93-5 結婚披露宴はドワーフが主役です
アル・グランド王国新王妃(の駄目な方)ジェニュインは、何故か酔った勢いで演説を始めた。
自分の結婚披露宴の席で。
この世界で、通常こんな事をやる王妃などはいない。
参加者の人々は困惑を隠せない。
だが、ここにいるものはいるのだ。
チラっと奴の義理の父親にも等しいアニオン公爵の方を見たが、かなり顔を引き攣らせているようだ。
こ、これはマズイな。
頼むぜ、エリーン!
「わあたしはあ、この国の王妃になるにあたってー」
「はいはい、王妃様」
「えー、なんだっけな」
「なんでございましょうか」
様子を伺いつつ、エリーンが用心深く上手い具合に対応している。
タイミングよく酔っ払いに合いの手を入れて、言いたい事を言わせないと言うか、どこかへ忘却してしまうように仕向けているようだった。
いざとなれば、必要なら強引に口を塞ぐつもりなのだろう。
俺は念話でエリーンにその許可を出した。
やらかされてしまうくらいなら、エリーンに頼んで奴に素早く当身を食らわせて、体調不良を理由にこの場から放り出してしまおうとまで決意していた。
あるいは転移魔法で連れ出されて、『緊急おトイレ』という事にしてしまっても構わない。
だが、当事者である王族が一旦立ち上がって人々の耳目を集めた状態でそれをやるのもまた、実のところあまりよくないのであった。
これは見た目よりも非常に神経を使うシーンだったりするのだ。
ええい、面倒な王族の仕来りめ。
シルがギュっと俺の手を握ってくる。
しっかりと指まで絡めてきた手が異様に汗ばんで濡れているので、俺にも彼女の恐怖が伝染する。
指が細かく蠢いていて止まらず、この子にしては珍しく落ち着きがない。
今起こっているのは、かなりマズイ事なのらしいな。
そして奴は再び口を開き始めた。
エリーンが瞬発力を発揮するため、溜めの体勢に入っている。
武功派貴族のリヒターも、いつでもエリーンのサポートに入れるように瞬発力に満ちた体勢をとっているのが、ここからも手に取るようにわかった。
俺は王妃様をチラっと見たが、彼女も傍目からはそれと知られない程度に頷いた。
それを見た王国騎士団長のケインズが無言で、独特の足運びにより、彼が動いたとは他者に思わせぬほどの見事な所作でジェニュイン寄りの位置へと自然な形で動く。
まるで戦場というか、謀略の舞台に立つ小説の主人公であるかのように。
それは、この種の行事においては決して珍しい事ではないのかもしれないが、その理由があまりにも残念過ぎる!
彼の目配せだけで騎士団員が、これまたすっと自然な感じに配置をずらしていく。
じっと見ていないと、騎士団が立ち位置をずらして動いた事さえ気付かれまい。
それほどまでの見事な足捌きであった。
披露宴参加者の皆が、あのポンコツに激しく注目しているので、余計に彼らの位置取りの変化は目立たない。
「そうらー、わらしは国民の皆様のためにー」
「はいなー」
「力いっぱい、ぐわんばる所存でありますのですます。あれ?」
どうやら次に何を言うのか本当に忘れたらしいな。
このポンコツめ。
だが、それはこれ幸いという他に言うべき事がないほど好都合。
そのまま未来永劫永久に、『相棒』の作り出すフィア時空にでも置き忘れてこい。
「いいですよ~。
グッドですわ、ジェニュイン王妃様~。
というわけなので、皆さんも乾杯!」
エリーンの誘導で「乾杯ー」と杯を掲げる参加者達。
若いのに演説上戸というのは珍しいな。
あの馬鹿者め、まだ目が据わっているようだ。
しかも乾杯の音頭で、さりげなくまた一杯追加の酒を入れていたし。
さしものエリーンも、奴の言動に全神経を集中していたため少し油断していたらしい。
こちらに苦笑を返してきたので、俺もそれに倣っておいた。
ま、まあ緊張の隙間であるから仕方がないね。
