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90-7 交渉

 総理は遠慮なく俺の事をジロジロと眺め回すと、ミハエルにも目線を向けた。


「異世界の王子様ですか。

 ミハエル殿下はアルバトロス王国の第二王子様ですね。

 確か、同じ特殊失踪者の船橋武さんが作られた国だそうですね。

 井上さん、あなたのネットでの書き込みは内閣でもチェックさせていただいていますよ」


 おや、そうでしたか。

 まさかの読者様だったとは。


 俺は改めて、そいつをじっくりと観察してみた。

 間近で総理大臣なんていうものを見たのは初めてだ。


 国会議員は何人か握手した事はあるが、大概は碌なものじゃなかった。

 ちょっと突っ込みを入れてやるだけで選挙ポスターとは違う顔がありありと浮かび上がってくる。


 その総理の、一見すると人の良さそうな顔に張り付いた、ふてぶてしいというか、しぶとそうな顔。

 確かに日本の政治家の首班としての貫禄はある。

 だが嫌ったい感じはまったく無い。

 代々、政治家として生きてきた名門一族の出だ。

 総理とミハエルも、互いに細かく観察しあっているようだ。


 互いの検分が済んだところで、総理の方から話を切り出してきた。


「それで、本日はどのような御用件で?」


「まあ一言でいえば、向こうの人で日本に来たがっている人達がいてね。

 その殆どが王族なのです。

 それで事前に交渉をと思いましてね」


 その王族には、あの親方や御狐王子に、うちの奥さんと娘なんかも含めてな。

 少しの間考えるようにしていたが、総理は徐に口を開く。


「それは、どこまで含みます?」

「こちらでの我々の身分の保証と」


 俺は総理の目を真っ直ぐに見ながら続けた。


「交易を少し」


 彼は含むように笑って白い歯を見せた。

 それから、あっさりとこう言ってくれた。


「まず、あなた方のこちらでの身分は日本政府が保証いたしましょう。

 外交官同等の扱いで。

 そして、それと同等である治外法権を認めましょう。

 日本人のあなたがついているのだから、滅多な事はないでしょうから」


 あっさりと向こうから面倒な交渉抜きで、こっちの希望を汲んで譲歩してくれた。

 俺の言外のメッセージを読み取ってくれたようだ。

 当然それは期待の上での交渉だ。


 この男はプリティドッグのジョニー並みに如才が無い。

 つまらないような決まりなんかよりも、己と国の利を優先するだろうという事は予想していた。

 こちらもそれは知っての上での狼藉だ。

 もっとも、その滅多な事とやらは他ならぬこの俺自身が引き起こす公算が強いのだがね。


「これから良い商売が出来そうですな」

「ええ、御互いにね」


 俺達は交渉の第一ラウンドを無事に笑顔で終わらせた。


「時に、その王子様の御役職は?」


 総理は単刀直入に切り込んでくる。

 でも読んでいるよね、俺が書いた物。


「諜報機関を担当させていただいております」


 わざわざ、鮮やかな日本語でミハエル自らが答える。


「おお、それは」


 その返答がわかっていたかのように総理も笑顔を返す。

 まあ、日頃こんな奴らの相手ばかりをしているんだからな。

 御互いに。


「この国は、どこの国にもあるスパイ防止法すらも無い、スパイ銀座と呼ばれるほどのスパイ天国。

 無理やり引き摺り込まれた戦争に敗れ、何もかもを奪われ、あるのは強引に押し付けられた無茶苦茶な内容の占領憲法だけだ。

 国を護るために必要な軍備や真面な軍隊すらなく、国連の敵国条項により世界の敵として名指しされ、全世界から揶揄され侮られ続けたまま、国家の体すらない被占領国としての存在。

 それが俺の子供の頃から何一つ変わらないという呆れた無法ぶりだ。


 だが地球で外国のおかしな奴らがうちにちょかいかけてきたら、異世界の流儀で片をつける。

 俺が異世界で魔王と呼ばれているのは総理も知っていますよね?

