94-1 やってきた季節
今年も、この季節がやってきた。
多くの人にとって楽しいイベントであり、しかもそいつは、この俺が異世界に持ち込んだ張本人でもある。
それで、そのイベントを迎えるにあたり、この俺がまずやるべき事は。
「あー、みんな。
よく聞いてね。
今年は『昆虫入りチョコ』は禁止ですので」
この園長先生の表明を聞いて、途端に捲き起こる園児達からのブーイング。
「えー、えんちょうせんせい、ひどい~」
「それはないよー」
「いちねんにいちどのたのしみがー」
「「ブーっ、ブーっ」」
「やかましい。
虫なんか入れなくても、チョコは十分美味しいでしょうが!」
「いや、あれも中々の物なんですよ」
「エリーン、君は黙っていてもらおうかな?」
確かに地球でも昆虫類は広く食用にされているのだ。
全ての生物種の中で、そのうちの七十五パーセントを昆虫類が占めるのではなかっただろうか。
最近は先進国でも、事業として昆虫の加工食材に関する研究が国際的に顕著であり、日本のネット販売でも見かけるようになってきているので鬱だ。
昆虫ではないが、国によっては虫という括りで蠍なども油で揚げて美味しく召し上がられている。
御酒のつまみとして蠍の揚げ物の屋台なども外国ではよくあるらしい。
丸のまま齧る食い物という事で、なんつうか日本における「ししゃも」くらいの立ち位置なのかなあ。
アジアにおいても多くの虫類が食用に回されているようだ。
昆虫食に対して、とてつもなく強い忌避感を持っている国なんて日本くらいのものではないだろうか。
まあ日本だってヘボだのイナゴだのザザムシだのは昔から食されているわけだが、都会人の口には合わんな。
この世界でも虫類はポピュラーな蛋白源の一つだ。
幸いな事に、俺はあれこれと多岐に渡る食い物を持ってきたのとコピースキルのおかげで、それに頼る羽目にはならなかったが。
もっとも、この世界ではあらゆる食い物を食したので、その中の部分的な食材として混じっていなかったという保証はどこにもない。
日本でもファミレスやファストフードなんかだと、どんな材料を使っているかわかったもんじゃないしな。
だが、それらは敢えて喜んで食うような物ではないと固く信じている。
そのような物は、田舎の住人であった父方の年嵩の従兄弟達の昔話の中にだけあってくれればいいのさ。
だが街に住んでいた母方の人士の昔話は、碌に食い物がなかった話ばっかりで、近所で餓死した人がいたとかの話題が非常に多い。
どっちがいいのかなー。
俺としては、どっちの話題も嫌だ。
虫入りチョコさえ無理やり食わされるのでなければ、それだけで幸せであると言い切れるくらい、俺は今非常に幸せだ。
「とにかく、バレンタインで虫入りチョコは製造禁止ー。
みんな、わかったねー」
「「「はあい……」」」
子供達から、かなり不満そうな返事が返ってくる。
「まあ、いいじゃん。
別に虫入りチョコはバレンタイン以外で食べちゃ駄目って事はないんだから」
「そうだねー、逆に言えば『年中解禁』の御墨付きをもらったようなものだから」
おい、そこの御狐コンビ。
さりげなく混じって変な事を言っていないように。
あのなあ、そんな事は誰も言っていないぞ?
それにしても君達さ、もう王子様になったくせに、そんなものを年中食べたいと本気で思っているの?
ま、まあ、俺に食わせる奴がいないならいいのだが。
そいつに関しては、中でもうちの娘が一番危ないのだ。
そういう流れの中でレミがなんだか嬉しそうな顔をしているのが大変気にかかる。
「もう、あなたったら。
世界最高位のSSSランクの冒険者のくせに、虫くらいなんですか」
「そういう問題じゃねえ!
そもそも、そんなお金持ちの冒険者は虫なんぞ食ってはおらんわ」
そういえば、うちの奥さんって去年はレミのチョコを嬉しそうに食べていたよな。
君もあっち側の人間だったのか。
まあいいんだけれども。
最近は日本でも『コオロギ粉』を一般流通させようという動きがある。
大企業が『コオロギ製粉装置』製造の分野へ進出しようとしているらしいし。
よせよな、本当に。
そんな事をしたら、ファミレスなんかで普通に使われちまうだろうが。
あれって確か微弱な毒があったのでは?
