93-2 迷える子羊? の世界
「織原~、緊急事態だ!」
いきなり奴の教室に出たら、女の子達が着替え中だった。
「きゃあ、痴漢」
「覗き魔~」
な、なんだ!?
ちなみに覗いてはいない。
堂々と現れただけだ。
目の前に下着姿の女の子がいて、思いっきり目が合ってしまった。
向こうも、いきなり織原扱いされて驚いたことだろう。
きゃあきゃあ言う女の子達に追いたてられて、慌てて教室の外へ出たら織原が腕を組んで廊下にもたれていた。
「あれ、園長先生?」
「なんだ、織原。
そこにいたのか」
「何をやっているんですか、今は体育の授業だったすよ。
他の三年生の奴らはみんな受験とかですから、この時期真面に授業なんか出ていませんって。
今は一年生のクラスに入れられてしまっていますよ。
帰ってきてから同級生達とは本当に短い付き合いだったな。
今はみんな忙しい時期だから、中々一緒に遊べないですしね」
ちょっと遠い目をした織原。
やっぱり大検コースへ行って、大学へ行って同級生と楽しくやるべきだったかと思っているのか?
まあ三年間は「さん付け」の生活だからな。
そんな感じの、こいつにとってはまた微妙な時期だったので、式に駆り出すのは止めにしておいたのだが、それが仇になった格好だ。
何しろ、こいつ以外にあのフィアのおかしな空間をなんとか出来る奴がいない。
ベル君というワクチンが通用しなかった時点で、特効薬を投入する以外に道はないのだ。
「頼む、ちょっと来てくれ。
こっちは緊急事態だ」
「ええっ。
ちょ、ちょっと」
「いいから来い」
そして再び日本を後にしてクラスメートの前から忽然と消え、呆然とする人達を後に残したのだった。
「あれ、ここはどこ?」
「ここは、アル・グランドの王宮だ。
つまり元ゲルス共和国だよ。
懐かしいだろう」
俺はにっこり笑って説明してやった。
ここはこいつにとって、第二の故郷ならぬ、帝国に続く第二の幽閉場所なのだ。
「げ!
ま、まあ、あの完全にモルモット扱いだった帝国よりはいいですが。
ここでは、まだ少しはマシな扱いでした」
「すまんがスキルを使ってくれ。
またフィアの馬鹿が逐電しやがったらしい。
解」
「ええっ。
もうしょうがないなあ、あの子は。
ザ・ロック」
何故か式の入場口が光り、全員が揃って現れた。
なんでそんな場所で、みんな揃って迷っているんだよ。
普通なら有り得ないだろう。
「ああ、アルさん。
よかった、織原君が来てくれたのね。
もう閉じ込められちゃって、どうしようかと思ったわ~」
「シルさん、これは一体何事なのです?」
「今からアルスの戴冠式を兼ねた王国結婚式なのよー。
ここは結婚式場の花嫁入場口ね」
「うわあ」
いきなり連れてこられて事情がよくわからなかっただろう織原も、さすがに顔を顰めた。
「よし、仕方が無い。
もう間が持たないだろうから、このまま行くぞ」
「まだか、早くしろ」とバルドスが目で訴えている。
何故か武技の披露を混ぜながら、あれこれと祝詞を唱えていたらしい。
そろそろ引き伸ばし工作が限界にきたようだ。
「あれ、俺はまだ帰れないんですか?」
「まだなんかあるかもしれん。
今日はこのまま居てくれ。
一応、お前にかけておいたスキルの拘束は外しておくから。
もうこっちの住人じゃないのだから、王国から特に文は付かないだろう」
「そうですか。
まいったな、今日は早退届けを出していないんですが」
「そんなものは、後で総理にでも頼んでおいて公暇にしてもらってやるから」
「総理……」
憮然と呟く織原を置いて、俺達は式の続きを始めた。
まあ、どの道もうこいつは来年進級出来ないので、今学校に行っていようがいまいが関係ないがな。
友達と一緒にいるためだけに学校へ行っていたみたいなもんだから。
公暇扱いにしておけば何も問題ない。
ジェニュインには父親がいないので、彼女を引き取っていたアニオン公爵が手を繋いでいく予定だったのだが、これはもう仕方が無い。
彼女は俺が手を引いていく。
本来なら花婿と一緒に花嫁を待っているはずの大神官まで一緒になって歩いているし。
うちの子供達が花嫁達のウエディングドレスの裾を持った。
俺達の合同結婚式を思い出すな。
あの時は花嫁が三人前になったので、ポールとマリーが追加で来てくれたんだった。
そしてフィアが先頭を行ったのだが、緊張していたせいか、なんと途中でまた『迷いやがった』。
そんな馬鹿な。
だが、俺達は『謎のフィア時空』に放りこまれたのだった。
なんだか靄の中にいるような感じだ。
また訳のわからないところだな。
これはまさか!
人間が、不安定な人間の精神の中に入ってしまうというアレじゃないだろうな。
ポルターガイストみたいな現象を引き起こすコントロールできないサイコキネシスなんかと同じで、思春期の人間とか小さな子供に多いらしいが。
インナーワールドとでもいうような物なのだろうか?
なんという厄介な代物だ。
よりによって、このタイミングで発現しまくりか!
しかし、それを発現させた当の本人までもが、その空間に入ってしまうなんていう馬鹿な事があるものだろうか。
それは自分の中に入るようなものだ。
そんな話は聞いた事が無い。
これはどこを探しても見つからないわけだ。
それはもう織原の能力のような物でも使わないとここからは出られんはずだわ。
こいつは俺にも解除は無理だぞ。
「おい、フィア。
ここは一体どこだ!」
「わ、わかりません。
でも、時間が経てばそのうちに戻るんじゃないかと。
いつもそうですし」
ええい、本人にもわからんのか!
「それは、どれくらいかかるんだ」
「えーと、多分三日くらい」
「ば、馬鹿野郎!
間に合うか!」
だが俺達は次の瞬間に、霊光のように輝く不思議な光と共に全員救出された。
どうやら織原が外からスキルを使ってくれたようだ。
危ない危ない。
直前に織原のスキルの拘束を解いておかなかったら、しばらくここから出られなくなるところだった。
織原が俺達を見送った入り口で手を振っていたので、自分の席に座っていたベル君もそっちに向かって手を振っていた。
「召喚、ベル御兄ちゃん」
マーカー転移で、招待者席から召喚されたベル君にすばやくフィアの手を繋がせた。
ベル君は間抜けにも織原に向かって手を振ったままの格好だ。
彼は、やや引き攣った顔で俺達と目を会わせた。
「え、藪から棒に一体なんなのです!?」
「ああ、すまん。
ちょっとフィアの手を引いてやってくれ。
もう迷わないように」
まるで迷い霊の浄霊みたいな言い草だ。
あの空間からは、迷い込んでしまえば霊さえも自力で脱出する事が不可能なのではないだろうか。
ええい、ブラックホールか!
何事であったのか理解して苦笑するベル君。
そしてベル君に手を引かれて花嫁気分で浮かれるフィア。
だが、こいつはこういう時の方が粗相はないのだ。
花嫁を先導する役割の大神官が父兄同伴とは。
まあ本来は、そんなものはないはずの突発的な工程だしな。
それでもいいか。
まだ子供の見習い大神官なのだし?




