90-6 輝きの王子
「御客様はスタイルが宜しいので、何でも御似合いですわ~」
二十代半ばと思われる店員の女性が、少し顔を紅潮させながらミハエルが履いたGパンの裾をピンで留めていた。
どこへいってもこれだな。
これだから王子様っていう奴はよ。
今、俺とミハエルは量販衣料品店にいる。
ミハエルには無難なGパンやシャツとかセーターなんかを見繕い、最新モデルのハーフコートを合わせた。
それに毛糸の帽子か。
本当に安手の服装なのだが、まるで光輝くようなオーラを放っている。
これだから王族っていう奴らは。
「ふむ。
中々色々な種類があるのだな。
お前が商会から出している物などドラゴンの鱗の一枚という事か」
ミハエルは、氷山の一角という言葉と同義語である異世界風の言い回しで店内の様子を表現している。
部下達への御土産にどうかとか考えているようだ。
この辺の周囲への気配りが、その辺のボンクラとこの男との違いだろう。
あと、『部下を地球へ潜入させる』ための服装にもなるという考えもあるのかもしれない。
そういえば、こいつって諜報関連のボスである王子様なのだった。
「まあ、そういう事だ。
だが、しばらくはそれほど手には入らない。
こっちの通貨が心許なくてな。
それの調達の都合もあって、お前にも来てもらったんだ。
それに」
俺はニヤリとして少し間を置いた。
「お前だって来てみたかったのだろう?
祖先の住んでいた遥かな故郷に」
「まあな。
それに、いかなる土壌がお前のような魔王を産んだものか、その辺の話も興味があったのだよ」
「うるせえよ。
じゃあ、どこから行くかね」
「この国のトップとは会えないのか?」
おっと、いきなりそう来ましたか。
さすがは疾風のミハエルだけあって、本当にせっかちだな。
それが親譲りっぽいのは、最近判明した訳だが。
「そうだな。
じゃあ、さっそく総理大臣でも襲撃にいくか」
もう、その辺から攻めようと思う。
面倒だし。
「その総理大臣というのが、この国のトップなのか?」
「国家元首ではないが、一応はこの国の政治のトップ宰相であり、また軍隊(本当は違う)の最高司令官だ」
「普通、それを国家のトップというのではないのか?」
ミハエルも少し首を捻っている。
「いや、どっちかというと、あちこちで頭をペコペコしなけりゃあいかんような損な役回りだな。
総理大臣は首相とも言って、主席宰相の意味合いだから。
賢い奴はやらないポジション?
宰相は帝国でもやりたがらない奴が多くて、リヒターの奴がやっているだろう。
そういう総理をやりたがらない奴らは名よりも実を取る。
なんというか、総理大臣は現役でありながら名誉職に近いな。
華々しい役職ではあるし政治家としての人生に素晴らしい履歴がつくが、マスコミや国民から叩かれるような役割だし。
必ずしも本当の意味での権力者とは言い難い」
「そうなのか?」
「ああ、たとえば外交的立場なんかでも差がある。
外国の大統領や我が国の天皇陛下とは違って国家元首ではないため、国賓待遇は受けられんのだ。
特に日本国には、現在世界で唯一であるエンペラー格である天皇陛下がいらっしゃるので、極めて特殊な状態と言えるな。
基本的に天皇陛下に対しては、たとえ我が国に対して日頃は横柄な態度を取るような世界一の国家の国家元首といえども、国際儀礼に基づき膝を折って挨拶をして敬意を表してくれる。
中にはそれをやらない馬鹿がいるかもしれんが、そのそいつは国際儀礼を欠く愚か者という誹りは免れない。
そういう状態だから相対的に、余計に総理大臣の地位は低いのだ。
国民も天皇陛下に対しては非常に敬意や尊敬の念を持っているが、総理大臣に対しては基本的に小馬鹿にしているような感じだ。
もちろん、その場合も真面で仕事熱心な総理大臣は国民からの評価が高く非常に人気がある。
今の総理がそうだから、お前としては比較的会いやすい感じかな」
「なるほどな」
「国民から選ばれた国民代表である代議士の内、有力な政党の中で政党内部で第一の席次である首班として選出された有力な代議士が、仕来りとして国家元首たる天皇陛下から指名されて摂政的に政を行う立場になるだけだからな。
だから国際儀礼に基づき、国家元首ではない総理大臣を国家の代表として国賓招待してくれるような国も基本的にはない。
日本に媚びてくれるような小国や大変友好的に振る舞ってくれる国なんかでは、もしかしたら国賓相当の扱いもあるのかもしれないが、基本的には日本の同盟国で世界最強国家である米国でさえ国賓にはしてもらえないはず。
日本は長い間世界第二位の経済大国であったが、その当時でも総理大臣の国賓招待はない。
逆に日本よりも遥かに小国の代表でも、大統領や国王のように国家元首であれば国賓招待してもらえるよ。
