94-5 サイラスの密林にて
「あれ、スマホが鳴っている。
誰からだろ」
「あ、もしもしエリーンさんですか?
新撰組の山崎です。
今サイラスの密林のフリーク達のところにいるんですが」
こんな洞窟の中でも使える異世界のスマホは、アンテナも中継所も不要という実に便利な商品だ。
むしろ魔素が豊富なので、このダンジョンの中の方が却って音声品質も良いのかもしれない。
「おお、あそこですか」
「ええ、チョコの原料産地ですよー。
今、ファル様と一緒にいるのですが、フリークの子供達と遊びだしてしまいましたので。
良かったら、ちょっと遊びに来ませんかー」
「わかった。
こっちも狩りが終わったところだし、ちょうどチョコの材料が欲しかったところなのよ」
「じゃあ、待ってまーす」
だが山崎ちゃんは待つ事無く、エリーン達はマーカー転移ですぐ現地へ跳んだのであった。
「ああ、カカオのいい香り。
やっぱりカカオはサイラス産に限るわね~」
実は地球産より上等の材料だったりするのだ。
それは、この世界が魔素に溢れているせいなのだろうか。
マリーなどは、普段はサイラス産の材料を使ったチョコしか食べない徹底振りだ。
ただ、チョコにする加工技術などは地球の方が遥かに上だ。
だからサイラス産のカカオを地球の一流メーカーへ送って行う外注加工も悪くない考えなのだ。
「おお、よく来たな、食いしん坊の人よ。
って言ってるよ」
いつのまにか、フリークの子供達と手を繋ぎながらやってきたファルがいた。
今日は密林に合わせて、カブスカウト風の可愛らしい格好だ。
「あはは。
いやあ、それほどでも」
それはエリーンにとっては褒め言葉に過ぎない。
実はよくここへ来ていたりする。
言葉は通じないのだが、いつもは身振り手振りの御愛想で乗り切るのだ。
「チョコの材料は要るか、だって」
「じゃあ、この子の分とそれぞれ十人前くらいずつ頂きたいです」
ファルと一緒にフリークの子供達とじゃれだしたミレーナを横目に、さっそく交渉に入るエリーン。
「今日の御代はどうするかって」
「じゃあ、こいつでどう?」
例の自分で仕留めたアサルトランナーをドンっと一頭取り出して彼らに見せる。
こいつは一応鳥魔物なのだが、あまりにも巨大過ぎるため羽ではなく頭で数える。
数百年前に滅びてしまった地球の大型鳥類モアなどは、日本風にはどう数えるべきか。
フリーク達の間に笑顔が広がる。
これは彼らの大好物でもある。
こいつが一頭いれば大宴会が開けるのだ。
まあ肉だけでも最低二トン近く取れそうだし。
そういう訳で、これを交換条件にする事を考えていたのだ。
ミレーナのチョコ材料を貰う都合もあったのだし。
ミレーナの分のアサルトランナーは彼女が持って帰ればいい。
手持ちの残り一匹は、無論自分で食べる用だ。
フリークがエリーンの狩猟の腕前を称え、その腕をポンポンと叩いた。
これがフリーク流の戦士(狩人)を称える仕草なのであった。
にっこりと笑顔を返す黄金の狩人。
彼女にとってのバレンタインデー、それは美味しいチョコを自分で作って食べる日なのだ。
子供達が充分に遊んだのを見届けて、沢山のチョコの材料を御土産にして帰る山崎ちゃんとエリーンなのだった。
「魔王様、今帰りましたよ~」
「お帰り。
ん?
おや、ミレーナも一緒なのかい」
たまにベルグリットと一緒にグランバースト公爵家へ遊びに来るミレーナだった。
そして本日は御兄ちゃんと一緒にチョコ作りに邁進するのであった。
ついでにアサルトランナーも魔王様にさっと解体してもらって、それをアイテムボックス・トゥ・アイテムボックスで空間転送してもらって仕舞う。
アイテムボックスは、以前に獲物袋として魔王様から頂いた物だった。
御肉はバレンタインの御馳走にする予定だ。
この世界の人は、まだバレンタインとクリスマスの区別がよくついていない。
やがて御兄ちゃんと一緒に御手手を繋いで一緒に帰ったのであるが、家では彼らの帰りを待っていてくれた人がいた。
ベル君と同じ下宿人の冒険者であるレイオーラだ。
「いよっ、お帰り~。
それで、チョコは?」
「レイオーラさん……バレンタインデーは女の子が男性にチョコを要求出来る日ではないのですよ?」
子供から突っ込みを入れられて、頭をかきかき弁明するレイオーラ。
「いやあ。
一応自分でもチョコを作る事は作ったんだけどよ、美味いから全部食っちまった」
「そうでしたか」
そういう話はレイオーラにとってはいつもの事なのでミレーナはあまり気にしなかった。
自分だって人の事は言えないのだし。
まあ、まず自分で作って食べられる腕前がある分は良しとしたようだ。
そいつは往々にして冒険者という人種には著しく欠け気味な要素なので。
「それでは、これは私からのチョコです」
「じゃあ、これが僕からね~」
「やったあ~」
何かが違うと思いつつも、この人に言っても無駄だなと思って諦める二人だった。
そして二人を待っていたのは特別料理だった。
「あらあら、みんな。
そろそろ晩御飯ですよ~。
今日の夕御飯は。
じゃあ~ん、チョコ・フォンデュですよ~」
そう言って新料理を御披露してくれるのは、下宿の主である未亡人のマゴレット夫人だった。
ミレーナの御母さんだ。
しばし食卓を沈黙が支配したが、おもむろにミレーナが口を開く。
「御母さん、それ御飯じゃないから。
あと御土産にアサルトランナーあるよ」
「ええ、そうなの?
まあ細かい事は気にしなーい。
今日はチョコを食べる日なのよ~。
じゃあ、アサルトランナーも具にしましょうか」
そして大鶏肉も無事に処理されて、串に刺さった食材がテーブルに並んでいる。
鍋でぐつぐつと、焦げないように魔導コンロの弱火で煮られるフォンデュ用チョコ。
ベル君とミレーナは二人とも、それをやや疑念の眼差しでじーっと見ていたのだが、レイオーラだけは大喜びだ。
さっそく齧り付いている。
「ん!
おい、これ本当に美味いぜ!
さあ早く食ってみろよ」
二人とも本当かなあと思って見ていたが、御母さんの御料理の腕前はよく知っているし、あの食いしん坊のレイオーラが美味しいというのだから、とおっかなびっくりと取り掛かるのであった。
「「!」」
「うわあ、本当に美味しい。
何故!」
「さすがは、うちの御母さんだなあ。
きっと下ごしらえからして色々と違うんだろうな」
さすがにこれは料理としては微妙だなとは思いつつも、夢中で御飯をパクつく二人なのだった。
お母さんが一生懸命に作るのはチョコ・フォンデュ料理。
御料理に取り入れてばかりで、肝心のバレンタインのチョコはないのであった。
まだバレンタインが何なのか、よくわかっていない人がこの世界にも大変多かったのである。




