90ー5 せっかちな方達
「というわけで、日本との行き来は可能となったわけなのですが、陛下の日本行きはしばらく御待ちを」
さっそく王宮にも御土産付きで報告に行ったのだが。
「それは何故だ?」
陛下からは速攻でそんな返事が返ってくる。
だが王妃様がその陛下の頭をポーンと叩く。
「異なる世界へと王族が赴くのですから、折衝は必要。
色々と問題はあるのですよ。
もう、そういう事に対して、せっかちなのは変わらないのねえ」
呆れたように腰に手を当てて仁王立ちの王妃様。
「いや、だって真理様に御会い出来るのだぞ。
我らが大御婆様に」
陛下、どうでもいいのですが、その尊称は本人に聞かれたら物凄く怒られますよ。
「いや本当に、もう少しだけ待ってください。
それから陛下、間違っても本人の前で『大御婆様』と呼ぶのだけは絶対に止めてくださいね」
いくら自分の千年前の先祖の妹だからって、自分の長男より十歳以上も年下の女の子にそれはない。
「うむ、しかしのう」
だが王妃様は、笑って陛下の頭を自分の特大の胸に埋めてしまって、旦那の頭をぐりぐりとした。
「いくつになろうが、女に御婆さんなんて言っちゃ駄目よ~」
おっと、俺も気を付けようっと。
この人といると、つい日本のおばはん達とやりとりしてるような感覚になっちまってヤバい。
御互いに極度の若作りだしなあ。
「わかった、わかった。
愛しておるよ、ロッテ。
ではアルフォンスよ。
仕度が整ったらよろしくのう」
「はい、畏まりました」
やれやれ、日本行きの支度は待ったなしだぜ。
「さてと、どういう具合にしていくかな」
俺は王宮を辞してから思案した。
この異世界から地球へ行く場合に色々パターンがあると思うが、大きく分けたら二つだろう。
こそこそするか、正々堂々と行き来するか。
問題は、国王陛下なんかも行きたがっているので、こそこそと行くのは厳しいという事だ。
あとケモミミの子供達を連れていくので、どうしても目立つ。
ドワーフやエルフも行きたがるだろうから、さすがに隠密で行くのは無理だろう。
特にドワーフは決して空気を読むまい。
というか、奴らはあの図体と圧倒的なまでの迫力が目立ち過ぎて、そっちの方がヤバイ。
エルフさんも、あの美貌が目立ち過ぎるわ。
要するに、よくよく考えてみれば、どうあっても正式な外交ルートで行かねばならないのだ。
そうしないとトラブルは必至だろう。
腹に一物持った外国勢力の有象無象が押し寄せてきそうだ。
その場合の俺の身分が問題となる。
思う存分に暴れた場合、只の一般市民の立場だと俺は警察に逮捕されてしまう。
日本は世界的に見てもスパイ防止法や真面な諜報機関がない、明後日の方向を向いた馬鹿で稀有な国だしなあ。
そんな国は、地球中を見渡したって一割もないくらいだからな。
先進国では皆無だろう。
相手が敵国のスパイや軍人だと、外交上そいつらを保護するために、奴らは野放しの上で俺だけが逮捕されるだろう。
まあ俺が捕まったとしても転移魔法ですぐに脱走してみせるが。
その後で日本警察その他の機関の連中も含めて、どいつもこいつも覚えていろよ。
絶対に只じゃ済まさねえからな。
俺の一国の公爵、王族としての外交特権が、はたして地球で保障されるかどうか。
その辺りの折衝が必要だ。
そのための取引の材料をどこまで出していいものやら。
とりあえず、その辺の管轄であるミハエルのところへ向かった。
「そういう訳なんで、どうするね?
