような只の空間。
漆黒? 灰色? 白?
違う。
色などない。
人間が通常、心を沈めて想いを凝らすような、そんな心境を表したような無色の空間。
本来なら在る筈のない、心の中だけにある存在・空間であり、通常の物理法則は一切通用しない世界なのだろう。
閉じ込められると、あの魔王園長さえも困ってしまうという必殺の不毛な檻だ。
「うわあ、中から解除出来ねえ~。
空間を扱わせたらスペシャリストと言われた、この俺でさえ何ともならんとは。
どうなっているんだ、この空間は!
こ、このポンコツ大神官見習いが~!」
これの解除ができる唯一の専門家である織原も、予想通り中からは解除が出来ないようだった。
「まあまあ、勇人君。
来ちゃった以上は楽しみましょうよ。
ここは滅多に来られるようなところじゃありませんよ」
嬉しそうに辺りを眺め回している沖田ちゃんと斉藤ちゃん。
ここは一言で表現するのであれば、『大地の上に立てる宇宙』とでもいうのだろうか。
虚無の世界、宇宙的な感覚でありながら、外の世界と同じように普通に立っていられる世界なのだった。
「ええい、アホかあ~。
ザ・ロック、ザ・ロック」
だが何度やっても解除出来そうにない。
「へえ、面白いところですねえ。
ここ、ずっと来てみたかったんですよ。
いやあ、感激だなあ」
どうやら以前の、この粗忽物が大神殿へやってきた時に捜索に出た際に彼女達が遭遇したものとは異なる空間であるようだ。
「斉藤ちゃん達は仕事しなくていいのかよ。
首相官邸に居座っていたんじゃないのか?」
「まあ、あれはあってないような仕事ですから。
もうあれこれと交渉は終わっていますから、事務関係のために誰かが常駐していれば、それでいいのですよ。
代わりに新撰組の平隊員を置いてきましたので」
あとは魔王が日本へ行かないと仕事が始まらない。
つまるところ、今は遊んでいていいという事なのだ。
何気にゴーレム達は、日頃好き勝手に放し飼いにしてある園長先生なのであった。
「こんなもの、一体どうするんだよ~!」
虚しく空間に吸収されていく織原の叫びは、沖田ちゃんと斉藤ちゃん達の御楽しみのための、只のおかずにしかならないのであった。




