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90-3 保護観察はまだ終わらない

 そこは富山県の氷見港だった。

 俺は高岡市あたりまでは道すがら行った事があったので、そこまでは転移魔法による移動だった。

 後は、そこから僅かに十キロメートルの距離をフライを用いて一瞬に飛んだ。

 風魔法で遮っているので寒気に侵される事はない。


 凄まじい雪風が俺を打ちのめしたが、俺は違う事を考えていた。

 名古屋からうどん県、名古屋から神奈川・東京、名古屋からここか。

 ほぼ名古屋を中心に似たような距離で起きた事象だ。

 この現象にはなんとなく覚えがある。

 あの世界に行く人は、もしかしたらそういう法則により移動したのかもなあ。


「どうしたんですか?

 早く行きましょうよー」


 織原の家族にはもうメールで連絡してある。

 こちらに着いたので、織原も俺の携帯電話から自分で連絡してある。


 こいつの場合スマホは疎(おろ)か、小銭入れすら向こうで帝国に取り上げられていたので、公衆電話からも家に電話をかけられない。

 それらは一体どこへいってしまったものか、現帝国皇帝ドランには知る由もない。


「ああ」


 俺は短く応えて、俺の車を取り出した。

 パートタイム4WDで完全なオフロード仕様。

 まさにこんなシーンで使うための車だ。

 さすがに日本では魔法で飛んではいかない。 


 だが、ちんたら走る。

 ここ富山県は雪の無い夏でもそうだ。

 昔バイクで来た時、日本海側の片道一車線の街道で信号が変わったのに、俺の前にいた先頭の車が動く気配もない。

 なんかボーっと考え事でもしていたのだろうか。


 運転の荒い三河地方の人間で、何かあって待たされるとすぐに焦れる性格のくせに、そういう時だけは異様に辛抱強い俺は待った。

 いい加減に動くだろうと思って一分ほど待ったが、まったく動かないので仕方なく軽くピっとホーンを鳴らしたら、まるで俺が悪い事でもしたかのような目で周り中の人間が見る。

 バイクに乗っていたから余計に目立った。


 そして前の車が動く事無く信号は赤になり、結局誰も交差点を渡る事は出来なかった。

 後ろはバカンスシーズンで大渋滞なのだが。

 だがそのような些事など地元の人間は誰一人気にしないし、文句を言う人間も他県ナンバー以外にいない。

 俺の後ろで他府県ナンバーの車がイライラして渋滞にまったく関係ない俺を煽ってきてウザイので、前の車の横をすり抜けて、ノロマ野郎にせっかち野郎を押し付けた。

 そういう感じなのが富山という土地なのだと思っている。


 雪と戦う辛抱強さが、なんというかそういう妙な方向へ発達した気がする。

 他の豪雪地帯とは住民の性格が少し異なるのかもしれない。


「園長先生って三河地方の人なんですよね?」

「ああ、それがどうした」


「この名古屋の上辺りの日本海の人って凄くおっとりしてるから、昔は三河ナンバーの車が来ると『三河ナンバーが攻めて来た!』って右往左往するって言ってましたけど、園長先生って運転は大人しいんですね」


「はっはっは。

 別に三河ナンバーが全部そういう人間のわけじゃないさ。

 俺はおっとりとルールやマナーを守ってのんびり走るタイプだからな」


「へえ。

 まあ、異世界で孤児院兼幼稚園なんかを作っちゃうような人だからな。

(でも異世界では思いっきり暴れてましたよね?)」


「三河の人間は普段は大人しいんだけどな。

 そういう人がいざとなると暴れちゃうんだ。

 そういや昔、地元の警察が交通講習とかをやる時でも『三河の人は普段大人しくて、とってもいい人達なんですけど、得物(ハンドル)は与えちゃいけませんねえ』とか言っていたな(実話)。

 交通事故の死者数がダントツで全国ワーストワンの愛知県で、うちの街は愛知県内平均の四倍の死者数を誇る、交通戦争の最中で例年全国一番という性質の良くない成績を誇っていたからなあ(実話)」


「あはは、正にそのものですね」


「ああ、一般に公表されている交通事故死者数は二十四時間以内に死亡した、ほぼ即死に近いような人間のみの死者数だから、本当に事故で死んだ人間の交通事故死者数で比べたら、もっと酷い数字かもしれない。