 日本人としても、頭の中身が御花畑な人間ではない事も」


「はっはっは。

 そのあたりはブログや小説を読ませていただいてますよ」


 お、さすがは読者さんだな。

 だが遠慮はしないぜ。


「そこにはアメリカさんも含んでいますが、それでも治外法権は主張させていただく」


「構いませんよ。

 むしろ」


 わざと、そこで言葉を区切る総理。


「その時は確実にやってくださいね」


 総理の目が笑っている。

 ああ、これは半ば本気で言っているな。


 それにはミハエルも大笑いだ。

 こいつも俺から話を聞いて、ある程度こちらの事情は知っているしな。

 日本がアメリカのポチなんて呼ばれているような、何もかもが弱腰で情けない国である事も。


「あなたとは良い関係が結べそうですね」


 そう言ってミハエルは、立ち上がるとテーブル越しに少し前屈みになって握手の手を伸ばした。

 こいつらがどういう人間なのか、大体わかっている俺にとっては楽しい見ものだった。


「それでは、実務的にはどのようにいたしますか?」

「とりあえず、ここ首相官邸に出張所を作らせてくださいな」


「は? ここに?」


 そんな事を言われるのは初めてなのだろう。

 総理は、ちょっと間抜けな顔を晒したが、俺は腕輪から斉藤ちゃんを呼び出した。


「これは!」


 いきなり虚空から現れた、ダンダラ模様の衣装に帯刀した可愛い女の子を見て、さしもの総理も目を大きく見開いた。


「知っているでしょう?

 私のもっとも信頼するゴーレムの一人です」


「斉藤一です。よろしく、総理」


 可愛い顔に素敵な笑顔でにっこりと笑う斉藤ちゃんに総理も思わず微笑んだ。

 この総理も笑顔は中々のものなんだよな。


「一応、私の信頼する腹心を寄越しましたので、よろしく御願いいたします。

 斉藤ちゃん、悪いがしばらくこっちで総理と遊んでいてくれ。

 あ、刀は一応仕舞っておいてね。

 その間は東京のレストラン巡りなんかを好きなだけやっていていいぞ」


「はーい」


 その言い草にミハエルと総理がデュエットで苦笑している。


「まあ、大体こういう感じの奴なので、よろしく御願いいたしますよ」

「はは、一応知ってはいましたので」


 そう言って二人は固く握手を交わした。

 俺も速攻で畳み掛ける事にした。


「それでですね。

 ちょっと申し上げにくいのですが、実は日本円の金策を早急にしないといけないので。

 私は向こうでは大富豪なのですが、こちらの日本円は非常に心許なくてね。

 売り物は色々とございますよ。

 高値で売れそうなものとかも。

 御取引は、基本的に私と日本政府を通してのみ。

 中には軍事的に外に出してはまずいような物もありましてね。

 日本政府を通して外国で高く買ってくれるところがあれば、安全保障的に問題がなければ、それはまた別途考えます。

 あくまで日本が外交的に有利になるようにとの配慮を優先しますので、よろしく」


 総理は先ほどとは打って変わって、頭を高速回転させているようだ。


「そうですな。

 御互いに、良い取引をしたいものです」


「あと申し訳ないのですが、私も向こうへ完全に移住してしまっておりまして。

 手続きが色々と面倒なので、これらの取引に日本の税務署から私個人に税金をかけないでほしい。

 そうしてくれても、日本にとって充分割に合うように配慮させていただくつもりですので」


 総理は、少し考えて応えを返す。


「その辺の御話は財務省などの関係省庁と調整の上で。

 悪いようにはしませんよ。

 これはあくまで国と国との取引の関係という形にして、井上さん個人に日本で税金がかかるような事にはしませんので」


 さすがだね。

 これだから細かい事を言わない実利一本の奴は助かる。


「とりあえず、日本側は何が欲しいです?

