89-13 叶えられた望み
そして再度、最終の第十二ダンジョンへと潜ってみたが、今度は全く手応えがない。
なんというか無人、いや無神の感触というか。
かれこれ三時間は歩いた頃、俺もさすがに頭が冷えてきたものか、少し冷静になって考えてみた。
そして至極ありきたりの結論に達したのだ。
なんの事は無い。
落ち着いて、いつもの頼れる相棒に聞いてみるだけだ。
「イコマ、これからどうするかな」
『犬に追わせるがいい』
犬? フェルドとかか?
い、いや違う。
ここで神相手に「鼻が利く」連中といえば、精霊魔法を使う者達だ。
俺は目一杯の魔力を念話に乗せて、全世界に向かって放った。
「契約精霊ども、集まるがいい。
我はここだ。
貴様らの契約者、精霊魔王はここにいる。
聖なるロスの名において集まるがいい。
全ての精霊どもよ」
【主神ロスの契約者】の称号が光り輝いて強烈な精霊光を放ち、それは表の世界へと届き、この特別な場所への道標となった。
それを通路にして、いつの間にか増えに増えまくっていた、一億体を越える俺の契約精霊達が裏ダンジョンへ傾れ込んできた。
更に他の精霊も大量に集まってきて、その数はもはや十億を超えた。
これはもう、この世界の人口を遥かに超えていないか?
地球でも百年と少しくらい前が、世界人口二十億人くらいじゃなかったかな。
この命の安い世界じゃなあ。
丁度その頃に「世界人口二十億人」というニュアンスのタイトルをつけたSF小説があったのだ。
確か、某著名元祖怪獣物特撮番組の出だしにおける元ネタにもなった作品だろう。
なんつうか、ほぼパクリみたいなもんだ。
まあ精霊なんて、その辺の草木や鉱物にだって宿るらしいから、上級精霊なんかに拘るのでなければ、結構数だけはいるよな。
新しく増えたそやつらも、魔力欲しさに俺に加護を与えまくっている。
「いっけー!」
俺は猟犬どもを放った。
今、俺は神を狩る者なのだ。
そして、このダンジョンを埋め尽くした精霊どもの圧力に、奴は強引に壁の中から炙り出された。
精霊どもは、ダンジョンを構成する壁などにも潜り込み、奴を無理やりに物量で押し出してきた。
ほぼ物理的な圧力、いや霊的パワーなのか。
そうでなければ、顕現して人化の形を取っている神に干渉する事など絶対に不可能だ。
「こ、この馬鹿精霊どもめ。
神に盾突いて魔王の味方をするとは~」
だが欲に目が眩んだ精霊の大群には、そのような戯言は全く耳に入っていなかった。
こいつらって夢中で魔力に群がる時なんか、俺の言う事だって耳に入っていないくらいだからな。
何故か、彼ら自身にも抑えきれない衝動に突き動かされているようだ。
まるでイコマの衝動に突き動かされている状況の俺を見ているかのようだ。
あ、まさかこれは、それと同じような根源的な源から発せられる何かからの指令に近いものなのか。
それの大元はおそらく、いやきっと……。
奴はまた被っていた案山子装束の姿を解き、本来の長い黒髪で眉目秀麗な顔立ちの、スリムな体躯の男性の姿を取った。
今は、清楚な襟の立った胸元の開いた服と仕立てのいい体にフィットしたズボンといった黒衣に身を包み、胸元とベルトのバックルに何かの古い紋章をつけている。
おそらくは、この神を崇めた者達が彼のために考案し、丹精込めて縫い上げ奉納したものなのだろう。
この感じは、それなりに崇められている神なのだな。
前には邪神扱いされているとあったが、それだけの存在ではないようだ。
まあこの性格では、きっと俺のように酷い目に遭わされた連中が怒り狂って、そう呼んだものなのだろう。
この俺だけは、その気持ちを分かち合える。
下手をすると、こいつを邪神呼ばわりした大元は、あの船橋武なのかもしれん。
奴も、あの温厚なバルドスが怒るくらい酷い目に遭ったみたいだから、それは十分にあり得るなあ。
本来ならば、俺が捕まえられるような相手ではないはずなのだが、おそらく何らかのルールにより縛られていて力を制限されているのだろう。
そうでないと誰も試練をクリヤ出来ないから、試験をやる意味がないものな。
そういや、この試験自体がそういう制約付きのものなのだった。
「おのれ、魔王。
まさか、こんな姑息な手段を使ってくるとは。
こんな規格外の考えを持つ稀人は初めてだ」
くそう。
さては、やっぱり稀人相手に『地球帰還』を餌にして弄びまくっていて、俺達の事も思いっきりおちょくっていたんだなあ!
貴様、絶対に許さんぞ~。
俺は凄みのある笑顔を浮べながら、碌に身動き取れない状態の奴の両肩をガッチリと掴み、途中で万が一にもそれが途切れないように身体接触したまま、目一杯の魔力を注ぎ込みながらゴッドコントラクトを放った。
そして今度は魔力切れを起こさずに全ての過程が終了した。
ついに、あの超悪辣な神であるアドミン相手にゴッドコントラクトは成功した!