彼女も違う事に全力で集中していたのだから。
そのような些事でエリーンを咎められるような状況ではない。
むしろ、よくやってくれたと褒めるべきシーンだ。
彼女には後で特別に褒美を出さなくては。
エリーンも、いっそもうこのまま飲み潰しておくかみたいな雰囲気だ。
安定しない冒険者収入の不足を補うためにやっていた酒場の歌姫バイトのおかげで、彼女も酔っ払いの相手は実に手慣れたもんだ。
もう安全圏に入ったと判断したものか、エリーンもジェニュインを椅子に座らせて、耳元で魔物をも眠らせる必殺スキルの子守唄を聞かせていた。
今度は高鼾をやらかさなければよいのだが。
あの子の場合は本当にそれをやりそうで怖い。
それはおそらく演説するよりも、もっとマズかろうよ。
想像してみようぜ。
永い苦難の刻を乗り越えて、感動的に戴冠式を兼ねた国王結婚式を挙げた国の王妃が、自分の披露宴で酔っぱらって堂々と高鼾。
こう、なんというかな。
来賓の各国王族達全員が困ってしまうような、下手をすると本来の王国史とは別編纂となる『裏王国史(笑)』に残るような展開になってしまう。
むしろ、その大物ぶりに天晴と感心する人すらいるかもしれない。
だが、そいつばかりはギルティだ。
許されるか、そんなもん。
この結婚式の主催者は、誰あろうこの俺なんだからな。
「よかったわあ。
いつもは放っておくと、もっと凄くとんでもない事を口走る子なのよ。
叫びながら、突然に走り回ったりする事もあるし。
それを止めようとすると、これまた大暴れするしね。
こんな重要な公式の場であれをやられていたら、それはもう豪い事になっていたわ。
エリーンさんが得意の御愛想で誤魔化してくれて本当によかったわね」
ちょっとドキドキしながらシルがそんな事を言っていた。
おいおいおい、日頃は一体何を口走っているんだよ。
なんというポンコツ王妃なのだ。
これからのアルスとベルベットの苦労が偲ばれるな。
むしろ、世話を焼かせまくるあれを挟んでの、円満な夫婦生活が生涯に渡って期待出来るのかもしれない。
ふと思ったのだが、将来あいつの子供が母親似だったらどうしよう。
まあそんな事は考えたって仕方がない。
俺が生きている間なら面倒を見るしかあるまい。
「そうか、大した事がなくて本当に良かったよ」
いや助かったぜ。
だが、まだ非常警戒態勢は緩められない。
リヒターは共にフォローに入りつつも、いかにも「我々は結婚式に一緒に参加するほどの仲のカップルなんですよ」アピールをしていたが、当のエリーンからはまったく相手にされていないようだった。
今それどころじゃないからな。
そして、その後は親方とアニキが『飲みで誤魔化し』た。
酒の席にドワーフに出てこられてはな。
他の全てが皆霞んで見えてしまうわ。
そして酔いどれ王妃から客の目を逸らすために、会場中央の余興スペースで草原の勇者と親方が模擬戦を始めたが、いつのまにか目が真剣だ。
こらこらこら。
模擬戦専用の武器といっても、この二人が真剣勝負を始めたら洒落にならんわ。
いいけど、対ドラゴン用の武器を持ち出すなよ。
会場が粉々になってしまうわ。
何しろドラゴンバスターを使う人と、それを作る側の人との闘いなんだからな。
まあ状況が状況なので俺も無理には止めないがな。
仕方がないので五千年物の格闘王バルドスを審判につけて、この俺が副審に入った。
さすがに洒落にならない組合せなので、もう一人Sランク冒険者の国王も副審に入った。
何故、自分の結婚式披露宴で武闘派国王同士による試合の審判をしないといけないのか、彼本人も首を捻っていたが。
「いいぞおー、あなた。
頑張れー」
不意に目を覚ましたジェニュインがそんな事を口走る。
おい。
余計な事を言うんじゃない、この新米王妃め。
酔っ払いは大人しく寝ておけよな。
「ほうアルス、お前も参加するか?」