 原油、ガソリン等の石油化学製品などは無限に提供が可能です。

 提供分の資源から発生する二酸化炭素等は、製品と交換で大気中から引き取り回収出来ますし。

 それはもちろん、公的なCO2取引に反映させる形で。

 その他の格安な鉱物資源も多数ありますよ。


 異世界産の貴重な宝石や、魔物の素材に魔物食材や魔道具に強力なポーションなど、異世界でなければ手に入らない物も多い。

 このドラゴンハムなんかいかが?

 向こうでも超高級食品ですよ。

 そして量は限られますが、大変滋養強壮に良い異世界魔物ツバメの巣とか?

 これはもう金には代えられないほどの貴重品でして。

 貴方の御年を召した『上の方々』への御土産に如何です?

 喜ばれる事請け合いですな。

 そういう方面ならば『オルストンエッグ』なんていう物もありますし」


 俺が出した、幾つかのサンプルに総理も目を奪われた。


「これを御借りしてもいいですかな?」


「それらは宣伝用に差し上げますよ。

 なんなら異世界食材の試食パーティを開催してもよいですよ。

 なるべく金持ちの人を集めてほしいものですな。

 各国の大使を招待してくださってもよいですし。

 出来れば、うちの国王陛下をその場へ呼びたいくらいなのです。

 もう、早く日本へ連れて行けと煩くって」


 総理も笑って頷いた。


「御互い、煩い御偉方達の御機嫌を取るのが大変ですな」

「まったくで」


 一応、俺も総理と握手をしておく。


「ところで総理、御昼は?」

「まだです」


「とりあえず、ちょっと異世界食品の試食会といきませんか?」


「いいですね。

 御相伴とまいりますか」


 総理は人を呼んで御茶の手配を頼んだ。


「忙しいと、ここで仕出しの弁当を食べて済ませてしまう事も多いもので」


 総理大臣も大変だな。

 こういう仕事につきたい人の気がしれないんだが。


 まあ、この人はちゃんと仕事をしている人だから、そんなもんなのだろう。

 これで、ちゃんとしていない奴だと、碌に仕事もしないくせに国民の税金で豪華なランチを食べに行くんだよな。

 こういう人がたまにちょっと高い程度のランチをSNSに載せたりすると鬼の首を獲ったようにたたき出すが、そういう事をする度に国民(こきゃく)から白い目で見られているだけなのに馬鹿は気が付かない。


 ゲスゴミ共が大嘘ばっかり並べ立てて国民を騙しまくったので、長年政権を握っていたちゃんとした与党が倒れて大嘘だらけの口先ばかりで仕事も碌に出来ない万年野党が与党になった時は本当に酷かったなあ。


 あいつらは金の使いっぷりだけはいっちょ前で、仕事は頓珍漢な内容ばかりで政権担当能力はまったくなかった。

 打倒与党と叫ぶばかりで政権を担うための勉強なんか何もしてこなかったからな。

 与党の方は勉強会の嵐で、俺が応援してて還暦過ぎて初めて国会議員に当選した人なんかは会った時に「この歳になってからの勉強三昧で目を白黒してます」なんて言っていた。


 出鱈目な事ばっかりやっていたのに、その下種な屑野党どもが何年も居座って国民を困らせまくったので、国民が総野党アレルギーになってしまったほどだ。

 マスコミさんがいくら煽っても、もう二度と騙されないくらいに重症だ。

 しばらくしてから復活した前与党に、国民の間に超安泰みたいな空気が溢れまくりだった。


 それもあまりいい事ではないのだが。

 そうすると、今度はまた与党の方が何かやらかすだろうから。

 おっさんは、今は変な政党が与党でなくてよかったなと思いつつ、いそいそと山本さんとエバンス爺さんが作ってくれた料理を取り出すのだった。


執筆当時にこんな事を書いていましたが、与党がやらかしていた事のツケが今になってガンガン表沙汰になってしまっていますなあ。

もう本当に情けない連中だ。

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