むしろ、そういう現場のドサ回りのような役目を終えて総理を辞めてから、やっと重鎮の端くれとして政党内で威張れるようになる感じかなあ」
ちょっと日本の政治家の雰囲気がミハエルにはわかりにくいようだったが、奴も総理との会見を希望しているわけだし俺もそれには反対しなかった。
「そういうものか。まあいずれにせよ、そいつと話をしないと始まらない重要な人士というわけだな」
「まあ、そういう事だね。
この日本国の国家元首である天皇陛下は非常に特別な方だから、お前がいきなり行ったって絶対に会えないよ。
そして外交の関係で迎賓館などの場所で会うような事でもない限り、お前が天皇陛下に会う事もなければ、また会う必要もない。
たとえそういう外交の機会があったとしても、その時は必ず国王陛下が直接出向かれるか代理で王太子の兄上が行く形になるから、第二王子であるお前が会う事は絶対にない」
永田町のあたりは、東京へ用足しに行きがてら見物に行った事があったから転移魔法ですぐに行けた。
地下鉄の一日券があると、貧乏性だから、ついついあちこちに行ってしまってな。
名古屋の地下鉄一日券は日付が変更になると、たとえ夕方から使い出したとしても0時には使えなくなってしまうが、東京では使用開始時刻から24時間丸々使えるから余計になあ。
さすが締まり屋の名古屋だけあってケチ臭い。
首相官邸は、なかなか警備が厳重だったが、そんなものは俺達にかかればザルのようなものだ。
感知魔法で確認したら、どうやら総理大臣は中にいるようだ。
その姿を知っているので、こんな建物の中くらいならば、魔法PCで検索するまでもなく感知スキルで探せる。
あの仕事をしまくっていて滅茶苦茶に忙しい総理としては、また御珍しいこった。
日本の事業の関係で海外へ売り込みに行く事も少なくないし、それ以外の外交なんかで海外に行っちゃう事も多いしな。
まあ居てくれるんなら、その方がこっちにとって都合はいいけどな。
「こんにちは~」
勝手に入るとまた面倒なので、正面の表門から御邪魔した。
警備の警官も目を瞬かせて聞き返す。
「どちら様でしょう。
ここは一般の方は入れませんので速やかに退去願います。
内部を見学したければ見学ツアーに申し込んで御利用ください」
俺とミハエルは鮮やかにアイテムボックス早着替えを見せつけて、王子様と公爵様のスタイルに変身した。
「こ、これは!」
警備の警官二人が驚いたが、俺は手で制してこう言った。
「こちらは異世界にあるアルバトロス王国の第二王子、ミハエル・フォン・アルバトロス殿下だ。
俺は同じくアルバトロス王国の公爵、アルフォンス・フォン・グランバーストだ。
アポが無くて悪いが、総理大臣に取り次いでもらいたい。
あ、ちなみに俺は日本人ね。
名は井上隆祐と言う。
はい、これ免許証。
俺の身元は二年前の特殊失踪者リストを見てもらえばわかるさ。
日本から異世界へ消えた人間の名前が載っている奴だ。
市ヶ谷の自衛隊に確認してもらってもいい。
昔、俺が愛知県の山奥で日本から異世界へと大穴を開けて消えた時に、連中もいっぱい来てくれたそうじゃないか」
警官は目を瞠っていたが、すぐに再起動した。
「わかりました、すぐに上司に確認して……」
「その必要はない」
そこにはがっしりとした体格の厳しい顔付きの男が立っていた。
警官が慌てて、しゃちほこばって彼に敬礼する。
「特殊失踪者の井上隆裕さんですね」
本来なら俺達は、北朝鮮による拉致被害者のように特定失踪者と呼ばれるのが筋なのだろうが、それとは区別するように俺達稀人は特殊失踪者と呼ばれている。
政府からブログに色々問い合わせもあったので、あれこれと説明済みだし、ブログには今の俺の顔も載せてある。
それは、こういう時のためにだ。
いつか日本へ帰る、その日のために。
「あんたは?」
「私は公安の杉山というものです。
あなたが日本に現れたという情報が入りましたので、こちらに来られるかもという情報が回ってきていまして。
最近の防犯カメラの解析技術は凄くてね。
名古屋市内では顔認証システムにも引っ掛かっていましたよ。
あなたの自宅の近辺や富山県の一般国道に設置されているHシステムでも、あなたの車のナンバーが確認出来ています。
あと貴金属の買取記録や、キャッシュカードやクレジットカードの使用履歴の報告が」
ああやだやだ、こういうコソコソしづらい世界っていう奴は。
そういや俺の家のすぐ近所にある、いつも通る道にも一か所Hシステムがあったな。
そもそも、最近はあちこちの信号機にもカメラが仕込んであるのだし。
もう昔の古臭い怪盗物のアニメなんかも、すっかり陳腐化したなあ。
まあ今日は、その方が話が早くていいのだが。
「困りますな。
日本に御帰りになったのなら、最寄の警察にでも御報告していただかないと」
「そういうもんなのか?