何故昔からコオロギがイナゴのようにポピュラーに食われていなかったかというと、きっと味覚嗅覚のセンサーに反応していた何か有害な成分が含まれていたのではないだろうか。
これだから食物資源を含む資源小国は困る。
まあ、アメリカの『便所蜂幼虫の栄養価に注目』よりはマシなのかもしれんがなあ。
俺はアメリカ人によるその手の、予想の斜め上を行くような超合理的な思考というか、そういうところが大っ嫌いなんだ。
そんな物は、さすがにうちの子達だって食わんわ。
「そうは言ってもだな。
俺は芋虫入りチョコは嫌いなの!」
「カマキリとかは?」
「無理!」
よく見たら、訊きに来たのはうちの娘じゃないか。
彼女は頻りに何か考え込んでいる。
何か嫌な予感がするな。
だが、この子ももう三つになるのだ。
きっとわかってくれるのに違いない。
今年もエリがやってきて、子供達にチョコ作りを指導をしてくれるようだ。
「みんなー、今年は北海道のチョコを使うからねー。
ホワイトチョコも使うわよ~」
「ホワイトチョコ、たのしみ~」
「ミャア~」
ウミネコさん達も甘い匂いに釣られものか、水槽から這い出て、ぞろぞろとやってきた。
動物って甘いものが好きだよな。
彼らは全部で六匹いるのだ。
そいつらとショーを入れても、猫が数でプリティドッグの子犬を上回れない。
猫顔キメラのメルを入れても数で負けている。
魔物の犬猫などは、チョコを食っても別にどうという事はないようだ。
むしろ好んで食べる傾向にある。
まあ動物って甘い物が好きなんだけど。
馬なんかもレースに勝った御褒美で貰える甘い御粥や大福みたいな甘い物が好きだよな。
あとは、やはり精霊どもだろう。
あいつらもチョコは大好きなのだが、虫入りは喜ばない。
人間じゃないのだから特に気にする事はないと思うのだが、何故か嫌だとみえる。
ショーだけは絶対にチョコを食べさせられないので、猫ケーキなどの猫おやつで我慢してもらう。
ちょっと齧っただけでいきなり死んでしまう事はないはずだが、著しく体調を崩してしまうはずだ。
回復魔法はあるのだが、そこまでして猫が食うような物でもなかろう。
人間様用のバラムツやアブラソコムツじゃあないのだから。
あれは人間には消化できない脂を大量に含有しているため、そんな物を人間が食ったら豪い事になってしまう。
日本国では国から一般流通が禁じられるほどの危険な魚だが、普通に網にかかるので、産地の漁港へ行くと自己責任で買えてしまうらしい。
自分で釣れてしまう人もいるだろう。
通な方々はオムツをしながら、あれを心行くまで食するという。
食べる時は数切れしか食べてはいけない、あるいは試食に留めるだけにした方がいいと言われるが、あまりの脂の美味さについつい食べ過ぎてしまうらしい。
俺はあんな危険物に手を出すつもりは一生ないのだが、その味はやはり気になる。
エバンス爺さんやエリーンにだけは絶対に聞かせられない話だな。
まあ浄化の魔法もあるし、彼らにはゴッドヒールポーションやエリクサーすら与えてあるのだが。
地球では、ショーのためにたっぷりとあれこれの品を仕入れてきたのだ。
色々と取り揃えて出してやったら、かなり御気に召したようなので何よりだ。
子供達は庭に作ったイソギンチャク用の水槽小屋にも顔を出して、奴らにもチョコをくれてやっていた。
あの連中も、貰える物は好き嫌いなく食べているようだが、本当に美味しいと思っているのかどうかは、はなはだ疑問だ。
このイソギンチャクは赤を基調とした綺麗な色をしていて、観賞用にはもってこいだ。
色合いは派手なのだが、それは警告色ではなく人間に対して効くヤバイ刺胞毒は持っていないので安心だ。
なんというか、これは珊瑚や熱帯魚のカラーみたいなものだ。
捕らえた魚を弱らせる刺胞毒はあるのかもしれない。
各種イソギンチャクを取り揃えたカラフルな魔導アクアリウムセットを作ったら、貴族に人気が出るかもしれない。
一般の貴族屋敷なんかでは海水の調達などが問題かもしれないが。
それも含めた飼育セットもつけて商会で売ってもいいかな。
海水の補充もアルフォンス商会で請け負おう。
この種類は人間を食べないので安心出来る。
猫も食べたりしないだろう。
この手の生き物は本来はとても偏食なはずだ。
その割には雑食っぽい感じで、出される食い物には文句を言わないらしいのだが。
それでも健康には特に問題がないらしい。
本当に魔物という奴らは不思議な連中だ。
庭では、大鍋でドラゴン用の超大型チョコの製造が始まっていた。
作っているのはドラ子とゴン美で、指導員は山本さんだ。
御手伝いは大型ゴーレム達で、最近こいつらは蟹茹でとか、こういう大規模な食べ物関係に従事している事が多い気がする。
ドラゴンもチョコは嫌いではないらしい。
菓子類も結構食べている。
ドラゴンサイズの細いスティック菓子なんかは壮観な大きさだ。
あれは太さ十五センチくらいあるからな。
以前に子供達にそいつを一本分けてやったら、みんなで一生懸命に齧りついていた。