疾風のミハエル様」
「どうすると言われてもな。
お前の国の外交慣習に知識がないので、なんともな」
「まあ、日本は色々あって面倒な国だ。
ただ、自由入国の権利と交易の権利が勝ち取れればいいんだけど、ごたごた言ってくる向きも多いと思う。
俺は霞ヶ関のアホ役人どもと付き合うつもりはない。
あいつらって頭がいい振りをした馬鹿ばっかりだから、うちが相手をしても時間の無駄だ。
日本国民からも無茶苦茶に嫌われているし。
そもそも、真面に普通の日本人と会話が成り立たないらしいから、いくらお前が日本語を話せても無駄だ。
なんというかこう、上手い事話が噛み合わないらしい。
奴らの事は、たとえ相手が素面のままでも酔っぱらったドワーフだと思え」
それにはミハエルも考える風だったが、やはり彼は賢かった。
「ふむ。
そんな事は、まあよくある話だな。
その辺の話は事情をよくわかっているお前に任せよう。
私は王族の立ち場で、ただ居ればいいという事だな?」
「まあ、そうなるかな。
あと交渉の材料として何をどこまで出すものか。
その辺りをお前と相談しつつやりたい。
何かあれば、その都度こちらに戻って検討してもよし」
さすがはミハエル。
いちいち説明する必要もないから助かるぜ。
そして、何よりも。
「ん? なんだ?」
俺が黒い笑みを隠し持った風なのでミハエルが見咎める。
くくく。
その貴公子たる美貌が何よりの外交の武器となる。
せいぜい役に立ってくれよ、義兄上様。
あと、王太子殿下のあの雰囲気。
日本人好みのあれを持ち出せば、それで決まりだ。
まあマスコミさんには頑張ってもらおうかな。
あいつらは放っておいても寄ってくるだろう。
俺はあいつらにあまり関わりたくないのだが。
下手をすると実質的な交渉の相手はアメリカという事になるかもしれない。
もっともアメリカの偉い奴を異世界へ連れていく気は毛一筋もない。
どうせ、しゃしゃり出てくるのだろうが。
あまり、あの連中は相手にしたくないんだけどな。
あいつらを相手にすると碌な事にならないが、まあいつかは避けては通れない道だろう。
いつもの『ハルノート』みたいな、日本や俺への無法なまでの因縁をつけられたなら、必要ならアメリカ本国で大暴れしてやってもいいし。
異世界の魔王に喧嘩を売ってくるつもりなら、世界最強の陸海空軍とやらを一瞬にして灰にしてやろう。
たかがアメリカ軍の精鋭如き、異世界の魔王にかかればB級映画並みの雑兵の集まりに過ぎない。
向こうはこちらの情報を大して持っていないが、こっちは大方の米軍の戦闘力に関しての情報を持っている。
いくら連中でも、対魔法戦力は持ち合わせていまい。
それに、こっちには核兵器よりも強力な魔導エネルギー開放兵器が無尽蔵にあるのだから。
まあ、そんなアレな物は使わないけどね。
『必要が無いから』
なんだったら、衛星軌道から【アメリカ合衆国本土をすべて収納】してやろう。
俺の収納はそれくらい強力なのだ。
基本的にアメリカ政府の相手はしない予定だ。
強引に話を捻じ込んでくるのなら、『国民全員で海水浴』の御仕置きくらいは覚悟してもらおう。
うちに対しての武力による威嚇は一切通用しない。
アルバトロス王国移民日系一世である俺にとってはアメリカなど、もはや只の『異世界地球にある外国の一つ』に過ぎないのだから。
異世界の魔王に対して、地球流のチャチな脅しが通用すると思ったら大間違いだ。
「じゃあ、ちょっと日本まで行ってみる?」
「いいだろう」
優雅な所作で王族専用の裏地が金色のマントを翻し、ミハエルが同意した。
次の瞬間に俺達は東京へ舞い降りた。
無論、ミハエルは不法入国だ。
俺なんかは『最後にラスベガスへ行って以来、ずっと日本に滞在中』の身の上だ。
滞在と言うか、単に居住しているだけの話なのだが。
税金だって、異世界からちゃんと払っているんだからな。
ミハエルの美貌に溢れた横顔に、通りすがりの女子大生風の美人が思わずバッグを取り落とした。
そのまま突っ立った状態で呆け、魅入られたかのようにミハエルに見惚れている。
「おい、娘。
手荷物を落としたぞ」
『異世界言語』を腕輪に付与してあるので、ミハエルも日本語を完璧に喋っているのと同じ事になる。
こいつだけは、素でもかなり日本語はいけるのだが。
王族でその次に日本語を喋るのはシルだな。
旦那がつい使ってしまう日本語を、同じ生活園の中で自然に覚えてしまうのだ。
まあトーヤとエディは別格なのだが。
今はドワーフ王国の王子様だけど、元々はうちの子なので。
「こ、こんにちは。
あ、あの、どちらの国からいらしたのですか?」
もう彼女の方は、ポーっとした感じで話かけてくる。
「ん? アルバトロス王国だが」
「まあ、もしかしたら王子様ですの?
ヨーロッパの小国かしら」
何かの妄想に浸ったような危ない表情だった。
こいつも葵ちゃんの同類なのだろうか。
これで超イケメンでないのなら、『変な格好をした不細工な外人』として侮蔑の眼差ししか飛んでこないのだろうがなあ。
「ああ、そうだ。
こちらは御忍びの王子様なんだ。
騒ぎになるといけないので内緒にしておいてくれ。
俺は護衛のSPだ」
俺は念のために持ち歩いている拳銃をチラ見せしながら、適当というか半ば本当の事を言って御茶を濁す。
それから名残惜しそうな表情でこちらを眺めている女の子を残して、俺達は歩き出す。
「もう、こんな道端で逆ナンされているんじゃないよ。
これだから貴公子は困る」
「逆ナン? なんだ、それは」
「まあいいや。
それに関しては後で説明してやる。
しかし、さすがにその格好は目立つな。
仕方がない、先に普通の服を買いに行こう」
俺はミハエルを引っ張って近所の店へと向かった。
目立つというよりも、さすがに王子様スタイルのままではアレだったか。
まあ似合っているんだけどねえ。
ただ日本でそのままの格好だと、さすがに違和感があるなあ。
広いアメリカのフリーウエイでは凄く格好良く見えるアメ車の車種を、ごみごみとした日本の街中へ持ってくると、何故か陳腐なデザインにしか見えないのと同じだな。