 トラックに張ってある愛知県トラック協会のステッカーには長年軒並み『返上、交通事故死全国ワーストワン』なんて書いてあったし。

 それ全部俺の街が牽引していたわ。

 俺の街の対物事故が全国平均の百倍なんて言われていたけど本当かねえ。

 対人事故も多そうだ。

 さすがにちょっと信じられない数字なんだが、そいつは警察署の免許講習で流してたビデオで見た奴だからなあ。

 俺の見間違いかもしれんが、まあ日頃の連中の行状を思い起こせば十分有り得る数字だわ。

 自動車保険料に市町村単位での『地域事故率』が反映されていなくて幸いだった」


 それを聞いた織原は苦笑してシートに持たれかかった。


「まあ、気性の激しい住人の住んでいる地域ではそういう事もあるんでしょうね。

 あ、そこ右です。

 ああ、このあたりは全然変わってないなあ」


 少し細くなるその道をパートタイム4WDモードで、雪降り積もる中をチェーンも無しにぐいぐいと力強く進む愛車に、思わず初めて異世界へ行った時の行軍を思い出した。


 あの頃はフライや重力魔法、転移魔法なんかも持ってはいなかったのだ。

 ただただ、この硬派な四輪駆動車だけが頼りだった。

 今の俺ならば、履いているオフロード用のオールシーズンタイヤで車が雪で滑ってしまったら、瞬時に重力場推進に切り替えてしまう荒業すら可能だ。

 重い車は雪上では制動距離がかなり伸びてしまうからな。


 後ろに車がいて急に止まると危ないようなら、フライで飛び上がった方がいいのだろうが。

 シールドかバリヤーを張ってやれば、ぶつかったってこっちの車はビクともせんがなあ。

 さすがにそれをやってしまったら後続の車が大惨事なので、本当にやってしまったら大顰蹙物だな。


「あ、ここです」


 織原に言われて車を止めたその場所は、雪国で屋根に雪が積もる事を前提にした感じの典型的な住宅だった。

 大きめで、しっかりした作りの家なのが感じ取れる。

 冬季は常時屋根に数トンの雪が積もる事を想定した家なのだろう。


 こいつはまた、なかなか立派な家だな。

 そんじょそこらにはない家だ。

 そういや家は金持ちだと言っていたっけ。


「懐かしいなあ、この雪。

 子供の頃は嫌でしょうがなかったのに」


 いつしか助手席で頬を濡らしている織原が呟いていた。


「勇人?」


 ふとみると、待ちかねたのか表に出てきた御母さんらしき人が車を覗きこんでいた。


「御母さん」


「御父さん、御父さん。

 さやかも。

 ほれ、勇人、勇人が帰ってきた!」


「勇人……勇人か?」


 父親と思しき口髭を生やした、少し威厳がありそうな人物が姿を見せた。

 俺から見たら、下手すると息子といってもいいような歳の頃だろう。

 まだ四十歳前後くらいじゃないか?

 そんなの異世界じゃ普通にあるような話だし。


「勇人ちゃん?」


 少し泣きはらしたような、二十歳くらいの黒髪を伸ばした美人も顔を見せた。


「姉ちゃん……」


 織原も、もうなんだか泣きそうだ。


 正直言って羨ましい。

 俺にはこんな風に迎えてくれるような家族はいなかった。

 部屋には蜘蛛や小蠅しかいなかったからな~。

 せめて円らな瞳が可愛いヤモリの一匹くらいはいてくれたって……。


 いいんだ、俺だって異世界の家に帰れば妻子がいるんだから!


「あの、じゃあ俺……」


「ああ、元気でやれ。

 また様子を見に来るつもりだ。

 何かあったら連絡しろ。

 何か心配事や相談事があった時なんかでも遠慮しなくていいぞ。

 腕輪でも、その異世界仕様のスマホでも連絡できるようにしておいた」


「はい」


 主に、心ならずもあの異世界に馴染んでしまっていて、帰ってきた世界に馴染めない場合があるのではないかと危惧している。

 戦場帰りの兵士にはよくある事なのだが、こいつの場合は激烈体験がその比じゃないからな。

 一応、帰還兵士ならぬ帰還稀人のカウンセリング業務は大魔王様の仕事の内なのだ。


「勇人ちゃん、そちらの方にも上がってもらって。

 外は寒いから。

 どうも、うちの子をわざわざ送っていただいて」


「いやいや、大人として当然の義務ですから」


 そもそも俺が送ってこないと、こいつは日本に帰って来れないからね~。

 保護中の未成年を無事に親元へ送り返す事が出来たのでホッとしたぜ。


 葵ちゃんは結婚許可年齢である十六歳以上の上、ちゃんと正式に結婚しているので、未成年だが法的には成人扱いとなる。

 異世界からでも、ネットを通じて金融マーケットで先物取引でも信用取引でも何でもこいだ。


「園長先生、よかったら」


「うーん、今日は帰るわ。

 もう時間が遅いんで、うちの奴らも待っているだろうし。

 また今度寄らせてもらおう」


「そ、そうですか。

 本当にありがとうございました」


 御母さんは物凄く頭を下げてくれた。

 だが大変なのはこれからだろう。

 まるで凄惨な体験を重ねた戦場帰りの兵士のような感じの息子が帰ってきたのだから。


 そういう時は家族によるケアが非常に重要になる。

 時間をかけてかけて、昔ながらに愛情を注いでくれる家族と一緒に毎日暮らす生活をしていく中で、徐々に元通りの普通に笑える人間に戻っていくのだ。


 あと危惧する事もある。

 中には、おかしな連中もいるからな。

 そっちの方が心配だ。


 俺は笑顔で挨拶をして立ち去ったが、少し行った所で車を止めた。


「沖田ちゃん」


 アイテムボックスから出て車の中に出現した彼女は爽やかな笑顔で応じた。


「わかってますよ~。

 ちゃんと最後まで面倒みますから~」


 色々と想定出来たので、とりあえず織原と一番仲のいい沖田ちゃんをサポにつける事にしたのだ。

 まあ何もなければ、それはそれでよし。

 だがきっと心の問題は残るだろう。

 全ての事情がわかっていて、ちゃんと話を聞いてくれる誰かに相談に乗ってもらえるだけでも全然心の有り様が違うのだ。


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