異世界からの帰還手続きの方法など外務省のHPにも載っていないのだが。
俺は出国手続きをしていないから、二年間国内で失踪していた事になっていたはずなのだがね。
あ、そういえば未成年者を一人家に送ってきたぜ」
「富山県の織原勇人君ですな。
もう確認出来ていますよ」
公安め、マジで仕事が早いな、おい。
「先程、軽く一報を入れておきましたので、中で総理大臣が御待ちです。
こちらへどうぞ」
一緒にいるのが王族なので、彼もすこぶる丁寧な対応だ。
あ、一応俺も今では王族なんだった。
首相官邸なんかに入るのは初めてなので、俺はネットに掲載されていた写真でしか見た事がない場所をきょろきょろしながら歩いていった。
あれこれの不動産物件なんかと一緒で、やはり首相官邸は写真写りがいい建物だった。
ここは総理大臣の家族が住みたがらないので有名な場所だからな。
東京警視庁と同じで観光ツアーなんかもあるはずだが、今まで来た事はない。
ボロい上に邸内もかなり歩かないといけない広い場所だから、普通に生活する上でも場所的にやや不便なのだ。
たしか十五年くらい前は老朽化して雨漏りしていたような。
おまけに場所柄色々な事件の舞台となったので、今でも幽霊が出る噂が絶えないんじゃなかったかなあ。
当時の総理大臣の娘が住むのを嫌がったので一家で他所に住んだか、確か総理だけ官邸住みの別居だったか。
そういう話もあったな。
また別の場所に居を構えている総理大臣は、大地震が起きた時に「官邸へ来るのが遅くなる」とか文句を言われるらしい。
総理がいなくてもシステム的に二分で災害対策本部は立ち上がるけどね。
今は何か発言の必要があるなら、自宅からでも移動中でもスマホで書き込める。
さすがに笑っちまうような話だ。
アメリカのホワイトハウスじゃあ、さすがにそこまで難儀な事にはなっていないだろう。
アメリカの大統領なんて完全に権力者が座るものだから、見栄を張ってそれなりに豪勢にしてあるはずだ。
こうしてみると、日本ってゲルス共和国みたいな国とは大違いだな。
自衛隊の官舎も完全に住み辛いレベルでボロボロだしなあ。
あれは半分腐っている。
自衛隊総司令官が居住する首相官邸自体がボロなんだし。
お上りさん丸出しな俺とは逆に、ミハエルはどっしりしていて、これから会う相手について考えを巡らせているようだった。
公安の男もそれを鋭く横目で観察している。
この男は、それなりの役職だな。
公安の現場では、おそらくトップクラスではないのか。
たぶん、昔ならソ連の偉い人間が来日すると、その警護(監視)や案内の責任者をやるようなクラスの人間だ。
俺も異世界でいろんな奴と会ったので、そういう事もわかる。
まあ、それ抜きでもわかるような力は持っているのだが。
俺達は首相官邸の特別応接室へと通された。
そこは総理大臣が少人数の極秘会議をやったり、自分個人の御客様の対応をする場所だ。
「ようこそ、異世界の王族の方々よ」
この総理、敢えて『方々』と言ってみせるあたりがまた憎いな。
俺は入り口で身分証を見せたので、俺がこちらでは只の日本国民である事は知れていると思うが。
そのどっしりとした声の主を見れば、まさしく俺が知っている総理大臣の顔がそこにあった。
「やあ、先ほどは失礼しました。
場所が場所だけに警備の方は厳重にさせていただいていますよ」
「いや、御構いなく。
入りたければ、いつでも好きな時に侵入は出来ますので。
ただ俺達の身分だと、さすがにそれはマズイかなと思ってね」
俺の戯言に、総理は人好きのする笑顔のみで返答を戻してくれた。
ふふ。
もし総理が留守中に御邪魔したら『ネコミミ・カード』を置いて帰るぜ。
別に犯行予告なんかはしないけどね。
それはケモミミ園の旗に採用しているあのケモミミマークを大きく印刷した、向こうで俺が使っているケモミミ園園長先生としての名刺なのだ。
裏側は遊び心で日本語バージョンになっている。
「本日訪問させていただきましたけど総理が御留守でしたので、このネームカードを置いておきますね」みたいな感じだろうか。