そして神の時間が始まった。
「ロス……」
再び俺の前に姿を現した女神を見て、俺はそう呟いた。
そして「泉の白い貴婦人」の話を思い浮べる。
かつて俺が日本で追いかけた伝説の泉、いや井戸の女神の話を。
あるいは、その他の場所でも地球全土に「泉の女神」ないしは「泉のマリア」の存在は在った事だろう。
やはり、彼女が登場するのか。
この世界の彼女が。
あの精霊どもの異常な興奮は、やはりこういう事だったのだ。
そしてロスは言った。
その美しく神々しい顔を思い切り嫌悪に歪めながら。
「ねえ、アエラグリスタ。
まったく、あなたときたら。
そう大して試験をしなくたって、この人達なら地球に帰しても、そう問題はないでしょうに。
あなただって彼らをずっと見てきたのでしょう?」
そうか、見られていたのか。
いや、奴らならば可能だ。
あのミスリルの鍵だって、その在りかはきっと知っていたに違いない。
敢えてエルフの里を襲ったのだ。
俺の心根を試すために。
地球でも、お前の御仲間に同じような事をやられたから、この俺にはわかるぞ。
さすがに、ここまでアレな真似はされなかったけどなあ。
「ふっ、御姉様よ。
そうは言うが、我だって退屈しておるのだ。
御役目はあれども、中々仕事など回ってはこないのだからな。
我らの時に比べれば、命はあまりにも儚い」
なるほど、どうも変な試練が多いと思ったら、奴の趣味みたいな事も結構入れていたわけだな。
一体何がしたいのか、よくわからなかったわけだ。
実際には、この世界でチートな力を得た俺が地球に帰ってから何かおかしな事をしでかす人間じゃないかどうかを厳重に審査していたのか。
それで「お前は地球へ帰ってからどうする」みたいな事を根掘り葉掘り訊いてきていた訳だ。
向こうにも同類の神はいるからな。
御互いに迷惑をかけないための不文律のような物があるのだろう。
「だからこそ命は愛おしいのよ。
さあ、早く彼に力を与えなさい。
散々遊んだ罰として、しばらくあなたの事は彼付きにしますからね。
彼が生きている間、そうしていなさい」
「へいへい。
じゃあ、魔王よ。
御邪魔するぞ」
そして、奴は【俺の中】に飛び込んできた。
「うわっぷ、この野郎。
前置きなしに何をしやがる」
「ふふ。
これで、あなたは自由に地球へ帰れる事になりました。
心配しなくても、ちゃんと行き来はできますよ。
あなたが自分の持っている力をどう使うのか、私やアエラグリスタは見届けるに止めましょう。
あなたにイコマを与えたあちらの世界の神も、きっとそのように振る舞っているのでしょうから」
そう言い残し、ロスは姿を消した。
そして俺は気が付くと元のダンジョンに立ち尽くしていた。
「園長先生?」
真理が心配そうに話しかけてきた。
どうやら先ほどの時間は、彼ら俺の随伴者にとっては存在しない特別な時間だったらしいな。
ファルだけは居る事を許されていたかもしれないが。
ふと気になって俺は称号欄を確認したが、『神を持つ男』の称号があった。
げ、あれを持つのかよ。
なんかちょっと嫌な気持ちだなあ。
魔法PCステータス画面のスキル欄を確認したところ、『異世界転移』の力が身に付いていた。
これならば、好きな時に日本と行き来が出来るな。
そう、俺は地球でもこういう退屈した『神』に招かれ、そして玩ばれた。
その時に対価として得たものが、俺がセブンスセンスと呼ぶ『イコマ』、いやあのインナーアイとでも呼ぶべき者なのだ。
イコマという名は、俺がその時彼に付けた名前に過ぎない。
元は地名から取った物なのだ。
しかも勘違いして、まったく違う、その場所とは何も関係ない生駒という地名の名を付けてしまったのだし。
まあ一旦そう呼んで、それに馴染んでしまったので、そのままの名前で今の今まで来てしまったのだが。
ほぼ、インド人と間違われて『インディアン』と呼ばれるようになってしまった本当のネイティブアメリカン、北米インディアンの名称の由来並みに勘違いの産物なのであった。
あの頃はネットの地図も見られなかったしな。
風呂敷みたいにでかい一枚地図を使っていた。
インターネットすらない。
無論、車のナビなんかもなかった。
IT関連機器も、せいぜいNECのパソコンとか、巨大な肩掛けバッグ式の携帯電話があったくらいだ。
あれは、まるで軍用の無線機かと思うほど大きな物だった。
ニッカド電池を搭載していたので、下手をすればトランジスタを使用したコンパクトサイズのアマチュア無線の無線機よりもでかかった気がする。
こういうイコマのような物の正式名称は知らない。
インナーアイとは俺が勝手にそう呼んでいるだけだ。
だが世の中にはたまにいる奴らしい。
その他の持ち主達も、きっと俺のように退屈した神に玩ばれたのだろう。
さぞかし頭に来た事だろうな。
だが俺達人間如きに、それをどうこうする事は出来ない。
何しろ、その存在が十億年単位に渡るような連中だ。
思いっきり退屈しまくっているのに決まっているじゃないか。
今まで地球に誕生した数多の生き物達も、時にはそうやって神の宴に付き合ってきたんだろうからな。
神が創り上げた現在最高の道化たる者、それが俺達人間なのだ。
しかし、よりにもよって世界を、次元を渡ってまで、あいつら神の退屈凌ぎに付き合う羽目になろうとはな~。
だが、ついに。
俺はついに帰る事ができるのだ。
あの懐かしい世界へと。