草原の勇者が、またそのような事を言い出したし。
「こら~、それだと審判がいなくなっちまうだろうが~」
「それもそうだな。
アルス、お前は後でみっちりと扱いてやろう」
そして二人は見事な武闘会を三十分に渡って演じ、並み居る王族などを心ゆくまで満足させたのだった。
それからザイードとエルドアの国王二人は、いかにもいい汗をかいたと言わんばかりに飲み交わしだした。
これだから肉体派は困るな。
彼らには日本から仕入れてきた新銘柄のビールを振る舞っておいた。
この二人を素の状態で東京にでも連れていったら、百メートル歩くごとに警官から職務質問とかを食らいそうだ。
いずれ連れていかねばならないとは思うのだが。
少なくともドワーフの方は。
今から頭が痛いぜ。
なんとかリムジンの中へ強引に押し込んでおくか、それともいっそ転移魔法で連れ歩くか。
彼らが武技の披露を終了した頃合を見計らって、シルの侍女軍団が御色直しと称して酔いどれ王妃を力技で担ぎ出していた。
もう十分に顔見世は終わったので、本日はあれも、これにて退場だな。
後はベルベット王妃に一人で頑張ってもらうとするか。
あれ以降は、ジェニュインにはエリーンが付きっきりでいてくれたし、奴も殆ど大人しく寝ていたようなので助かった。
エリーンには、あれが高鼾を始めそうだったら、もう強引に転移魔法で連れ出してしまえと頼んでおいた。
武闘派国王達が出席者の耳目を集めてくれていたので、それをやってしまってもそう問題ないような状態であった。
しかしシルに言わせると、それもあまり良くないらしいので、花嫁として面目が立つくらいキリのいいところまでは居させたのだ。
一つ問題があるとしたならば、あのエリーンが途中から御飯を食べられなかった事くらいか。
だが彼女も今日ばかりは文句を言わなかった。
彼女の分の残りのコース料理は温かいままアイテムボックスに収納して転送しておいてやったので、後でゆっくりとやってくれ。
新国王夫妻達は、今晩はそのまま王宮にいてもらって、明日は新婚旅行へ送り出すとしよう。
国王がいない間の執務は、草原の勇者をメインに、うちの家宰と執事連も送り込んで研修生の小僧どもと一緒に頑張ってもらおう。
連中はもう既にアル・グランドへ送り込んである。
そうしないと、向こうが回らないだろうからな。
この前に行ってくれた応援部隊の人達にも事前に御願いして行ってもらってある。
シルの侍女部隊もカバーに行ってもらうか。
この結婚式の後だと、向こうの阿鼻叫喚なんか温く感じる事だろう。
あれはこの前に一回やったので心構えが出来ているし。
入用なら、後はうちの犬でも貸し出しておくか。
足跡サインは禁止にしておいて。
これからも、あの王妃が色々やらかしそうだが、その辺のフォローは身内で頑張ってもらおうか。
今日は居残り組であるアル・グランド騎士団や、アル・グランドに就職した研修生の奴らにも中継して、そのあたりを見てもらったしな。
アルケートス達肉体派騎士団は、こういう器用さを発揮しないといけないシーンでは、あまり役に立ちそうにない。
そういう事なので、今日は連中を国に置いてきてあるのだ。
騎士団長のベンソンだけは役に立ちそうなのだが、あいつを抜いてしまうと後は脳筋しか残らないからな。
普通はありえないよな。
自国の国王の戴冠式兼結婚式に、護衛を務めるはずの王国騎士団たるものが『御留守番』だなんてよ。
まあ英雄王に護衛は要らんとは思うがな。
ハイドとエルドアにアル・グランドは、そんな王様ばっかりだわ。
武力という観点から見れば、親方が一人いるだけでもうゲップが出そうだ。
だが本日は半端でないスペシャル対応が必要な行事なので、そういう仕事は務まりそうもない肉弾派のあいつらは自ら自粛したのだ。
それに国王の留守中に残された業務量がまたな~。




