93-4 酔いどれの詩
「ふう。
あの子には、昔から刃物は持たせちゃ駄目なのよ。
何事も無く切り抜けられて本当によかったわ」
「シル。
それは最初に言っておいてくれたら、ケーキカットは無しにしてもよかったんだが」
「駄目よ。
王族のくせにファーストバイトの儀式がない結婚式なんて、そんなものは世間から謗られてしまうわ」
いつの間にかファーストバイトというものは、この世界の王族の間では、そういう決して譲れない物になっていたようだった。
まあ、この世界で最初にその風習を始めたのは、誰あろうこの俺なんだがな。
無事に『儀式』を終えて、ようやく披露宴に入った。
ここからは酒の席なのだ。
酒上不埒と言う事で、少々の事は許される。
ここまでくればもう大丈夫だろうと思っていたら、椀物を飲む時に、まるでラーメンを啜り込むような下品な音が、上品な方々の集まる国王の結婚披露宴の中で響き渡った。
「どっちだ?」
一瞬そう思ったが、フィアとジェニュインのデュエットだったらしい。
当然、全員が二人に注目していた。
やられた!
まさか、こんな伏兵がいたとはな。
板前国王のために、この世界でも評判の高い和食をチョイスしたのが裏目に出た~。
調理を御願いした山本さんの顔に泥を塗ってしまうような事態だけは、何がなんでも避けたい!
そのような事になろうものなら、巡り巡って、終いにはこの俺がシェルミナさんから御小言を頂く羽目になるのだから。
そういや、二人共ラーメンは大好きなんだった!
いくらなんでも、こういう席で『ズズズズ』は絶対にやってはならないのだ。
そのくらいの事は日本生まれの俺にだってわかる。
花婿の両隣に花嫁が座り、ジェニュインの隣に結婚式を執り行った大神官見習いであるフィアが座っている。
その隣がシルと俺だ。
この並びは、さすがにまずかったかな。
そこまで考えなかったぜ。
もっとも、席を離しておいてもステレオ音声になるだけで、まったく意味はないのだが。
だが我らがシャルロット王妃様は慌てず騒がず、自分も同じように派手な音を立てて椀物を啜ると、こう言い切った。
「アルさん、稀人の国ではこうするのですよね?」
ええっ‼ と思ったのだが、隣に座っているシルが瞬時にテーブルの下で俺の膝を軽く抓ねったので、俺も慌てて王妃様に合わせておく事にした。
「え、ええ。
そうですよね。
ま、まあ、無理にそうしなくても大丈夫のルールですから。
皆さんは御好きなようになさってください」
そんなわけあるか。
ラーメンやソバじゃねえんだからよ。
まったく、うちの御義母様ったら本当に強引なんだから。
他の人はわかったようなわからないような顔で、やっぱり静かに飲んでいた。
うん、それが椀物の正式な作法ですので!
そして、ふとジェニュインを見たら何か顔が少し赤い。
婚儀という事でベルベットは少し酒を入れていたみたいだが、ジェニュインもアルスの酒を間違って飲んだらしい。
「あ、マズイわ!
どうしよう」
「え、どうしたの」
その様子を見て、なんだかシルが慌てていた。
「あの子、御酒を飲んだみたい」
「あの感じは、そうらしいなあ。
間違えて飲んだみたいだね」
「ああ、アルさんには言っておくべきだったかしら。
あの子、実は凄い酒乱なの」
「え!」
またとんでもない未確認情報が飛び出してきた。
まったく、王族は子供でも酒を飲んだりする機会があるから困るな。
「ほんの少し酒が入っただけでも駄目なのよねえ。
うーん、どうしようかしら」
「えー」
そんな状況になったので、俺達は息を飲んで事態を静観していたが、別段特に何事もない。
「特に何もないみたいだけど?」
「あれ、変ねえ」
シルは頻りに首を傾げている。
だが彼女は、すぐに決意を秘めた表情で侍女に命じて警戒態勢をマキシマムに引き揚げた。
そして俺もそれに習う事にした。
何かありそうな予感がする。
こういう時ってイコマの奴は絶対に警報を出さないんだよな。
実際にどうなるのか見てみたいのだろう。
まあ、魔界の鎧のように致命的な事象ではないので、そうであっても特に困らないけどね。
いや、どうせイコマの奴には全ての結末がわかっているのだろう。
なんというか、原作漫画は読んだのだが、やっぱりアニメでも見てみたいといったところだろうか。
俺の中のあいつめ、本当に困った奴だぜ。
そして、それは唐突に起こった。
彼女はいきなり立ち上がると何か演説を始めたのだ。
なんだか目が据わっている。
こういうのは性質が悪いんだよな。
「皆しゃーん、聞いてくらはい!」
何をだよ!
こいつは案外とヤバいのかもしれないな。
「エリーン!」
「御任せを」
さっと大馬鹿者のサポートのために駆け寄るエリーン。
すかさず『帝国の宰相』が付き従って、これまたさっと傍に控えた。
まあリヒターめ、ここはグッジョブと言っておこうか。
一介の平民に過ぎないエリーンの登場を見事にフォローしてくれている。
そして彼女の演説が始まった。
かなり据わった目をして、やおら立ち上がった彼女に全員が訝しげな目を向ける。
なにかヤバイ!




